第9話:冒険者パーティーを助けたら実家の門下生だった

「ここが“温熱ダンジョン”……あったかいというよりは、少し暑いわね」

「や、やっぱり雰囲気あるなぁ」


 その後、一生懸命走ってみんなより早く“温熱ダンジョン”にやってきた。

 見た目は一般的な迷宮系のダンジョンだ。

 温熱という名の通り、この辺りは気温が高い。

 空気がもわっとして、少し汗ばむ感じがする。


「ファイヤーリザードはこの中にいるのか」

「ビ、Bランクのダンジョンなんて、ボ、ボクは初めて来たよ」


 ジャナリーはビクビクしながら、私のドレスを掴んでいる。

 怖くなってきたらしい。


「そんなに怯えなくても大丈夫よ。すぐに応援の冒険者たちが来るわ。ここはギルドからそこまでは離れていないみたいだし。ほら、あそこを見て」

 

 ダンジョンと反対方向を指す。

 遠くの方に、“クルモノ・コバマズ”の屋根がチラリと見えた。

 

「あ、あんなに離れてるじゃないの」

「怖かったら帰ってもいいけど……」

「いや、絶対に帰らない! ここまで来たらボクも一緒に行く! すごい記事が書けそうなんだ!」


 帰ったらどう? と言うと、ジャナリーは断固として反対する。

 彼女は怖がりなくせに、変な度胸があるのだ。


「わかったわ、私の後ろに隠れていてね」

「うん! キスククア君がいれば何があっても安心さ!」

 

 慎重にダンジョンの中を進む。

 中はさらに暑くて、歩いているだけで汗が出てきた。

 どうやら、湿度も高いみたいだ。


「おっと、危な。なんだろう、これ……」


 歩いていると、足に何かが当たった。

 ガラガラガラ! と物が転がる音がする。

 確かめようとしたら、すかさずジャナリーがしがみついてきた。


「キ、キスククア君! 今のはなに!? もしかして、ダンジョンの罠!? ボクたちの侵入が気づかれちゃったよ! このダンジョンは生きているんだあああ!」

「罠なんかじゃないし、そもそもダンジョンは生きていないわ。ちょっと落ち着きなさいって」


 壁にかけてある松明を取って、地面をよく照らしてみる。

 ぼんやりと明るくなる。


「ひいい! モンスターの死骸だあああ! うわあああ!」


 通路の床には、モンスターの死骸が転がっていた。

 骸骨剣士やグリーンスライムなど、“温熱ダンジョン”で見られるモンスターたちだ。

 よく見ると、破れた薬草や折れたナイフなども落ちている。


「なるほど……さっき蹴飛ばしたのはポーションの空き瓶みたいね。きっと、冒険者パーティーが倒したのよ。このまま進めば、もう少しで合流できるかもしれないわ」

「こ、こんな暗いところを進むの~」

 

 ジャナリーがまとわりついてくるので動きづらかったけど、どうにか進んでいく。

 通路を抜けると、開けた空間に出てきた。

 薄暗くてよくわからないけど、ギルドのロビーより広そうだ。


「ここがダンジョンの一番奥かしら」

「さ、さすがにBランクは他とは違うなぁ」


 入り口からここまでは一本道だった。

 しかし、通路がさらに続いていたりすると、探すのが大変かもしれない。

 そう思ったときだった。

 

『ゴバアアアア!』 

「だ、だめだ! 炎の鎧を突き破れない!」

「おい、お前ら、しっかりしろ!」

「一度態勢を立て直すぞ!」


 さらに奥から、モンスターの咆哮と切羽詰まった声が聞こえてきた。

 

「冒険者パーティーだわ! 急ぎましょう!」

「よ、よーし!」


 広場は暗いけど、奥の方は時々明るくなる。

 ドンドン! っと、火球が放たれていた。

 ファイヤーリザードだ。

 巨大なトカゲのようで、やけに伸びた首が威圧感を覚える。


「「ちくしょう! 出口はどこだ!?」」

「皆さん、大丈夫ですか! “クルモノ・コバマズ”から応援に来ました!」

「うわあああ、そこら中から火球が飛んでくるうう! ひいえああああ!」


 ファイヤーリザードの火球を避けつつ、なんとか冒険者たちと合流できた。

 暗がりでも、彼らの体は傷ついているのがわかる。


「「ギルドから来てくれたのか!?」」

「はい! 出口はこっちです!」

「は、早くこんなところから逃げようよー! あいつはボクを炭火焼にして肉汁と一緒に食べるつもりなんだ!」

「「ありがてえ! よし、みんな撤退するぞ!」」


 冒険者たちを連れて出口へ走る。

 来た道を真っ直ぐ戻るだけだ。


「あと少しで通路に入れます! あいつの体はでかいから、中までは来れないはずです!」

「やったー! これでファイヤーリザードからおさらばだー! はははははー!」


 しかし、すんでの所でズザザザザ! っと、ファイヤーリザードが先回りした。


「「クソ! あと少しだったのに! 俺たちの動きを予想してやがった!」」

「うわあああ! 炭火焼はいやだー! せめて、レアにしてくれー!」


 冒険者たちが毒づく中、ジャナリーがしがみついてくる。

 別の道を探しても、出口にたどり着くかはわからない。

 それに、まだ他にモンスターがいるだろう。


「こうなったら、私が戦います」


 ファイヤーリザードを倒さなければ、ここからは出られない。

 冒険者たちの怪我だって、早めに手当てしないとまずい。


「「じょ、嬢ちゃん!」」

「皆さんは下がっていてください! 私がなんとかします!」

「ほ、ほら! あっちの方に逃げよう!」


 ジャナリーがすごい勢いで冒険者たちを連れていく。

 おかげで、とりあえず彼らの安全が確保できた。


『グルアアア!』


 ファイヤーリザードが、私めがけて火球を放ってきた。

 スぺースを最大限に使って懸命に躱す。


「おーっとー! ファイヤーリザードの火球が襲い掛かるぞー! 当たったら大変な火傷だー!」


 ジャナリーは無事安全地帯を見つけたようで、さっそく実況に移っていた。

 火球の飛んでくるスピードはかなり速い。

 でも、あくまでもファイヤーリザードの口から放たれる攻撃だ。

 あいつの口を見ていれば、どこに飛んでくるかは予測できる。

 全て躱されるとは思わなかったのか、ファイヤーリザードはうろたえている。


『ゴルッ!?』

「「す、すげえ、あの嬢ちゃんは何者なんだ……!」」

「実は彼女はキスクク……」

『ブルアアアアアア!』


 突然、ファイヤーリザードが炎の鎧をまとった。

 胴体を中心に激しい炎が燃え盛る。

 まるで、その塊は巨大な焚き火のようだ。


「うっ、熱っ……!」

「「ちくしょう! こいつの魔力は無尽蔵か!? あの鎧のせいで俺たちの攻撃が効かなかったんだ!」」


 熱に圧されても、分析を怠ってはいけない。

 ファイヤーリザードは火球を放とうとせず、じりじりとこちらに近づいてくる。

 

「そうだ、こいつの魔力はきっと無尽蔵じゃないんだ」


 炎の鎧を作ることで精一杯なのだ。

 このチャンスを逃してはいけない。

 猛然とファイヤーリザードへ走る。


「「じょ、嬢ちゃん! 真っ正面からじゃ燃やされちまうぞ!」」


 彼らの言うように、このまま飛び込めば私の身体も燃えてしまう。

 そう、胴体に飛び込んだら。

 ヤツの首は長く、頭の鎧は炎が薄かった。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 いつものように、脳天はぼんやり光っている。

 目指す場所はそこだけだ。

 かかとを力の限り振り上げた。


「消えてなくなれえええ! このクソトカゲええええ!」


 炎の鎧を突き破るように、渾身の力でかかとを落とす。


『プギャアアアアアア!』


 グシャリとした感覚があり、脳天は頭ごと潰れてしまった。

 そのまま、胴体までも真っ二つに切り裂かれていく。

 まるで、衝撃波が伝わっているかのようだ。

 ビチビチビチッ! と、私の体中に残骸が飛んでくる。

 しかし、もはやそんなことはどうでもよかった。


――き、気持ちいい……もっと快楽を……。


 私は全身を駆け巡る快感に身を震わせていた。

 体が勝手にビクビクしている。

 危うく昇天しかけるところだ。

 

「「す、すげえ! あのファイヤーリザードが一撃で倒されたぞ!」」

「キスククア君の勝利ー!」

「……はっ」


 冒険者たちが騒ぐ中、ジャナリーの高らかな宣言で意識を取り戻した。


「「え!? も、もしかして、あなたはキスククアお嬢様だったのですか…!?」」


 冒険者パーティーの面々は、ぽかんとしている。

 どうやら、私の名前に聞き覚えがあるらしい。

 しかし、今はダンジョンから出ることが先決だ。


「とりあえず、急いでダンジョンから出ましょう。また新しいモンスターが襲ってきたら大変です」

「ボクたちについてきて」

「「は、はい!」」


 来た道を走って戻り、ダンジョンから出てきた。

 暗闇から解き放たれたので一息つける。

 やれやれ……と思ったら、冒険者たちが悲鳴のような叫び声を上げた。


「「やっぱり、キスククアお嬢様だ! どうしてこんなところに!?」」

「え? ……うそ。もしかして、あなたたちはカカシトトー流の門下生?」

 

 冒険者パーティーは、みな見たことのある人たちだった。

 彼らは……実家の門下生たちだ。

 私は幼い頃から彼らと一緒に鍛錬させられていたので、メンバーとは一通り面識があった。


「「まさか、キスククアお嬢様とお会いできるとは思いませんでしたよ! なぜ“温熱ダンジョン”にいらっしゃったのですか!?」」


 わいわいと門下生たちに囲まれる。

 そのまま、今までの出来事を話した。


「私、家から追放されちゃったのよ」

「「ええ!?」」


 事情を話すと、みんなとても驚いている。

 やがて、彼らは怒りに身を震わしだした。


「キスククアお嬢様が誰よりも修行を積んでいるのは分かっているはずなのに!」

「その努力を認めようとしないなんて、マスターはなんて横暴なんだ!」

「前から思っていたが、マスターやご子息たちはキスククアお嬢様に辛く当たりすぎだ!」


 門下生の面々はプンプンと怒っていた。


「ま、まぁ、私も外れスキルが出ちゃったのがいけないわけだし……」

「「キスククアお嬢様は何も悪くありませんよ!」」

「そうかなぁ」

「「そうに決まっています!」」

「キスククア君は本当に人望が厚いんだね。ボクも鼻が高いよ、ははははは」

 

 恐怖から解放されたようで、ジャナリーが一番誇らしげで楽しそうだった。


「「おーい、大丈夫かあ!? 助けにきたぞー!」」


 やがて、ギルドの方角から冒険者たちが走ってきた。

 これでもう大丈夫だ。

 ということで、応援とも無事に合流しギルドへ帰還となった。

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