第12話:門下生たち、辞める(Side:レインソンス②)

「さて、気を取り直して鍛錬を始めるとするか。さすがにもう大丈夫だろうしな」

「日も空きましたので、門下生たちの興奮も収まっていることでしょう」


 その後、ワシは改めて鍛錬場へと向かっていた。

 無論、キスククアの捜索などはまったくしていない。

 結局のところ、怒ったりなんだりという感情はそんなに長く続かないのだ。

 門下生どももすっかり忘れているはずだ。

 

「では、旦那様、私はここで失礼いたします」

「よし」


 と、鍛錬場へ出向いたら、すでに門下生たちがズラリと並んでいた。

 一様に険しい顔をしている。

 どうした?

 そうか、この前のことを反省しているのだな、感心感心。


「ほお、ずいぶんと早いではないか。まぁ、今からでも謝れば許してやらんでも……」

「「マスター、キスククアお嬢様は見つかりましたか?」」


 しかし、門下生たちは相変わらず厳しい目でワシを見ている。

 その様子を見て、だんだん腹が立ってきた。

 何度もあの女を思い出させるな!

 ムカつくので思いっきり怒鳴りつける。


「いい加減にしろ! キスククアのことはどうでもいいだろうが!」

「「どうでもよくありません!」」


 しかし、それ以上の迫力で怒鳴り返された。

 門下生たちの視線が痛い。

 こ、これはどういうことだ?

 私にはまったく理解できなかった。


「「おーい! あいつらが帰ってきたぞー!」」


 突如、数人の門下生が叫んだ。

 森の方から誰かが歩いてくる。

 互いに肩を支え合い、足を引きずりながらこっちに来ていた。

 どこかで見覚えのあるような連中だ。

 だが、あんな汚いナリで鍛錬場に入られては迷惑だな。

 追い返そうか。


「お前ら、大丈夫だったか!? なかなか帰ってこないから心配したんだぞ!」


 ガッツを戦闘に、門下生たちが駆け寄る。

 ん、どうした。知り合いか?

 ああ、そうだ。

 あいつらはうちの門下生どもだ。

 たしか、“クルモノ・コバマズ”とかいう冒険者ギルドでの修行を命じたのだ。

 すっかり忘れていた。


「「すみません、ガッツさん。ダンジョンの罠に引っかかってしまいまして……」

「怪我をしているじゃないか! ちょっと待ってろ。すぐに手当てしてやるから」

「「いや、それが、キスククアお嬢様にお会いしたんですよ!」」


 その言葉を聞いて、一瞬辺りは静まり返った。

 ガッツが緊張した面持ちで問いかける。


「キ、キスククアお嬢様とお会いしたのか……?」

「「そうなんです、ガッツさん! ファイヤーリザードが倒せなくてもうダメだ! ってときに、キスククアお嬢様が助けてくれたんですよ! しかも、<かかと落とし>という見たこともない技で、ドでかいファイヤーリザードを一刀両断! まるで、神の鉄槌のような一撃でした!」」

「ま、まさか、そんなことが……!」


 門下生たちはキスククアの話題で大盛り上がりだ。

 クソ、あの女め。

 しぶとく生きていたのか。

 どうやら、冒険者ギルドにいるらしい。

 だが、まあいいだろう。

 ワシは優しいからな、見逃してやる。


――それよりも今は……。


 ウウン! と咳払いすると、門下生たちが振り向いた。

 ギルドへ行っていた者たちへ、ズイッと手を差し出す。


「さあ、報奨金とモンスターの素材を渡してもらおうか。冒険者ギルドに斡旋するのもタダではないんだぞ」


 だが、誰も金を渡してこようとしない。

 それどころか、ワシのことを冷めた目で見ていた。

 さっきから何なんだ、こいつらは。

 もう一度怒鳴ろうとしたとき、いきなりガッツが叫んできた。


「マスター! あなたはそれでもマスターですか!?」

「な、なんだと!? 貴様ぁ、このワシがカカシトトー伯爵家当主だと知っての狼藉か!?」


 その実力に目をつぶってきたが、もう限界だ。

 ガッツの胸倉を思いっきり掴む。

  

「「手をあげるなんて最低です!」」


 殴ろうとしたら、すかさず門下生たちが止めに入ってきた。

 なんて無礼極まりないヤツらだ。

 もっと厳しく躾ておくべきだった。


「よ、よくもそのような口が利けるな! このワシを誰だと思っているのだ! ワシはカカシトトー流の……」

「マスターなら真っ先に怪我の心配をするべきです! まず金のことを言い出すということは、私たちの体などどうでもよいのでしょう!?」

「なっ……!」


 本心を突かれたような気がしてドキリとした。

 正直なところ、門下生たちはただの金づるとしか考えていない。


「マスター……私は本日限りで門下生を辞めさせていただきます!」


 突然、ガッツはあり得ないことを言ってきた。

 私の返事を待たずに森の方へ歩き出す。

 

「なに!? 辞めるだと!? ふざけるな!」


 その肩を勢い良く掴んだ。

 そんなことは絶対に許さないぞ。

 ガッツはピタリと立ち止まる。

 さすがに考え直したようだ。


「私はキスククアお嬢様の元へ行きます! 今後はお嬢様の元で鍛錬を積ませていただきますので!」


 と、思ったら、ワシの手を振り払うようにして再び歩き出してしまった。

 やがて、他の門下生どもも賛同しだした。


「そうだ、そうだ! 俺もガッツさんについていくぞ! キスククアお嬢様の元で修行を積むんだ!」

「こんなところにいる意味なんて一つもねえ! 今思えば、これまでの指導も意味があったのかわからねえや! ひたすら殴ってくるだけだったもんな!」

「今月の謝金はもう払いましたから、引き留める権利はありませんよ!」


 門下生たちはぞろぞろと森へ向かって行く。


「ま、待て! 貴様ら、王国騎士団への入団はどうするのだ! ワシが口利きしてやらんと決して入れないエリート集団だぞ!」

「私は別の方法で国に貢献いたします!」

「「俺たちもガッツさんと同じです!」」


 もはや、まったく考え直すつもりはないようだ。

 ほ、本気なのか?

 このまま本当に辞められるとワシが困る。


「ま、待て! わかった! 撤回する! 指導方法も改めるし、キスククアも探す! だから、辞めないでくれー!」


 しかし、ワシのことなど目に入らないかのように、あっという間に去ってしまった。

 鍛錬場にたった一人取り残される。

 やけに冷たいからっ風が吹き渡った。


――ちょっと待て…………これはまずいぞ?


 特に、ガッツは来季の王国騎士団入りが確実視されていた。

 門下生の中から団員を輩出できなければ、カカシトトー伯爵家の存在意義は無きに等しい。

 もうじき、国王陛下との謁見だって控えているのに……。

 ど、どうすればいいのだ。

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