第21話:氷の壁を破壊しに行く(寒くしやがるから)

「さて、今日はどのクエストを受けようかしら」

「どれでもいいよ! キスククア君ならどんな敵も一撃で葬り去ってしまうんだから!」

「わ、わかったら少し静かにしてね」


 ジャナリーは相変わらず声がでかい。

 そのせいで、こっそり入ろうとしたのにみんなに気づかれてしまった。

 冒険者やら門下生やらが、四方八方から集まってくる。


「今日もクエストかい!? キスククアちゃん!」

「どんな敵を倒してくるのか今から楽しみだな!」

「本日もキスククアお嬢様の勇姿が見られるのですね!」


 今日からまたワイワイ言われる日々が始まるのだろうか。

 と思ったけど、みんななんだか寒そうに見える。

 見えるだけじゃなくて、ほんとに寒くなってきた。


「……ぶわああああっくしゅん! ずびー! ねえ、キスククア君、なんか寒くない?」

「そうね、やけに寒いわ」


 ジャナリーが鼻水を垂らしながら聞いてきた。

 ハンカチを渡しつつ辺りを見回す。

 いつもより、ギルドの中がひんやりしている気がする。

 ロビーにいる他の人たちも寒そうにしていた。


「まだまだ冬は先なのに、どうして。異常気象かなぁ? ボクは寒いのが特に苦手なんだよ」

「空は晴れているのに不思議ね。太陽が隠れているわけでもないし」


 ロビーの窓から外を見たけど、からりと晴れている。

 太陽もサンサンと差していて、おかしなところはなさそうだ。

 

「プランプさんに聞いてみようか」

「きっと、誰かが近くで氷魔法を使っているんだよ。迷惑だなぁ、まったく」


 プランプさんを呼びに行こうとしたら、ちょうどカウンターの奥から出てきた。

 寒さのためだろう、しきりに身体をさすっている。


「あの、プランプさん。なんか寒いんですけど、いったいどうしたんでしょうか?」

「ああ、そのことかい。今、ちょうど目撃情報が入ってきたんだよ。クエストボードに張り出すから、ちょっと待っててね」


 そう言うと、プランプさんは一枚の紙を張り出した。

 新しいクエストだ。



〔緊急クエスト(Cランク) ~ヤリンヒ洞窟に出現した氷の壁を破壊せよ。魔法攻撃が効かないという報告がある、注意するように。コールドコボルドの目撃情報あり~〕



「氷の壁……ですか?」

「どうやら、ヤリンヒ洞窟にコールドコボルドが住み着いたみたいでね。やたらと周囲を凍らしているみたいなのさ。あいつらは周りのことなんか考えないからね」

「なるほど……迷惑極まりないですね」


 依頼表にはヤリンヒ洞窟の地図も記されていた。

 ギルドのすぐ近くで、歩いて行けそうな距離にある。


「それにしても、ここまで寒さが届くなんてすごいですね」

「ヤツらは氷魔法が得意なのさ。ただ自分たちが楽しむためだけに、辺りをキンキンに冷やしまくるんだよ」


 そう言って、プランプさんはモンスター図鑑を見せてくれた。

 なるほど……汚らしい顔つきだ。

 こいつのせいで寒くなっているのか。

 さすがは迷惑コボルド……おや?

 その瞬間、ガガーン! と頭に衝撃が走った。

 忘れかけていた記憶が蘇る。

 こ、こいつは…………。


「キスククア君、どうしたの? 顔が引きつっているけど……」


 父親や兄たちと一緒に、私をいじめてきた執事長じゃないか。

 まさか、そんな……。

 いや、どこからどう見てもあのクソ執事長だ。

 幼い頃の記憶が蘇る。


「ちょうど依頼を受けてくれる人を探していたんだけどね……って、ど、どうしたんだい、キスククアちゃん? すごい顔をしているけど……」


 いつも私の料理だけキンキンに冷やしやがった。

 お風呂とシャワーだって、私のときだけ冷水しか出ないように細工していた。

 きっと、あいつの先祖はコールドコボルドだったんだな。

 

「「キ、キスククア君 (ちゃん)……?」」

「……はっ」


 気づいたら、ジャナリーとプランプさんが心配そうな顔で私を見ていた。

 

「ゴ、ゴホン、すみません、何でもないです。あの、こいつって元は人間だったとかじゃないですよね?」

「何言っているんだい、キスククアちゃん。コボルドはコボルドだよ」

「ハハハ、人間がコボルドになるわけないじゃないか。キスククア君も冗談を言うんだね」


 当たり前だけど、やっぱりこいつはコボルドなのだ。

 ということは、思いっきりかかとをぶち落としても問題ないということだ。

 人間じゃないのだから。

 おまけに、周りの人たちに迷惑をかけるクソモンスターだ。


「ぜひ、私にやらせてください。いえ、私にしかできないのです! こいつは…………私の獲物です!」


 何が何でもこいつをぶちのめしたい。

 うずうずしてきて、居ても立っても居られなくなってきた。


「プランプさん! この依頼はキスククア君が引き受けてくれるってさ! というより、彼女以外には務まらないクエストだよ!」

「キスククアちゃんはどんどん成長していくんだね! 私も嬉しいよ!」


 なぜか、プランプさんはおいおいと泣いている。

 ジャナリーはジャナリーで、鼻息荒く興奮していた。

 心に秘めた情熱がメラメラと燃え上がる。

 ハヤク……カカトヲ……オトシタイ。


「キスククア君! 今の気持ちを聞かせてよ! 記事にするから!」

「…………楽しみだ(早くイジワル執事長をぶちのめすつもりでかかとを落としたい)」

「「おおお~!」」


 やけに盛り上がっていたのが気になるけど、まぁいいや。

 ということで、私たちはヤリンヒ洞窟へと向かっていった。

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