第20話:執事長、襲撃に向かう(Side:レインソンス③)

「まずい、まずい、まずい。これはかなりまずい」 


 ガッツたちがいなくなってから、ワシは自室でずっと頭を抱えていた。

 門下生がいなければ、王国騎士団の団員候補がいない。

 団員を輩出できなければ、カカシトトー伯爵家の地位は没落する……。

 そうなると、今までの豪華な貴族生活ともおさらばだ。

 どうやって解決しようか悩み続けている。

 ちらりと壁を見たら、予定表が目に入った。

 国王陛下の謁見が近い。

 門下生の状況を伝えることになっていた。

 そして、その門下生は一人もいない……。


「おのれええ、キスククアめ! あいつさえいなければこんなことにはならなかったのだ! どうしてくれる!」


 門下生が辞めるどころか、新しく入る者さえ一人もいなかった。

 もしかしたら、あいつらがウワサでも流しているのかもしれない。

 使えない無能娘に憎悪を募らせていたとき、扉がコンコンとノックされた。


「誰だ! ワシは今機嫌が悪いのだぞ! 出直してこ……」

「旦那様、私でございます」

「なんだ、お前か。入れ」


 ガチャリと入ってきたのは、カカシトトー家の執事長だ。

 小柄だがその分骨太で、服の上からも筋肉の盛り上がりがよくわかった。

 しかし、顔は骸骨のようで、くぼんだ目が独特の薄気味悪さを醸し出している。

 こいつは執事だが、ワシと一緒にキスククアをいじめるのが好きだった。

 そのため、特別に指導をつけてやっている。

 元々武の才があったようで、特にスパイクハンマーの扱いに長けていた。

 

「旦那様、キスククアお嬢様のことで悩んでおられるのですか?」

「ああ、そうだ。クソッ! あいつさえいなければ、門下生たちが辞めるようなことはなかったのに」


 あれからずっと考えていたが、どう考えてもキスククアが悪いに決まっている。

 あの娘が全ての元凶だ。

 責任を取らせたいのに、この場にいないのがさらに腹立たしかった。


「旦那様、ここは私に任せていただけませんでしょうか」

「なに? 任せるとはどういうことだ?」

「私がキスククアお嬢様を倒してまいります」


 いきなり、執事長は予期せぬ言葉を放った。


「……お前がキスククアを倒すだと?」

「さようでございます」

「しかし……なぜそんなことをするのだ」

「私は、もっとキスククアお嬢様をいじめたいのでございます。昔から弱い立場の者を攻撃するのが本当に気持ち良くて……。まぁ、一種の趣味とも言えるでしょう」


 たしかに、こいつはキスククアをいじめている時が一番楽しそうだった。

 鍛錬以外にも食事だったり掃除だったり、何かある度難癖をつけてはキスククアをいじめていた。

 そこもまたワシが気に入った理由だった。


「なるほど……まだキスククアをいじめたりないと。だが、仮にもあいつはカカシトトー家の一員だぞ」

「ご心配なく、武の心得はございますので」


 そう言うと、執事長は自信ありげな顔で特注のスパイクハンマーを掲げた。

 どっしりとした重厚な柄の先には、何本ものトゲが生えた球体がくっついている。

 見るからに凶悪な武器だ。

 

「旦那様のご指導を受けた私がキスククアお嬢様を倒せば、旦那様の元で鍛錬を積んだ方が良いとわかるでしょう。門下生どもも、キスククアお嬢様の元で修行するなどという、ふざけた考えも捨てるはずでございます」

「ふむ……たしかに、お前の言う通りだ」


 どうやら、門下生たちはワシよりキスククアの方が強いと思っているらしい。

 だからこそ、あの娘のところへ向かうと言っていたのだ。

 だが、そんなことは絶対にあり得ない。


「いくらキスククアお嬢様がカカシトトー家の人間と言えど、私との勝負は目に見えております。何と言っても、彼女のスキルは<かかと落とし>というゴミ中のゴミスキルだったのですから」

「ははは! そうだ! <かかと落とし>だ! キスククアはとんでもないクズスキルしか持っていないのだ!」


 その名前を思い出す度、腹の底から笑いがこみ上げてくる。

 しばらく、二人で大笑いしていた。

 ここまで笑わせてくれるのであれば、あの娘にも少しは価値があったのかもしれないな。


「ですが、生死の保証はできませぬ。私は手加減のできる人間ではございませんので」

「なに、そんなことは気にするな。あの娘がどうなろうとワシの知ったことではないわ」


 生意気なキスククアが倒される想像をするのは、大変に愉快な妄想だった。

 ワシと執事長は懸命に笑いを堪える。

 部屋の中は、クックックッ……という笑い声で満たされた。


「さて、キスククアだが、どうやら冒険者ギルド“クルモノ・コバマズ”にいるらしい」

「そうでございましたか。意外と近くに……」


 門下生たちがいなくなってから、たくさんの探偵やらなんやらを使ってキスククアの居場所を再確認した。

 多額の調査費用もキスククアに負担させたかったが、この際生死は問わん。


「よし、お前に任せたぞ、執事長。あの娘に実力の違いを見せつけてこい」

「では、行ってまいります。どうぞ、良い報告を期待していてくださいませ」

「ああ、そうだ。念のため顔は隠しとけ。カカシトトー家の差し金だとわかるとまずいからな。ほら、この仮面をやる」


 数年前に行商人から買った仮面を渡す。

 ワシのセンスの良さが具現化したようなデザインで気に入っていたが、この際だからこいつにくれてやる。

 

「ありがとうございます、旦那様。仮面のおかげで姿を隠してキスククアお嬢様を倒せます」

「よし、いってこい。必ずあの娘を仕留めてくるのだ」

「かしこまりました。旦那様はゆるりとお待ちくださいませ」


 そして、執事長は意気揚々と“クルモノ・コバマズ”へと向かって行った。

 その背中を眺めていると、ワシの気分も多少は良くなった。

 まぁ、キスククアが倒されれば門下生たちも戻ってくるだろうし、国王陛下との謁見は何とかなるだろう。


「やれやれ、これで一件落着だな。キスククアは執事長に任せておけば大丈夫だろう。あいつがボコボコにされるのを見られないのは残念だが……まぁ、仕方あるまい」


 問題が解決し、ふーっと息を吐く。

 心なしか、肩も軽くなった気がする。

 キスククアめ、覚悟しろ。

 自分の行いを反省してももう遅いからな。

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