第22話:執事長似のコボルドをボコる

「ここがヤリンヒ洞窟か……」

「や、やっぱり雰囲気あるねぇ~」


 その後、しばらく歩くとヤリンヒ洞窟に着いた。

 思っていたより大きな洞窟だ。

 その入り口は、まるで魔物が巨大な口を開けているようだ。

 ギルドにいたときよりずいぶんと寒い。

 中にコールドコボルドがいるのは間違いないだろう。


「そんなに怖いんなら無理してついてこなくていいのに」

「いや! そういうわけにはいかないよ! ボクにはキスククア君の活躍をみんなに伝える義務があるんだから! ここで負けるわけにはいかな……どわああ!」


 そのとき、洞窟の中からバサバサバサッ! と黒い塊が飛んできた。

 すかさず、ジャナリーが私にしがみつく。


「きゅ、吸血コウモリだー! 全身の血を吸われて干からびるぅー! ひいい!」

「落ち着いてよ、ジャナリー。ただのコウモリだし、彼らは元々血を吸う動物じゃないの」


 空中を飛んでいるのは、普通のコウモリの群れだ。

 モンスターでも何でもない。

 どうやら、ジャナリーの大声にびっくりしてしまったらしい。

 やれやれ、すまんね。

 と思ったときだった。

 ベチャッと肩に何か落ちてきた。

 糞だ。

 コウモリの。


「…………は?」


 なぜ私の身体に落ちる?

 ジャナリーには糞はおろか、水一滴もついていない。


「いやぁ、キスククア君はボクの身代わりになってくれたんだね! ありがとう、キスククア君!」

「ぇあ、ぅああ……」


 別に、服に対してこだわりはない。

 でも動物の糞がついて喜ぶわけでもない。

 というか、結構臭いんだが。

 なんか……これも全部コールドコボルドが悪い気がしてきた。

 クソ執事長に似ているし。

 コウモリくらい追い払っとけよ。


「さっさと目標を始末しに行きましょう。許さないわ」

「おおお~! キスククア君からいつにも増してオーラが出ているぞ!」


 ズカズカと洞窟の中を進んでいく。

 コールドコボルドがどこにいるかはわからないけど、一直線に奥へと向かう。


「キ、キスククア君。もしかして、すでに敵の位置を把握しているの!?」

「いや、知らんけど。寒くなる方に歩いて行けばいいんでしょうよ」

「な、なるほど! キスククア君はそんなことまでわかるんだね!」

 

 少し進むと、開けた場所に出てきた。

 天井が高くてちょっとした広い空間になっている。


「キスククア君、あれ……」

「でっか」


 目の前には、巨大な氷の壁がそびえ立っていた。

 元は滝が流れていたのかもしれない。

 きっと、すでにある水を利用してこの大きな氷を作ったのだろう。


『ベヒャヒャヒャヒャ!』


 そして、その近くにはやや大きいコボルドが跳ねまわっていた。

 顔だけ妙にでかい。


「コ、コールドコボルドだあああ! ボクたちを氷漬けにしてスライスしながら貪り食べるんだよおおお! ひぎぇああああ、体が凍ってきた気がするうううう!」

「そんなに騒がなくても大丈夫だから。体も凍ってなんかいないわ」


 ジャナリーが大騒ぎするので、コールドコボルドがこちらに気づいた。

 攻撃が飛んでくる前に、一気に距離を詰める。

 先手必勝だ。


『キエエエエ!』


 コールドコボルドが空中に魔法陣を展開した。

 瞬時に大きな氷のつぶてを飛ばしてくる。

 こいつも遠距離攻撃が主体のようだ。

 

「おおおおっとー! 得意の氷魔法だー! 意外と威力は侮れないぞー!」


 案の定、ジャナリーはもう岩陰に隠れていた。

 楽しそうに実況している。

 やはり、コールドコボルドは氷魔法に精通している。

 だが、元よりこいつの攻撃に付き合う気はない。

 つぶてを躱しきり、目の前に躍り出る。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 コールドコボルドの脳天がぼんやりと光っていた。

 今までのストレスを渾身の力でぶつける。


「てめえのせいで糞がついたんじゃ、オラァアアア!」

『ビゲエエエエ!』


 コールドコボルド(執事長似)の脳天に、思いっきりかかとを振り下ろした。

 脳みそと骨がひしゃげる感触が全身に走る。

 その瞬間、執事長をぶちのめしている錯覚に陥った。


――き、気持ちいい……。


 得も言われぬ快感が体中を駆け巡る。

 ムカつくヤツをぶちのめすのは最高に気分がいい。

 だけど、やっぱり本物にかかとを落としたくなってきたな。

 いったいどれほどの快楽が……。

 

「キスククア君の勝利ー!」

「…………はっ」


 沼に引きずられる寸前、ジャナリーの声で現実に戻ってきた。


「いやぁ、キスククア君を見ているとこっちまで気持ちよくなってくるなぁ」

「願わくば本物の脳天に<かかと落とし>をぶち込みたいわね」

「本物?」

「あ、いや、こっちの話、気にしないで……さて、あとはこいつだけか」


 氷の壁に向き合う。

 どうやら、凍っているのは正面だけのようだ。

 横の壁はゴツゴツした岩がむき出しになっている。


「どうやって割ろうかな。魔法攻撃が効かないみたいだし」

「また素晴らしい技を見せてよ、キスククア君!」


 コールドコボルドの魔法よりも、この壁自体が寒さを引き起こしているのは明白だった。

 そういえば、氷にも脳天があるのかしら。

 岩にはあったけど。

 上の方を見ると、ぼんやり光っている部分がある。

 ちょうどてっぺんの真ん中あたりだ。

 氷にも脳天があるらしい。


「じゃあ、ちょっと上まで登ってくるから。ジャナリーはここでちょっと待ってて」

「え!? それはダメ! お、おいてかないでよ! キスククア君~!」

「いや、ちょっ」


 ジャナリーがしがみついてくる。

 あっという間に、私の服が涙と鼻水まみれになった。

 

「きっと、他にもモンスターがいるよおお! ボクはまだ死にたくないいいいい!」

「わ、わかった、置いて行かないから。それじゃあ、私の後ろについてきて。私が登ったところをついてくれば大丈夫だから。ゆっくり登っていこうね」

「ボ、ボクは壁なんか登れないよ! キスククア君連れてって!」

「え」


 ジャナリーは私のドレスを掴んで泣き叫ぶ。

 仕方がないので、彼女を背負っていくしかない。


「じゃ、じゃあ、私の背中に乗っ……おもっ」


 背負った瞬間、ズシリと体が沈む。

 ジャナリーは見た目に反して意外と重かった。


「キスククア君の背中は頼もしいなぁ! いつもより高いところから景色が見渡せている気分だよ!」

「そ、そう……それは良かった……」


 結局、ジャナリーを背負って岩壁を登る。

 今までの鍛錬のおかげで、どうにか上まで登りきれた。


「……ハァ……ハァ……」

「見てごらん、キスククア君! なかなか良い眺めだよ!」


 壁は結構高かったので、洞窟内がよく見える。

 ジャナリーはご満悦だったけど、私は疲れていたので光のところへ向かった。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 空中に例の説明書きが浮いている。

 あとはここにかかとを落とすだけだ。

 右脚を振り上げる。


「寒いんじゃあああ、このクソ壁があああ! 二度と出てくんなあああ!」


 氷の脳天に力の限りぶち落とした。

 バリーン! とガラスが割れるような音がして、氷の壁は砕け散った。


――き、気持ちいい……。


 本日、2回目の快楽だ。

 気を抜くと昇天しそうになる。

 モンスターでも岩でも得られなかった快感だ。

 すーっと気分が良くなっていく……。


「キスククア君の勝利ー!」

「…………はっ」

 

 ジャナリーの声で意識が元に戻った。

 これも本日二度目だ。


「キスククア君はさすがだね! こんなに大きい氷の壁だって一撃なんだから!」

「ど、どうもありがとう」

「じゃあ、帰りもよろしくね、キスククア君! ボクは壁を登れないけど、降りることもできないんだ!」

「え、ええ、もちろんわかってるわ…………って、おもっ」


 行きと同じように、ジャナリーを背負って壁を降りていく……。



□□□



「はぁはぁ……プランプさん、ただいま戻りました……」

「キスククア君がまたしても大活躍したよ!」


 その後、同じ道を辿って“クルモノ・コバマズ”に帰ってきた。

 寒さの原因は無くなったので、すっかり気温も元通りだ。


「おかえり、キスククアちゃん! って、どうしたんだい? ずいぶんと疲れているみたいじゃないか。コールドコボルドは強かったかい?」

「いや、敵は普通に倒せたんですけど。ちょっと色々あって……ははは」


 ジャナリーを背負ったりなんだりしたので、いつもよりどっと疲れていた。

 でも、みんなの苦しみがなくなればそれで良い。


「キスククアお嬢様お帰りなさいませ!」

「くぅぅ! 俺も一緒についていけば良かったなぁ!」

「キスククアちゃんのおかげで寒さが消えちまったよ!」


 私が来るのを待っていたかのように、門下生や冒険者たちが集まってくる。

 何はともあれよかった。

 というわけで、今回も無事にクエスト終了となった。

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