第26話:謎の仮面男が襲ってきた

「じゃあ、ギルドに帰りましょうか」

「いえーい! 今回のクエストも楽勝だったねー!」


 ということで、私たちは神殿を出て行く。

 そして、神殿はフレイムドゴーレムを倒してから所どころ朽ち始めていた。

 どうやら、主がいなくなると自然に壊れていくようだ。


「ジャナリー、さっさと離れましょう。神殿が壊れてきたわ」

「ええええ!? そ、それを早く言ってよおおお! ボクはまだ死にたくないいいい!」

「いや、そんなに大変な状況ではなくてね……」


 猛ダッシュで走るジャナリーを追いかける。

 あっという間に神殿から抜けて森に入ってきた。

 

「ほ、崩落に巻き込まれたらひとたまりもないよ! って、うわああ!」

「ど、どうしたの!?」


 突然、ジャナリーが立ち止まった。

 びくびくしながら私の後ろに隠れる。

 ヌラリ……と、得体の知れない男が木の影から現れた。

 その手には、いかにも痛そうなトゲトゲの玉がついた棍棒を持っている。


「か、仮面男だああああ! ど、どうしてここにいいい!」

「ジャナリー、気をつけて! 前に出ちゃダメよ!」


 きっと、私たちの後をつけていたのだ。

 こんな武器を持っているから、殺しに来たのは間違いない。

 正体を知られたくないのだろう。

 顔は仮面で隠されていた。


「そ、それにしても、なんて気色悪い仮面なんだ……さすがのボクもあんなにセンスの悪い仮面は見たことがないよ」

「え、ええ、そうね。もしかしたら、私たちを威嚇するつもりなのかも」


 男がつけている仮面は、悪趣味の塊だった。

 目の部分は瞼を閉じているようなデザインで、鼻は骸骨のように陥没している。

 歯が剥きだしになっていてとにかく気色悪い。

 仮面男は私を指した。

 

「そっちの騒がしい小娘はどうでもいい。用があるのはお前だけだ。キスククア・カカシトトー」

「ど、どうして、私の名前を……!?」

「だ、だから、キスククア君の熱烈なファンなんだって! ほら、早く握手かサインをしてあげて!」


 仮面のせいか、男の声はくぐもって聞こえづらい。

 それがより不気味さを増していた。


「さっそく死んでもらおうか! その頭、ぐちゃぐちゃに打ち砕いてやる!」

「ジャナリー、逃げて!」


 仮面男は、いきなりトゲトゲの棍棒で殴りかかってきた。

 容赦も遠慮も何もない。

 完全に私を殺すつもりだ。


「おらぁっ!」


 私の頭めがけてトゲトゲの玉が襲い来る。

 仮面男は棍棒の扱いに慣れているようだ。

 重そうな武器なのに、的確に急所を狙ってくる。

 少し対峙だけで、かなりの強敵だとわかった。

 紙一重で躱す。

 ドレスの端っこが切り裂かれた。

 

「くっ……!」

「ふっ、さすがはカカシトトー家の出身だな。他の者たちとは動きが違う。殺しがいがあるというものだ」

「頑張れ、キスククア君ー! 君なら絶対に勝てるはずだー!」


 いつの間にか、ジャナリーは少し離れた木の影に隠れている。

 とりあえず、安全地帯にいるとわかって安心した。

 全身に意識を集中して力を込める。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 モンスターと同じように、仮面男の脳天はぼんやりと光っている。

 その瞬間、微かな誘惑にかられた。


――もう、かかとを落としてしまおうか……。


 こいつは明らかにヤバいヤツだ。

 殺さなきゃこっちが殺されかねない。


――……でも、相手は人間だしな。さすがに、殺人者になるのはダメだ。


 すんでのところで意識を取り戻す。


「ほらほら、どうしたぁ!? 逃げてるだけじゃ勝てる物も勝てないぞぉ!」

「……っ!」


 仮面男は右に左に棍棒を振り回す。

 武器のリーチはそれほど長くないが、その分小回りがきく。

 一瞬の隙を狙わなければ、こっちが返り討ちにされてしまう。

 と、そのとき、仮面男の挙動がおかしいことに気付いた。

 やたらと首を動かしている。


――何をやっているんだろう? もしかして、特殊な儀式を……? いや、違う。仮面のせいで視野が狭いんだ。


 どうしてそんな仮面を選んだのかはわからないが、視界が悪くなっているのだ。

 おまけに森の中は薄暗い。

 私は仮面男の視界から消えるように、木々の後ろへ隠れた。


「ぐっ……! ど、どこだ!」


 音もなく仮面男の後ろに回りこみ、その背後から飛び出す。

 

「いい加減にしろおおお! この悪趣味野郎があああ!」

「けぁっ!」


 脳天を避けるよう、右肩に思いっきりかかとを突き落とした。

 ガコンッ! と何かが外れる音がする。

 骨だ。

 <かかと落とし>の衝撃で、仮面男の肩が外れた。

 左腕で右肩を押さえてうずくまっている。

 しかし、元気な左腕で攻撃してくるかもしれない。


「これで終わりだと思うなあああ! もう一発じゃコラアアア!」

「かぁっ!」


 だから、左肩にも同じように<かかと落とし>を喰らわせた。

 これでもう大丈夫だろう。

 仮面男は地面に崩れ落ちる。


「キスククア君の勝利ー!」


 今回は脳天に<かかと落とし>したわけではないので、それほど爽快感はなかった。

 もちろん、快楽に心が支配されることもない。

 何となく寂しい気持ちになったのは内緒だ。


「か……肩が動かない……ま、まさか、こんなに強くなっているとは……」


 仮面男はブツブツと何かを呟いていた。


「さあ、あなたの正体を見せてもらおうかしら」

「ボクたちに襲い掛かってくるとは良い度胸をしているね!」


 毎度のことだけど、勝利が確定した瞬間ジャナリーは元気になる。


「い、いや……そ、それだけはダメだー! もうやめてくれー!」


 仮面男は腕を引きずるようにして逃げて行った。

 深追いは危険なので、ここらでお終いとする。

 

「……ふぅ、やれやれね。フレイムドゴーレムとの戦いで弱ったところを狙うつもりだったのかしら」

「きっとそうだろうね。でも、さすがはキスククア君だよ。あんなに凶暴そうな男を無傷で倒しちゃうんだから」

「あいつの正体はなんだったんだろう……」

「何はともあれ、撃退できてよかった。キスククア君にあそこまでボコボコにされたんだ。もう出てこないだろうよ」

「私もジャナリーに怪我がなくて良かったわ」


 ということで、ギルドへの帰路に着く。

 まったく、世の中には迷惑な男がいるもんだ。



□□□



 その後、仮面男に再会することもなく、無事にギルドへ戻ってきた。


「おかえり、キスククアちゃん、ジャナリー。その様子だとクエストはクリアしたみたいだね」

「はい、フレイムドゴーレムを倒してきたんですけど……」

「ですけど?」


 説明を続けようとしたら、ジャナリーがすごい勢いで身を乗り出してきた。


「神殿から出たら、いきなり仮面男が襲ってきたんだよ! あれはきっと処刑人さ!」


 最初は私のファンだとか言っていたのに、いつの間にか処刑人と決めつけていた。


「仮面男に襲われただって!? そりゃあ大変だったねえ! 怪我はないかい!?」

「大丈夫! キスククア君が無傷で倒してくれたんだ! かすり傷一つないよ!」


 そのまま、ジャナリーは私と仮面男の戦闘を盛大に脚色しながら話し続ける。

 私が口を挟む余裕などまるでなかった。


「……それはずいぶんと危ない目に遭ったね。でも、キスククアちゃんたちに怪我が無くて何よりだよ」

「キスククア君がいれば何も心配いらないのさ、ハハハハハ!」

「念のため、注意情報はまだ継続しておくよ」

「ええ、お願いします。他の皆さんにも気をつけるようお伝えください」


 それにしても、あの仮面男はいったい誰だったのか。

 ジャナリーの高笑いが響く中、私は疑問に思っていた。

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