第2話:かかと落とし令嬢爆誕

「助けた方がいい……のは当たり前なのだけど」


 間違いなく助けを求める声だった。

 しかし、すさんだ気持ちでいるとそんな気分にはならない。

 無視しようかなとしたところで足を止めた。


「……やっぱり、助けるか」


 さすがに見捨てるのはまずいので森の中へ急ぐ。

 何も本気で考えていたわけではない。

 少し走ると、大柄なモンスターに迫られている女の子がいた。


『ガアアアア!』

「ゲッ! ラージオークじゃん」


 その名の通り、大きなオークだ。 

 見たところ私より背が高い。

 Cランクだから中堅の手強い敵ってことになる。 

 中途半端な剣術は効かないほど強靭な体が武器だ。

 右手には簡素だけど重そうな棍棒を持っている。

 そして、私のゲッ! を聞いて女の子がこちらに気付いた。

 茶色い髪をショートカットにした活発そうな子だ。


「そこの君いいい、助けてええええー!」


 猛ダッシュで駆け寄ってくると、私にしがみついた。


「ちょ、ちょっと、そんなにくっつかれると動けないって……」

「怖い怖い怖い!」

「わかったから一度離れて。ラージオークの足は遅いから、急いで走れば大丈夫……」

「やだやだやだ! 置いてかないでええええ!」

「うわっ、ちょっ」


 女の子は私のドレスに必死の形相でしがみつく。

 見た目以上に力が強く、身動きが取れない。


『ゲゲゲ!』


 そんなことをしてたら、ラージオークもこっちにきてしまった。

 女の子がしがみつくせいで完全に逃げ遅れた。

 

「仕方ない……戦うか」


 覚悟を決めて、ファインティングポーズをとる。

 モンスターと戦うのは初めてだ。

 でも、今まで一生懸命努力してきたんだ。

 時間稼ぎくらいはできるかもしれない。


「私が戦うからあなたは逃げなさい!」

「ひ、一人にしないでよおおお! あいつはボクの脳みそを骨ごと棍棒ですり潰して、スープを作って飲むつもりなんだあああ!」

「どうしてそんなにリアルな心配を……」


 女の子は頑として動こうとしない。

 恐怖で腰が抜けたのかもしれない。


「ボクはまだ死にたくないいいい!」

「とりあえず落ち着いて。あいつは私が倒すから」


 相手はたった一体と言えど、立派なモンスターだ。

 気を抜いてはいけない。

 全身に力を集中したとき、見たこともない光景が現れた。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 ラージオークの脳天がぼんやり光っている。

 いや、それだけじゃない。

 矢印と謎の文章がくっついている。


「……え? なにあれ?」

「なにあれって、ラージオークだよ! 早くやっつけて!」

「それはわかってるわよ。頭の上に文字が浮かんでいるでしょうが。ついでに矢印も」

「……え? 文字? 矢印? なにそれ?」


 女の子はポカンとしている。

 どうやら、文章も矢印も私にしか見えないらしい。


『ゴアアアアアアア!』


 ラージオークがドシドシと走ってきた。

 この距離で背中を向けるのはダメだ。

 正面から戦うしかない。


「ひいいいいい! ボクの脳みそはおいしくないよおおお!」

「あなたはそこでジッとしてて!」


 戦闘モードに入ると、感覚が研ぎ澄まされていった。

 ラージオークが棍棒を振り下ろしてくる。

 パワーとスピードは一級品だけど、軌道が直線的過ぎた。

 コースを読み切るのは簡単だ。

 重い一撃をひらりと躱し、その腕を踏み台にして高く舞い上がる。

 地獄の訓練がここに来て役に立った。

 突然の動きにラージオークはついてこれない。

 脳天はがら空きだ。


「喰らえええええ! こんちくしょおおおお!」


 ラージオークの脳天めがけて、思いっきり右のかかとを振り下ろす。

 脳天に私のかかとがぶち当たった。


『ゲアアアアアアア!!!』


 その瞬間、ラージオークは真っ二つに切り裂かれた。

 ブシャブシャブシャと、ものすごい量の血が噴き出ている。

 あっという間にドレスが血まみれになったけど、服に興味のない私にはどうでもよかった。


「なるほど、即死ってこういうことか」


 謎の文章はスキルの説明だったらしい。

 <かかと落とし>は本当に相手を即死させるんだ。

 なかなかに便利な能力じゃないの。

 ラージオークの死体の前に、私は冷静だった……のだが。


――き……気持ちいい……。


 直後、強烈な快感が電撃のように頭の先からつま先まで駆け巡った。

 先ほどの<かかと落とし>はとんでもない爽快感だった。

 ムカつくことをぶちのめしている気分になる。

 こ、これは、私の鬱憤を晴らすのにちょうどいい。

 やみつきになりそう……。


「ねえ、君! あいつを倒してくれてありがとう! すごい強いんだね! びっくりしちゃったよ!」

「…………はっ」


 女の子の声で現実に戻ってきた。


「ボクは記者のジャナリーって言うんだ! もう一度言うけど、助けてくれて本当にありがとう! スクープを探してうろついていたら、予想以上に強いモンスターに襲われたんだ!」


 ジャナリーと名乗った女の子は、私の手を握ってブンブン振り回す。

 さっきまでの恐怖はどこへ行ったのか、すごいハイテンションだ。

 どうやら、彼女は危機が去ると元気になるタイプらしい。


「ぜひ、君の名前を教えて!」

「キ、キスククア・カカシトトーです」


 テンションに押されながらも自己紹介した。


「え! 君はカカシトトー家の出身なのかい!? それなら、あの強さも納得だ!」

「ま、まあそんなところね、ハハ……」


 父親たちは外面だけは良かったので、カカシトトー家はそれなりに名が知られているのだ。

 

「キスククア君はどうしてあんなところにいたの? この森はモンスターが出ることで有名だったと思うけど」

「ああ、それはね……私は家を追放されちゃったのよ」

「追放!?」


 その後、事の顛末を簡単に話した。

 ジャナリーの性格も相まってか、思ったよりスラスラ言えた。


「そうだったんだ……大変な目に遭っちゃったんだね。なんてひどい家なんだ」

「まぁ、女には厳しい家だったから。それにしても、ジャナリーは記者をやってるのね」


 記者と言えば、新聞を作ったりする人だけど初めて出会った。

 冒険者に同行して、モンスターの出現情報や討伐の様子を伝えるのが主な仕事だ。


「実はボクも記者ギルドにいたんだけどね…………追い出されちゃったんだ」

「え、どうして」

「女だからだよ。記者も冒険者と同じような危険に会うからね。女にそんな危ない仕事が務まるわけないだろ……って、笑われながら追放されちゃったんだ」

「そうだったの……」


 ジャナリーは下を向いてしょんぼりしている。

 同じ境遇にあったと知って、少し親近感が湧いた気がした。


「でね! 男どもを見返してやろうと思って、モンスターに襲われる恐怖を記事にしようと思っていたんだけど、危うくボクが喰われそうになったってわけ! あはは!」


 ジャナリーは楽しそうに笑っている。

 度胸があるのかないのか良く分からなかった。

 まぁ、彼女に出会えて良かったな。

 少し気持ちが明るくなった気がする。

 でも、長居は無用。

 孤独な旅の再会か……。


「じゃあ、私はこれで」

「どこに行くの?」


 暗い気持ちで森を進もうと思ったら、ジャナリーに呼び止められた。


「いや、特に決まってなくて。行き先はこれから探そうかと」

「だったら、ボクがお世話になっているギルドにおいでよ! 話はボクからしてあげるからさ!」

「……ギルド? ジャナリーがお世話になっている?」

「うん! 冒険者ギルドなんだけど、みんな良い人ばかりなんだ!」


 そうか、彼女は記者だ。

 冒険者ギルドにいてもおかしくない。

 行く当てのない私には願っても叶ったりだ。


「ぜひともお願い。ちょうど、冒険者になろうかなと思っていたの」

「やったー! キスククア君が来ればみんな喜ぶよ!」


 私たちはフフフと笑い合う。

 出会ってすぐなのに、不思議と仲良くなれた。


「それにしても! さっきの必殺技はすごかったね!」

 

 ジャナリーは、ぱああっ! と笑顔になった。


「え? ひ、必殺技?」

「ほら、足を思いっきり上げて振り下ろすヤツ」

「あ、ああ……あれね……」


 無事にラージオークは倒せたわけだけど、できればさっきのは思い出したくない。

 

「ねえ! なんて名前なの!」

「いや、だから、私はキスククア……」

「そっちじゃなくて、技の名前! あんなに強いんだ、きっとかっこいい名前がついているんでしょ!?」


 ジャナリーは目をキラキラさせながら私を見てくる。

 <かかと落とし>なんて恥ずかしくて言えるはずもない。


「べ、別に名前はついてないの。ただのスキルで……」

「スキル!? もっとすごいじゃん!」


 ジャナリーはさらに笑顔になった。

 しまった……。

 適当に誤魔化せばいいものを、自分から白状してしまった。

 ここまで来たら無視することもできない。

 仕方がないのでボソッと聞こえないくらいに言う。


「か……<かかと落とし>……」

「え、なに?」


 やっぱり聞こえなかったようだ。

 何度も言うのは逆に恥ずかしい。


「私のスキルは<かかと落とし>!」


 やけくそになって大きな声で言った。

 ジャナリーはうつむいて、プルプル震えている。

 その様子を見てなんだか不安になってきた。


「ど、どうしたの」

「か……かっこいい……!」


 ジャナリーは惚れ惚れとした様子でウットリしている。


「かかと落とし令嬢……爆誕だー!!」

「いや、ちょっ」


 森の中にジャナリーの叫び声が轟いた。

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