第14話:大岩を砕いた(素のかかとで)

「あああ~、どうしよう。急いでいるっていうのによ~」


 大きな岩の前で、小太りなオジサンが頭を抱えている。

 その横には荷馬車があった。

 見たところ、オジサンにも馬車にも大きな怪我などはないようだ。


「どうしましたか、大丈夫ですか!?」

「何があったの!」


 それでも心配なので、慌てて駆け寄る。

 オジサンがハッとしたように振り向いた。


「お、お嬢ちゃんたちはいったい……?」

「私たちは“クルモノ・コバマズ”の冒険者です。悲鳴が聞こえたので何があったのかなと」

「そうか、お嬢ちゃんたちは冒険者だったのか。見ての通り、大岩が道を塞いじまったんだよ」


 大きな岩はちょうど道の真ん中に立ち塞がっている。

 オジサンは困り果てた表情で立ち尽くしていた。


「まいったな~、この荷物を急いで街まで送らないとまずいのに。早くしないと溶けちまうよ」


 荷馬車の上には、氷漬けにされた果物がいくつも積んである。

 ひんやりして冷たそうだけど、この日差しじゃ溶けるのも時間の問題だろう。


「その果物はなんですか?」

「この地域で特産品のアイスフルーツだよ。街ではこれをすりおろして食べるのが流行っているんだ。ああ、どうしよう。俺は魔法がからっきしだし……そうだ! お嬢ちゃんたち、氷魔法は使えないかい!? 少し冷やしてくれるだけでいいんだよ!」


 オジサンは明るい表情になった。

 しかし、申し訳ないけどその気持ちには応えられない。


「ごめんなさい。私に魔法はちょっと……」

「ボクも魔法なんか使えないよ……」

「そうかぁ、そいつは残念だね……」


 あいにくと、私に魔法の才はなかった。

 オジサンもしょんぼりしている。

 せめてこの岩がどかせればいいんだけど。

 と、そこで、岩のてっぺんには見慣れた光がぼんやりとあった。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 どうやら、モンスターと同じようにかかと落としで砕けそうだ。

 というか、岩にも脳天とか即死とかあるのか。


「氷魔法は使えませんが、私のスキルを使えば岩が砕けそうです」

「本当か、お嬢ちゃん!?」


 一瞬で、オジサンからはしょんぼりした感じが消えた。

 それはそれは期待のこもった目で私を見ている。


「いったいどんなすごいスキルなんだい!?」


 グググッとすごい勢いで迫ってくる。


「あっ……<かかと落とし>です」

「か……<かかと落とし>……?」


 案の定、オジサンはぽかんとしている。

 説明するのも恥ずかしいので、さっさと岩を砕くことにする。

 と、そこで、ジャナリーにくいくいっと服を掴まれた。


「でも、靴が無いとかかとが痛くなっちゃうよ」

「まぁ、そうだけど……岩なら何とかなると思うわ。少なくとも、モンスターじゃないし」

「なるほど……となると、ボクも実況しないとね!」


 大岩はかなり巨大なので、高くジャンプしよう。

 ぴょんぴょんと小さく跳ねて体を温める。 

 次の瞬間には、ジャナリーは少し離れた木の影に隠れていた。

 岩の破片から身を守るためだろう。

 相変わらずポカンとしているオジサンをおいて、全速力で走り出す。


「キスククア君が猛然と駆け出したー! 相手はモンスターではないが、とんでもなく巨大な岩だぞー! 果たして彼女に破壊できるのかー!?」


 大岩の手前で深く深く溜めを作ってジャンプする。

 空高く飛び上がった。


「お、お嬢ちゃんが飛んだ!? なんて身軽なんだ!」


 右脚を空高く振り上げる。

 もはや、身体に染みつきつつあった。


「道を塞いでるんじゃねえええ! このクソ岩がああああ!」


 大岩の脳天に私のかかとが振り下ろされる。

 その瞬間、雷にでも打たれたように岩が真っ二つに切り割かれていった。

 ズドドド! っとかかとが岩を砕ききる。


――き、気持ちいい……これはヤバい……。


 モンスターほどじゃないけど、すごい爽快感だ。

 硬い物を力の限りぶち壊すのはたまらない。

 岩の硬さもちょうど良かった。

 願わくばもう一度……。


「キスククア君の勝利ー!」

「…………はっ」


 ジャナリーの宣言で現実に戻ってくる。

 危ない危ない、また快楽に支配されそうになってしまった。

 気持ちと身なりを整え、オジサンのところに戻る。

 やけに大きな口を開けていた。


「と、まぁ、こんな感じなんですが……」

「えええええ!?」


 ワンテンポ遅れてオジサンが叫んだ。

 仰天して目が見開いている。


「か……<かかと落とし>って、本当にかかと落としぃ~!?」


 オジサンは絶叫に近い驚きの声を上げている。

 そんなに驚かなくてもいいんですがね。


「これで街へ行けますよ」

「お嬢ちゃん! 本当にありがとう! これで無事に今日の商売ができそうだよ!」


 オジサンは私の手を握ってブンブン振り回す。

 と、そこで、地面に落ちていた岩の破片に気づいた。

 割れたときに欠片が飛び散ったのだろう。

 大小さまざまな石が転がっていた。

 そういえば、どこかで見たことあるような気がする。


「あれ……? もしかして、この鉱石って……」

「Aランクの“ハジマガネ鉱石”だよ! すごいじゃないか、お嬢ちゃん!」


 “ハジマガネ鉱石”は鋼のように強靭な石だ。

 なおかつ、非常に加工しやすいことで知られている。

 靴の素材としては打って付けだろう。


「きっと、この大岩の中に“ハジマガネ鉱石”の結晶があったんだね」


 ジャナリーは一人で納得したようにうなずいている。


「せっかくだから、少し持って帰った方がいいよ!」


 そんなに多くは必要ないだろうから、小袋に入るだけ拾っておいた。

 もっと必要だったらまた取りに来ればいいし。


「お嬢ちゃんたち、本当にありがとう! 今度ちゃんとお礼をさせてくれよな!」


 オジサンは嬉しそうに手を振りながら、街への道を進んでいった。


「じゃあ、私たちも帰りましょう」

「いえーい! 今日はネタがたくさんあるぞー!」


 その後、ギルドに帰って出来事を軽く話した。


「プランプさん、無事にボスグールを倒してきました」

「さすがはキスククアちゃんだね。ボスグールも弱い敵ではないのに」

「あと、帰り道大きな岩が道を塞いでいまして。割ったらこんな石が出てきました」


 カウンターに“ハジマガネ鉱石”を出す。

 プランプさんは目を見開いた。


「こ、これは“ハジマガネ鉱石”じゃないかい!? それもこんなにたくさん! アタシも初めて見たよ!」


 そうだ、プランプさんに鍛冶職人を紹介してもらおうかな。

 

「ボスグールを倒したときに靴が壊れてしまいまして……新しい靴が欲しいんですが、どなたか鍛冶師の方を紹介いただけませんか?」

「それなら、アタシが作ってあげようか。“ハジマガネ鉱石”だって、加工したことが何度もあるよ」


 プランプさんはドンッ! と胸を張った。

 あれ? ギルドマスターじゃなかったっけ?


「プランプさんが作ってくれるんですか?」

「これでもアタシは鍛冶師なんだよ」

「そうだったんですか。初めて知りました」


 力がありそうな女性だなとは思っていたけど、鍛冶師だったんだ。


「腕は衰えてないから安心しなさいな」

「では、よろしくお願いします。全部使っていただいて構いませんので」


 ということで、新しい靴の製作はプランプさんにお願いすることにした。


「キスククアちゃん、希望のデザインとかはあるかいな? まだ若いんだし可愛い方が良いかね?」

「いえ、特に希望はありません。とりあえず頑丈なら良いです」


 私は昔からオシャレとか服とかには興味がなかった。

 だからデザインはおまかせにしといた。


「よしきた! 丈夫でカッコイイ靴を作ってあげるからね!」


 プランプさんは自信満々だ。

 きっと、良い靴を作ってくれるだろう。

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