第3話:魔王が父親に似ているんだが

「さあ! ここがボクのお世話になっている冒険者ギルド、“クルモノ・コバマズ”だよ!」

「これが冒険者ギルド……」


 その後、ジャナリーに連れられて近くの街にやってきた。

 カカシトトー家の領地からはだいぶ離れたので、知り合いに会うことはなさそうだ。

 ギルドは質素だけど頑丈そうな木造だった。

 焦げ茶色の風合いが独特のオーラを放っている。


「みんな良い人だから安心して! キスククア君を受け入れてくれること間違いなしだよ!」

「う……ん」


 グイグイ推すジャナリーに反して、私はちょっと気乗りしなかった。

 行く当てができたのはもちろん有り難いけど、冒険者ギルドだからやっぱりスキルのことも聞かれるんだろうか。

 <かかと落とし>のことは絶対に知られたくない。

 適当に誤魔化すぞ。


「ただいまー!」

「失礼します」


 ガチャリと扉を開けて入ると、右も左も屈強な男達がたくさんいた。

 数人ずつで固まって、クエストの相談をしているようだ。

 女性もいるにはいるけど男性よりは少なかった。

 それを差し引いても、ギルドの中は殺風景だ。

 そこかしこに、剣や斧が置いてあったりして重苦しさを感じる。

 でも、不思議と怖かったり不気味な感じはしない。


「おお、ジャナリー、心配したよ! どこに行っていたんだい!?」


 眺めていると、カウンターから大柄でふくよかな女性が出てきた。

 そのままの勢いでジャナリーに飛びつく。


「ごめん、プランプさん! 遅くなっちゃった! 実はラージオークに襲われたんだ!」

「なんだって!? そいつは大変だ! 怪我はなかったかい!?」

「大丈夫! キスククア君が助けてくれたんだよ! ……キスククア君、こちらはギルドマスターのプランプさん。見ての通り、とっても良い人さ」


 ジャナリーが言うと、プランプさんと呼ばれた女性が私を見た。


「おや、見かけない顔だね。冒険者希望の子かい? ずいぶんとキレイなお嬢さんだね……って、服が血だらけじゃないか! どうしたんだい!」


 プランプさんは私を見てギョッとしている。

 しまった、血だらけで入るのはまずかったか。


「いえ、ご心配なく。ラージオークの返り血ですから」

「ということはあんたが倒したのかい!? ひゃあああ、これはまた大型の新人が来たもんだねぇ!」

「そうなんだ! キスククア君は本当にすごいんだよ!」

「「なんだ、なんだ? 新入りか?」」


 二人とも声がでかいので、会話を聞いて冒険者たちが集まってきた。

 ジャナリーは得意げに戦いの様子を話し出す。


「キスククア君は<かかと落とし>ってスキルを持っていてね! ラージオークの脳天をぶち抜いたのさ!」

「いや、ちょっ」


 止めるも構わず、ジャナリーが大声で例のスキルをみんなに教えてしまった。


「「<かかと落とし>~!? なんだい、それは!?」」

「岩を砕き、海を切り裂き、天にすら届く……キスククア君にしか使うことを許されていない、神の一撃さ!」

「「おおお~!」」

 

 ジャナリーはラージオークの一件を盛大に脚色して話し出す。

 憎たらしいが話が上手いので、みんな興味津々だ。


「キスククア君は相当な手練れと見たね!」

「もしかして、あんたはずっと冒険者をやってきたのかい?」

「いえ、そうではなくて……」


 実家のことを話すか少し迷ったけど、結局話すことにした。

 しっかり伝えた方が信頼されるだろう。


「……私はカカシトトー家から追放されてしまったんです」

「「カカシトトー伯爵家!?」」


 私の出自を聞くと、みんな一様に驚いた。

 ジャナリーに話したように、事の次第を簡単に説明する。


「こんな素晴らしい娘さんを追い出すなんて、その父親はとんでもないクソ野郎だな!」

「あの当主はどうにも胡散臭いと思ってたんだよ! やっぱり悪いヤツだったんだ!」

「ここに来たからにはもう大丈夫だぞ、お嬢ちゃん! 良い人間しかいなから安心してくれ!」


 みんな口々に父親たちの悪口を言っていた。

 と、そこで、壁の張り紙に気がついた。

 いかにも悪そうな男の絵が書いてある。

 

「すみません。これは何の絵ですか?」

「ああ、魔王の似顔絵だよ。どこの誰が描いたか知らないけど、魔王はそんな顔をしてるんだってさ」


 プランプさんが教えてくれた。

 ふーん、と思って似顔絵をよく見てみる。

 その瞬間、私はその絵に釘付けになってしまった。


「キスククア君、どうしたの?」

「あ、いや……」


――…………父親に似ているんだが?

 

 魔王は私の父親とうり二つだった。

 赤くてギョロリとした性格の悪そうな目……悪人みたいな笑みが染みついた表情……灰色のくすんだ髪……。


――……本人じゃん。


 しかし、頭の両脇から大きな角が伸びている。

 なんだ、激似なだけか。

 そんなことを考えながら眺めていると、今までの理不尽を思い出してだんだんイライラしてきた。


「憎たらしいヤツですね、こいつ」

「キスククアちゃんもそう思うかい? 魔王は色んなモンスターを支配していてね。自分が楽しむためだけに人間を襲わせるんだよ」

「そうなんですか。なんて迷惑極まりない……」


 閃いたのは、その瞬間だった。

 昔から、私は人間相手に暴力を振るうのは抵抗があった。

 それではただの暴走女だ。

 だから、父親や執事長、兄たちの仕打ちにグッと我慢していたのだ。

 でも…………魔王は人間じゃない。


「ね、ねえ、キスククア君。そんなに絵を睨みつけてどうしたの? すごい怖い顔をしているけど」

「私……魔王をぶちのめしたいです」

「「おおお~!」」

 

 魔王は人間じゃないから、いくらぶちのめしても問題ないはず。

 というか、魔王だって散々人間を苦しめているのだ。

 成敗される理由はたくさんある。


「いきなり魔王討伐が目標だなんて、すごい心掛けだ!」

「これは楽しみな新人が入ってきたぞ!」

「俺たちも負けてらんねえな!」


 ギルドは謎に盛り上がっていたけど、そんなことはどうでもいい。

 今の私は父親似の魔王をボコボコにすることで頭がいっぱいだった。

 頭の中で魔王の脳天にかかと落としをぶちかます。

 ラージオークを倒したときと同じように、魔王の体が引き裂かれていく。

 疑似的に父親へやり返しているみたいで、大変愉快な妄想だった。


「私……絶対に強い冒険者になります」

「「おおお~!」」


 人生の目標ができ、気合がみなぎってきた。

 私は絶対に魔王をぶちのめす。

 そうして、間接的に鬱憤を晴らすのだ。

 と、そこで、現実へ戻ってきた。

 

「あっ、そうだ。今日泊まる宿がまだ決まってなかった……」

「大丈夫! ボクの部屋で一緒に寝泊まりすればいいよ! プランプさん! 彼女もボクの部屋に泊めていいよね!」

「え、いや、そういうわけには……」

「もちろんだよ! お代は二人で払ってくれればいいからね! キスククアちゃんの服は私が洗濯しとくよ!」


 ジャナリーにゴリ押しされ、彼女の部屋で眠ることになってしまった。

 引きずられるように二階へ連れて行かれる。

 部屋にあったパジャマに着替えたとたん、ベッドに引き込まれた。


「ボク、誰かと寝るのなんて初めてだよ! なぜかずっと断られてきたんだ!」

「う、うん。もう遅いから静かにね」

「おやすみ!」

「お、おやすみ」

 

 次の瞬間には、ジャナリーはすでに寝ていた。

 どうやら寝つきがとても良いらしい。

 やれやれ……と思ったとき、私の鼻にすごい勢いで裏拳が振り下ろされた。

 ジャナリーの手だ。

 それどころか、彼女は寝ながら暴れ回っている。


「いっつ……! は、鼻が……!」


 強烈な一撃で眠気が吹き飛んだ。

 彼女が一緒に寝るのを拒否されてきたのは、これが原因じゃなかろうか。

 文句を言うため少し揺すってみる。


「ね、ねえ、もうちょっと離れて寝てよ」

「ンガアアアア!!!」


 獣のようないびきを響かせるばかりで、彼女が起きる気配は微塵もない。

 結局、ジャナリーの寝相が悪すぎて床で寝ることにした。

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