第6話:突き抜ける快感

「ここがトロールのいる森の泉か」

「ふ、雰囲気あるねぇ~」


 ジャナリーと出会った森をさらに奥へと歩いていくと、小さな泉に着いた。

 キレイな水だが、所々汚れている部分もあった。

 トロールに汚されたのだろう。


「……あの、あまりくっつかないでほしいんだけど」

「だ、だって、怖いんだもん」


 さっきから、ジャナリーは私のドレスの裾を掴んで離さない。

 彼女は無鉄砲なくせに、ビビリな一面もあるらしい。


「怖いんならついてこなければよかったのに」

「そういうわけにはいかないの!」


 そのとき、ガサリッ、と木の影から大きなモンスターが現れた。

 討伐依頼のあったトロールだ。

 ラージオークよりずっと太っていて、より力が強そうな感じがする。

 顔もさらに凶悪そうだ。


「うわぁ! トロール!? キスククア君、トロールが出てきたよ! ひいいい、トロールだ!」

「見ればわかるわ」

「あいつもボクの脳みそをすり潰して、デザート代わりに血肉と一緒に飲むつもりなんだあああ!」

「だから、どうしてそんな細かい心配を……」


 そう言いながらも、全身に力を集中していく。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 トロールもまた、脳天がぼんやりと光っている。

 例の注意書きも同じ場所に浮かんでいた。

 こいつもかかと落としをぶちかませば即死できそうだ。


「ジャナリーは安全なところに避難……って、ジャナリーどこ? もしかして、脳みそをすり潰され……」

「頑張れ、キスククア君! ボクは大丈夫! 安全地帯を確保したから!」


 知らないうちに、ジャナリーは私よりずっと後ろにある岩の影に隠れていた。

 かなり頑丈そうな岩だ。

 彼女は安全地帯を見つけるのが得意らしい。


『ギィへへへへへへ』


 トロールはこっちを見て、気色悪い笑みを浮かべていた。

 私たちを餌と認識したのかもしれない。


「さてと……」

 

 トロールを見ていると、父親と兄たちにされた酷いことが思い出された。

 長兄には嘘の型を教えられ、そのせいで父親から冷たい水をかけられた。

 次兄には道具を壊され、そのせいで父に暴力を振るわれた。

 いつも、自分だけ鍛錬場の掃除をさせられていた(早朝、朝、昼、夕、夜、深夜)。

 怒りのパワーが体にみなぎるのを感じる。

 

――というか、よくぶちぎれなかったな。


「おおお! キスククア君の身体から魔力が漏れ出ているよ!」


 後ろの方から、ジャナリーの感嘆が聞こえてくる。

 たぶん魔力じゃなくて怒りのオーラな気がするよ。


『ギイアアアアア!』


 トロールがドスドスと走ってくる。

 決して早くはないが、勢いがあるのでまともに当たったら吹き飛ばされそうだ。

 岩の陰でジャナリーが騒いでいる。

 

「うおおおお! トロールの猛ダッシュだー! あの巨体に突進されたらひとたまりもないぞー!」


 ……なんか勝手に実況を始めてるんだけど。

 ジャナリーは身の安全が確保されている時は、結構はっちゃけるタイプらしい。


『ゴアアアア!』


 目の前に迫ったトロールは、勢いのまま棍棒を思いっきり振り下ろしてきた。

 

「はっ!」


 こいつの軌道も直線的なので、避けるのは難しくない。

 ひらりと一撃を躱した。

 私がいた所の地面が大きく抉られる。

 やはり、パワーはかなり強い。


『ガガアア!?』

「おおーっとー! キスククア君はひらりと躱すー! さすがの身のこなしだー!」


 後ろに生えていた木の幹を蹴って、空中へ飛び上がる。


「こ、今度はキスククア君が飛んだー!?」


 トロールも大柄なモンスターだ。

 正面から、かかとを落とそうとしても難しい。

 地形を上手く使って、身長差をカバーするのだ。

 足を垂直に開脚させ、右足のかかとを大きく振り上げる。


「死にさらせええええ! このクソ野郎がああああ!」

 

 渾身の一撃がトロールの脳天にぶち当たった。


『ボギャアアアア!』


 その勢いのまま、ズドドドドッ! とトロールの体を引き裂いていく。

  

「なんということだー!? あの強靭なトロールの体が、いとも簡単に真っ二つだー!」


 ジャナリーが叫ぶ中、ブシャブシャブシャとトロールの血が降りかかる。

 まぁ、相変わらず血だらけになるわけなんだけど、別にどうでもよかった。


――き、気持ちいい……。


 脳天に思いっきりかかとを落とすのは、とんでもない爽快感だ。

 今までのストレスが消えていくのを感じる。

 でも、決して満足はできない。

 もっと……もっと、私に快感を……。


「キスククア君の勝利ー!」

「……はっ」


 ジャナリーが声高らかに宣言する。

 その声で現実に戻ってきた。


「キスククア君はさすがだね! トロールも一撃で倒しちゃうなんて!」


 岩影から出てきたジャナリーが飛びついてくる。

 血がついているところを器用に避けて。


「なんとか倒せて良かったわ」

「それにしても、キスククア君は恍惚とした表情だったけど一体どうしたの?」

「う、ううん! 何でもない! ところで、ジャナリーはどうして実況するの?」

「いやぁ、自分も戦ったような気分になって、良い記事が書けそうなんだよね」


 ジャナリーは清々しい顔をしている。

 ということで、無事にトロールを討伐できた。



□□□



「プランプさん、トロールの討伐完了しました」

「あら、ずいぶんと早いね、キスククアちゃん。って、血だらけじゃないかい!?」

「大丈夫です、返り血ですから」


 その後、ギルドに帰って討伐報告をした。

 どうやら、モンスターの残骸を見せればいいらしい。


「トロールの皮とか肉は武器の素材になるけど、どうする?」

「特に装備はいらないので、全部お金にしてください」

「はいよ~」


 これで当分の宿代は賄えるはずだ。

 

「よーし、さっそく記事を書くぞ!」


 手続きが終わると、ジャナリーは張り切ってギルドの個室に閉じこもった。


「大げさに書かないでよね……って、わざわざ言わなくても大丈夫か」


 私は安心して自室に戻った。

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