第6話 貴方の名前は?
「ふぅ」
俺は額の汗を拭うと採集を終える事にした。
ドリアードのリアさん……ああいや呼び捨てを許可されたんだったっけ、えっと、リアに貰った、種がペンダントトップなネックレスなのだが、これには能力が付与されていた。
それは樹海ダンジョン浅層のMAPが脳裏に浮かぶ物で、採集が出来るポイントが表示されていたり魔物や冒険者の位置が色分けで表示されている物だった。
勿論リアのいるダンジョン深層まで飛べる転移魔法陣へのルートなんかもきっちりと分かる。
これを装備していないと人除けの結界に阻まれるそうだし、何よりこのネックレスはリアが認めた相手にしか使えないとか……もしかしてこの種ってリアの……。
いや……そもそもドリアードって種で増えるのか?
まぁ何にせよ便利すぎませんか?
……これを元に効率よく浅層を回れば、いつもの数倍は軽く稼げる。
だがそれをしてしまうのはまだ危険だろう。
いつも冴えない額しか稼いでない新人冒険者の稼ぎが急に上がる……そこに何か理由を求めるのが人というものだ。
なので俺は新人冒険者が稼ぐ平均値くらいに収めている。
ふふり、細かい所まで気づかうとはさす俺だな。
そういう事なので今は、ささっと軽く採集して果物なんかをインベントリに仕舞い、後はひたすら冒険者が少ない地点で魔物を狩って魔石を集めていて、レベルはもう十になっている。
インベントリも有るし採集ポイントを根こそぎなんて事も出来ない訳じゃないが、それをしちゃうと他の冒険者が困るだろう。
リア曰くダンジョンマスターやその配下は魔素を吸収し易く放出し辛く、つまりそれはレベルが上がり易いから気をつけろと言われた。
特に低レベルな頃はその上がり方がおかしいなんて思う奴もいるだろうと……周りの新人の話に比べてやけにレベルが上がるの早いなーとは思っていたんだ。
ちなみにステータスは誰でも自分だけは脳内で見られる。
他人のステータスを見るには鑑定スキルや魔道具が必要なんだけど、俺の事をわざわざこっそり鑑定で見る奴もいないとは思うけどね。
相手の了承もなしに鑑定を使うのは、ケンカを売る行為に他ならないからね、衛兵とか公権力は別な。
仕方ないので最近の俺は自身の余剰経験値をコアに移して貯めている。
これもダンジョンマスターの能力で、この機能は自分の余剰経験値をコアに貯める事が出来る物で、新しく雇う魔物なんかの初期レベルを上げるのに使ったりする物らしい。
コアのレベルが2になってそれが使えるようになった俺は、自身のレベル調整に使っている。
配下に経験値を渡せるという事は、そのうちルナのレベル上げにも使えるだろうし無駄にはならんだろう。
ギルド経営の酒場で大声を出して自分のレベルを宣言している新人なんかを覚えておき、その成長率より低めでいこうと思っている。
「リアのダンジョン内で〈ルーム〉の扉を開けっ放しにした時は美味しかったなぁ……」
俺はついつい移動中にそう呟いてしまう。
ただ扉を開けているだけで、部屋に流れ込む魔素をコアが吸収してDPが目に見えて増えていくんだよ……。
魔石をコアに入れないと上がらない俺とは段違いだな!
くぅ……過去の俺の馬鹿馬鹿、いやでもあの街道近くにダンジョンを作っていたらたぶん今頃ダンジョンコアを破壊されていたかもだし……そういう意味ではナイスプレイか?
そうなんだよ、この街に来て色々調べてみると、最初に飛ばされた街道は主要な物で近くにダンジョンが出来ると管理が難しそうな物は積極的に討伐しに行くらしいんだよな……。
ダンジョンマスターという言葉は知られていないが、コアの魔物という言葉があって、ダンジョンに存在するダンジョンコアとコアの魔物を両方倒すなり壊すなりすればダンジョンが潰れるという事が知られていた。
まさかその魔物がダンジョンマスターでダンジョンを操作しているとは思っていないようだけどね。
ダンジョンマスター達は神の力でそういった事を無差別に教える事が簡単には出来ないようにされているっぽい。
この世界のダンジョンマスターは、現地採用の魔物や異世界採用の俺みたいな存在とか、色々いるらしいとリアが言っていたっけか。
早くダンジョンコアレベルが上がって情報板とか見てぇなぁ……。
――
さてダンジョンで魔石もたくさん稼いだし、今日は採取ポイントからリンゴを収穫して背負い籠に入れてきた。
果物類は一切買取値段が下がらない優良採集物で、薬草なんかは大量に集まるとちょこっと買取が安くなったりするのよな。
魔法やスキルで保存とか出来るはずなのに……薬師ギルドの闇を感じる。
いや単にポーション在庫が溢れているだけかもしれんが。
そしていつもの冒険者ギルドの受付に来た。
「こんにちは~査定よろしくでーす」
「いらっしゃいゼンさん、わー今日はリンゴを見つけたのね、美味しそうだわぁ……デザート用に買おうかしら?」
美人受付嬢さんはリンゴを丁寧に扱って査定しながらそんな事を言う。
リンゴも好きなの?
……。
「はい、では魔石諸々込みでこんな感じですね、実は新規の商会が参入してきまして果物の買取値段が少し上がっているんですよ? ……まぁすぐ談合して元に戻ると思いますけどね」
後半のセリフは小さい声でそっと言う美人受付嬢さんだった。
提示された金額はご飯が二十回は食べられる額だ。
新人冒険者で宿賃を払うと二日もつかな? って程度の値段だね。
背負い籠はそんなに大きい物ではないんだが、それでもこの値段かぁ……リンゴ美味しいな! いや買取値段って意味でね。
俺は特に買取値段に文句をつける事もなく受取書にサインし、小さなトレイに置いてある硬貨をつかみ取る。
いや買取値段に文句をつける冒険者って多いらしいよ?
そうするとギルドの護衛兵が出て来るだけなのにね?
「じゃどーもー」
俺は受け付けの前を離れようとした。
するとガシっと受付台に身を乗り出しながら俺の腕を掴む美人受付嬢さんがいた。
え? なにこれ?
「ちょ、なんですか? デートのお誘いですか? 受けますよ?」
取り敢えず相手を慌てさせて手を離したら逃げる作戦を行使してみた。
「違います、パーティの話です、ですがデートは受け付けました、今更冗談だったなんて言いませんよね?」
ニッコリとそう言ってくる美人受付嬢さん。
相手の方が一枚上手だった……いや、ごめんなさい冗談だったんです。
俺がデートのお誘いは冗談でしたと頭を下げると、美人受付嬢さんは笑顔で許してくれた……こめかみに血管が浮き出ているような気もするけど。
そして腕は離してくれず別室に連れていかれた。
ギルドの奥には冒険者と会話するための小部屋やら会議室なんかがある。
小さな部屋に案内されて、ソファーの奥側に座るように促され、入ってきた扉もきっちり閉められた。
逃げると思われている?
「さてゼンさん、何度も言っていますがダンジョン内でのソロ活動はギルドとしてあまり推奨していないんです、確かにゼンさんはきっちり毎日一定の額を稼いでいるようですが……ソロだと何かがあった時にそこで終わってしまうんです、私は貴方にそんな事になって欲しくないんですよ」
美人受付嬢さんは手に持っている荷物をテーブルに置きながら俺にそう諭してくる。
この人ほんと美人だよなぁ……茶色い髪を後ろでお団子状にしっかり纏め、仕事の出来る事務員って感じ。
そして目も大きいし顔のパーツも整っているし、少し尖った耳も可愛いし、スタイルも良くて、髪を降ろしたら誰しもが振り返るくらいの美人になるんだろうとは思う。
そのお団子の作り方教えてくれませんか? ルナにもやってあげたいわぁ。
さて、顔を見ているだけでは話が進まないので反応しないとな……よし!
「でも俺は人見知りだし」
前に使った言い訳をしてみる俺。
「人見知りは受付嬢にデートを申し込みません!」
美人受付嬢さんにバッサリと斬られた、ごもっともです。
「ほら受付嬢さんは優しいから人見知りが勘違いをしたって設定もあるじゃないですか?」
「自分でもう設定って言っているじゃないですか! それとなんで受付嬢なんて呼ぶんですか、名前で呼んでくれていいんですよ? 呼び捨ては嫌ですけども」
ふむ……俺はこれからすごい失礼な事をこの人に言わないといけない。
そう……それは。
「名前なんでしたっけ?」
「は?」
美人受付嬢さんは口を開いた間抜け面でポカンとしている。
どうした? ルナにアーンをした時みたいな口の開け方をして。
俺は相手が何かを言うまで待つ事にした。
今日のルナのご飯は何を食べさせてあげようかなぁ……昨日はDPで買ったオニギリだったし今日は菓子パンあたりでも――
「あ、ああ、すみません、えーとゼンさんが冒険者登録する時に私が受け付けて名前を教えましたよね? 『カレンと申します』って」
可憐で美人のカレンさんってか、聞いたっけかなぁ……うーむ、あの時は自分の境遇を思って思い詰めてたからなぁ……。
「ごめんなさい興味がなかったので覚えてなかったようです」
俺は素直に謝る事にした、この素直さは大事だよな、ルナにも教えないと。
「きょ! ……ご、めんなさい、私はちょっと自意識過剰でした……えっと何の話でしたっけ」
美人受付嬢……いやカレンさんが狼狽えている。
これはチャンスだ。
「何故だか知らないけど動揺しているみたいですね、お話はまた今度にしませんか?」
「え? ええそうですね……」
言質を取った俺は、可憐なカレンさんが自分のセリフを理解する前におさらばする事にした。
ささっと立ち上がり入口の扉を開けて、うしろを振り返り。
「では失礼します、また丁寧な査定をお願いしますねカレンさん」
「あ、はいゼンさん、その時はよろしくお願いします」
扉をしめてシャカシャカと速足でギルドの外に逃げていく俺、完全に走っちゃうと何事かと思われるからね。
その背後の閉められた扉の向こうから。
『ああ! 逃げられた!』
そんな声が聞こえる、だが後悔してももう遅い!
ザマー小説のようなセリフを心で叫びながら、ギルドから出ていく俺であった。
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