第7話 閑話 side 受付嬢
茶色い髪を後ろでお団子に纏めた、美人で仕事の出来る秘書といった様相の女性が部屋から出て来る。
その足取りは重々しい、それを見た同僚の女性受付嬢は声をかける。
「どうしたのカレン浮かない顔だね? もしかしてさっきその部屋から出てきた新人君に何かされた?」
カレンと呼ばれた女性は受け付けに戻ると、声を掛けてきた隣の受付嬢に返事を返す。
「ゼン君はそんな事をしないわよ! あの子はいつも査定値段に文句も言わないし、提出してくるアイテムも丁寧な採集仕事なのか奇麗だし、すごく良い子よ」
丁度冒険者が来ない時間帯なのか、暇そうな受付嬢は自分の座っていた椅子をカレンに近づけて会話を続ける。
「へーあの子そんなに良い子なの? てか査定値段に一度も文句をつけない冒険者なんて今まで見た事がないわね、今は大人しい冒険者でも若い頃にやらかしてたりするし……見た目は十七かそこらよね? お貴族様か商人の子供だったりするのかな?」
カレンは苦笑いをしながら。
「商人の子の方がよっぽど値段交渉してくるじゃないの、ゼン君は貴族って感じはしないのよねぇ……商人でもなさそうだし、うーん」
カレンのセリフを聞いた受付嬢はニヤニヤ笑いながら。
「ほーら冒険者相手に君付けは禁止でしょー、カレンは年下が好きだからなーもしかして惚れちゃった?」
「だだだだ誰が惚れてるっていうの! そんなのじゃないわよ、ただちょっと冒険者にしては覇気がないというか……ほっておくとふらっと消えてしまいそうな気がしてね、それとちゃんと普段はさん付けしてるから大丈夫ですー」
「ほー、そんな良い子と部屋でお話をしたカレンさんは何故あんなに重々しい雰囲気を出していたのかしら?」
「うっ……実はね……」
「うんうん」
「ゼン君は私の名前を覚えてなかったの……」
「は?」
「だーかーらー! ゼン君は自己紹介をしたはずの私の名前を覚えてくれてなかったの! 私はそんな事有り得ないと思い込んでたからびっくりしちゃって……気づいたらパーティのお話をする前に逃げられてたの……」
「アハハハハハ、カレンがカレンがアハハッハハハハ、ふふ、ふふふふふふ、だめ我慢出来ない、アハハハハ」
「ちょ! 笑いすぎでしょう貴方! 一回言っただけだもの忘れる事もあるわよ!」
「ククククっ、ヒーヒー……高ランク冒険者に誘われては断っているカレンさんでも落とせない相手がいるんだね、ぶふふふ、やっばいわ後で皆に教えてあげないと」
「ちょ、やめてよもう……誘うっていっても珍しい物を自分の飾り物にしたいような人ばかりだから断っているだけで、ちゃんと私を見てくれる人なら受けるかもしれないわよ、それに貴方だって私に負けないくらい誘われているじゃないの!」
笑い過ぎて呼吸を荒くしていた受付嬢だったが、カレンのそのセリフを聞くと表情をスンッとさせて。
「あいつらは遊びで誘っているのが見え見えだからね……自分にとって最高な相手が一人いればいいだけなのにねぇ……私達だとね……なかなかどうして……」
「そうよねぇ……」
しばしお互いの間に無言な時間が流れた後に。
「ふぅ……で、カレンは新人君にパーティを組む事を勧めている訳か……おせっかいすぎない?」
「そうでもないわよ、ソロの冒険者でダンジョンは危ないでしょう? ……ダンジョン以外のフィールド探索とか街の中のお使い依頼とかならダンジョンよりかは安全だし心配も減るのだけれど……」
「あーなるほど、普通は新人冒険者で仲間がいなかったらそんな感じの仕事をしてランクを上げたり仲間を探したりするもんねぇ、変な新人君だね、いやこのあたりの常識が分かっていない可能性も?」
「そうなのよ! 私もそれを心配しててね、どうにも常識がない気がするのよねぇ……富豪の隠し子とかそんなのかしら? ダンジョンでソロ狩りが出来るのならレベルはそこそこ上がってそうなのだけれどね……」
「ふーむカレンがそこまで気にするような冒険者かぁ……あの黒い髪と黒い目はここらの出身じゃないよね? 顔の造形も整ってはいるけどなんか薄いし、イケメンと言えなくもない? うーんやっぱ普通顔かなぁ、ねぇカレン、あの子の稼ぎってどんなもん?」
「冒険者登録は出身を問わないからね、たぶん遠国から流れてきたんだとは思うけど、あとはそうねぇ新人でソロにしては稼ぎは中々よね、普通は沢山持ってきたり逆にまったくなかったりとかがあるのだけれど、毎回実力に見合ってそうな平均値を測ったのごとくピタッっと持ってくる……平均すぎないかしら? あれ? もしかして……ブツブツ」
カレンは何事かを考え始めてしまう。
受付嬢はそんなカレンを放っておいて話を続ける。
「ふーむ稼ぎの安定した新人君かぁ……将来有望かも? カレンが認めるような性格の良さに遠国風の異国情緒を漂わせる男の子かぁ……これはちょっと話をしてみるべきか? もしかしたら相性も良いかもだし」
受付嬢がそんな事を考えながら呟くと。
それを聞いたカレンは考え事を中断して椅子から立ち上がり反応する。
「ちょ! 駄目よ! ゼン君に手をだしたら怒るからね? あの子はまだ新人なの! 貴方が手を出してそれに見合うべく急速にランクを上げようなんて無茶をし始めたらどうするのよ」
「ええー? 別にいいじゃないのちょっとお話しするくらい、カレンのその言い方だと私相手でも無茶をしそうな子って事よね……それともあれですか? さっきは他の冒険者の受け付けをしていて良く聞こえなかったけど、デートに誘われていたみたいだしもうお付き合いしているんですかー?」
受付嬢はカレンをからかって来る。
しかしそれを聞いたカレンはストンと椅子に座り直し、そして書類仕事に戻る。
受付嬢はそのカレンの反応に面白い事が埋まっているのだと悟り、掘り始める。
「ちょっと急に仕事に戻るなんておかしいよね、カレンさん?」
「そ、そんな事ないわよ雑談もしすぎると怒られちゃうわよ? 貴方も仕事をしたらどうかしら」
掘り掘り。
「まぁまぁ言ってしまいなさいよ、さもないとさっきの名前を覚えて貰っていなかった事件が、一瞬でギルド内に広まります」
「ずるいわよあなた! うぐぐ……」
掘り掘り掘り。
「ほらカレンさんや、ここだけの話にしておくから言ってみなさいってば」
受付嬢は菩薩のような微笑みでそうカレンを促してくる。
カレンは観念したのか覚悟を決めて話し出す。
「えっとね……」
「うんうん」
「私がゼン君の腕を掴んだ時に彼がね、『デートの誘いですか? 受けますよ?』って言ったの、それで私はパーティの話をするために腕を掴んだのだけれど、冒険者としての彼を助けるためにも彼の事を知るためにも、デートくらいはいいかなーって思って……デートは受け付けましたって返事をしたの……冗談だったなんて言わないですよね? って念押しまでして……」
カレンは言いたくなさそうにそう話していく。
受付嬢はつまらなそうに。
「なーんだあの子にカレンが唾を付けたってだけの話じゃないの、そんな事隠さないでもいいじゃないの、有望そうな冒険者とデートするくらい、他の受付嬢ならあるあるじゃないの……デートするって事はカレンの事情を気にしない子って事でしょ? いいなぁ……」
「ったの」
カレンが小さい声で何かを言った。
受付嬢は聞こえなかったのか聞き返す。
「ん? なんて言ったのカレン」
「だから、私はデートをちゃんと了承したのに、ゼン君は冗談でしたって頭をさげてデートを断ってきたの!」
カレンが少し大きめな声でそう言った。
対して受付嬢は。
「わぉ」
一言返すのみだった。
カレンは涙目で受付嬢に言う。
「どうしたの笑いなさいよ、名前も覚えて貰えず、デートも本気で行く気だったのに冗談だったと謝られる、そんな自意識過剰な私の滑稽さを笑いなさいよ」
受付嬢はそんなカレンに近づき。
「ああうん、ごめんねカレン、今日は私の家に来て一緒に飲みましょう、ね、ほらあれよ、きっとゼン君もカレンが美人過ぎて、なんだっけか異郷のことわざでほら……そう、高嶺の花だと思っているのよきっと、冗談を言ってくるくらいだから嫌われている訳じゃないって……たぶん」
「私はそんなにお高くないわよ? むしろ……」
カレンが涙目でそう言い募る
「そうだね……カレンが面倒を見る男の子達はみんなすぐランクが上がって他の女にかっさらわれるんだよね、うんうんカレンは悪くない悪くなーい、今日は仕事が終わったら泊まりに来なさい、ね?」
「……分かった、ちょっと食堂にお酒のおつまみを包んでおいて貰うように頼んで来る……」
カレンはそう告げると受付を離れて行った。
残った受付嬢は溜息をつくと独白する。
「カレンもなぁ、才能が有って性格の良い男の子を見出す目はあるんだけどね……冒険者ランクが上がると色々と女の子が寄ってくるし……もしカレンが他の女の子達みたいに……いやまぁ仮定の話をしてもしょうがないか、そんなカレンが新たに見出したゼン君か、つまり良い男になる可能性が……カレンに普通に話すのなら私にだって……一度話してみようかな?」
色々と考えている受付嬢だったが。
受け付けに冒険者が近付いてくるのを見ると。
「いらっしゃーい、買取査定ですか? 依頼ですか?」
受付嬢は仕事モードに戻っていくのであった。
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