第4話:予期せぬ動揺、広がる(Side:レインソンス①)

「やれやれ、あの出来損ないをようやく追放できたな。ずいぶんと長い間待った」

「お疲れ様でございました。旦那様の苦労を思いますと私も胸が痛みます」


 ワシはキスククアを追い出して気分がスッキリしていた。

 あんな娘だが、理由もなしに追放するとさすがに伯爵家の名前に傷がつく。

 だから、スキル授与の日までずっと我慢していたのだ。

 スキルがゴミなら正当な理由で追放できる。

 

「さて、今日も門下生どもに稽古をつけてやるとするか」

「途中までお荷物をお持ちいたします」


 執事長に道具を持たせ、屋敷の外にある鍛錬場へと向かう。

 ワシの指導は厳しい。

 いつも体が壊れるまで鍛錬していた。

 しかし、キスククアの無能は指導方法が間違えているとぬかしておった。

 体を壊したら意味がないと言って、しきりに怪我人の手当てをしていた。


――まったく、思い出すだけで腹が立つな。あのムカつく小娘め。


 もちろん、そのような指導をしても門下生が途切れることはない。

 代々、カカシトトー家は王国騎士団の団員を輩出してきたからな。

 名声に目がくらんだ愚か者たちは、寄ってたかって自分の子どもを預けてくるのだ。


「よし、ここまででいい」

「いってらっしゃいませ、旦那様」


 鍛錬場の入り口で道具を受け取る。

 領地の周りは森だが、この辺りは堅牢な石造りだった。

 ワシの厳しい修行に耐えるためだ。


「「おはようございます! マスター!」」


 ワシが姿を現すと、門下生たちがいっせいに礼をした。

 いつ見てもこの瞬間は気持ちがいい。

 こいつらが毎月納める謝金が、カカシトトー家の主な収入源だった。

 

「全員揃っているか?」

「「はい、マスター。冒険者ギルドへ修行に出ている者たち以外は、全員揃っております」」

「ああ、そういえばそうだったな」


 門下生には冒険者ギルドでの鍛錬を命じることも多かった。

 多種多様な経験を積むのは成長に必要不可欠……と言っておけば、ヤツらは我先にとギルドへ向かう。 

 そして、そいつらが得た報奨金やモンスターの素材などを斡旋代として徴収していた。

 これが意外と良い収入になる。

 まぁ、ちょっとした小遣い稼ぎだ。


「マスター、キスククアお嬢様はいらっしゃらないのですか?」

「なに?」


 稽古を始めようとしたら、先頭にいた女が聞いてきた。

 門下生筆頭のガッツだ。

 溶岩のような赤い髪に、同じく灼熱のような真紅の瞳。

 男にも負けないくらいに筋骨隆々だ。

 その見た目通り、すでに王国騎士団と遜色ない実力を持っている。

 ちょうど、来季の入団試験を受けさせようと思っていた。

 こいつは女だが、その実力に免じて人一倍稽古をつけているのだ。


「ですから、キスククアお嬢様はどうされたのですか?」

「ああ、あいつは……」

 

 キスククアも幼少期から門下生と一緒に鍛錬させていた。

 カカシトトー家に生まれた以上は、武術を極めなければならない……というのはただの名目で、ストレス解消のためいじめていただけだ。

 これが良い気分転換になった。

 そうか、あいつがいなくなるといじめる相手もいなくなるのか。

 どうしようかな……。


「マスター、キスククアお嬢様は……」

「うるさいな。そんなにしつこく聞かんでも教えてやる。あいつは追放したのだ」

「「つ、追放!?」」


 ワシが追放と言った瞬間、門下生たちはどよめいた。

 ざわざわざわ……と動揺が広がっている。

 な、なんだ、どうした?

 予想だにしない反応で少しうろたえた。


「き、貴様ら、どうしたというのだ」

「「マスター! キスククアお嬢様を追い出したとは誠でございますか!?」」


 ガッツを筆頭に、門下生たちが詰め寄ってくる。

 もしかして、あいつは意外と人望があったのか?

 これは予想外だ。

 だが、理由を聞けば愚かなこいつらも納得するだろう。


「あの小娘は外れスキルを授与しおったのだ。そんな使えない人間はカカシトトー伯爵家に必要ないからな。追放してやった」

「「そ、そのような理由で追放したのですか!?」」


 ガッツはおろか、門下生たち全員が唖然とした顔をしている。

 

「お、おい! そんな目で見るんじゃない! ワシが悪いみたいではないか!」

「人の価値はスキルなどという力では決まりません! キスククアお嬢様は大変にお優しく力強い、高貴な魂をお持ちでした!」


 そうだ! そうだ! と門下生たちも賛同している。

 は? な、なにが起こっている?

 

「キスククアお嬢様は幼い頃から、少しの文句も言わず修行に励んでおられましたよね! そのお姿を拝見していたからこそ、私たちは厳しい鍛錬に耐えられたのです!」


 ガッツが言うと、たたみ掛けるように門下生たちが叫び出す。


「そうですよ! いつも俺たちの何倍も鍛錬に励んでらっしゃいました!」

「俺が怪我をしたときは、汚れるのも構わず優しく手当してくださいました!」

「キスククアお嬢様は僕たちの努力の象徴でいらっしゃったのです!」


 四方八方から怒鳴られまくる。

 こいつらがこんなに反抗的なのは今までで初めてだ。


「それで、キスククアお嬢様はどこにいらっしゃるのですか!?」


 ガッツが問いただすように前に出てきた。

 すごい迫力だ。


「つ、追放したのだからワシが知るわけないだろ! どうせ、モンスターに襲われて死んでおるわ!」

「キスククアお嬢様に何かあったらどうしてくれるのですか!」

「うるさいうるさい、黙れ! ワシの言うことを聞け! お、王国騎士団に入れなくなってもいいのか!?」


 そう言うと、一瞬門下生たちは静かになった。

 よし、脅し文句が効いたぞ。

 王国騎士団は国で一番のエリート集団だ。

 当然、試験は狭き門だからな、ワシがいなければ入団すらままならないのだ。


「「今すぐキスククアお嬢様を連れ戻しに行くべきです!」」


 と、思ったら、門下生たちはまたすぐに騒ぎ出した。

 徐々にテンションがヒートアップし、ワシが襲われそうな気配までしてきた。


「え、ええい! 今日の鍛錬は中止だ! 各々自己研鑽に勤めておけ!」


 ヤツらの圧に押され、逃げるように鍛錬場から出てきた。


「な、なんなんだ、いったい……」


 むやみやたらに門下生を刺激するのはまずい。

 今、カカシトトー伯爵家は重要な時期を迎えつつあった。

 そろそろ、王国騎士団の団員候補を集めなければいけない。

 毎年優秀な人材を輩出することで、国王陛下からの信頼と多額な資金を得ていたのだ。

 万が一、あいつらが辞めるとか言い出したら大変なことになる。


「旦那様、どうしましたか。こちらまで騒ぎが聞こえてまいりました」

「あ、ああ、別に大したことはない。少し休む」


 だが、門下生どもが辞めることは絶対にありえない。

 この辺りで武術を極めているのはカカシトトー家のみだからな。

 あいつらが出て行く可能性はまったくない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る