第137話 金貨をどう使うかは俺の自由だ!(30)
「えっ、お酒買ってなかったの?」
目を丸くするビン子は驚き固まっていた。
そして、懸命に自分を落ち着かせる。
ひっ! ひっ! フゥー!
うーん、それは今やっても意味ないと思いますヨ……ビン子さん……
「だって、お前のハンカチ買おうと思って……」
言い訳をするタカトの両手は、頬に強く押し付けられた後に顎へと滑り落ちていた。
おお! まさしくこの表情は「ムンクの叫び」ならぬ「タカトの叫び」!
開いた口からは声なき悲鳴が漏れているようだった。
ひっ! ひっ! フゥー!
「お酒がなかったら、じいちゃん、本当に怒るよ……」
そんなビン子の言葉に頭をフル回転させタカトは、どうやら最適解として戦略的撤退を導きだしたようであった。
「ねぇ、ビン子ちゃん、やっぱりビン子ちゃんが怒られてよ……」
握りこぶし一個分の距離をあっという間に詰め寄ると、上目遣いでお願いをし始めた。
――えっ? なに?
ビン子にとって、あの近くて遠かった距離があっという間になくなった。
いまやビン子の腕に抱っこちゃん人形のように
愛おしい……というより、うっとおしい!
ビン子は、そんなタカトを邪険に振り払う。
「いやだよ。忘れたのはタカトのせいじゃない」
しかし、ココで引き下がったら権蔵に大銅貨1枚100円の道具で殴られかねない。
そう! 命がかかっているのだ!
ハイそうですかなどと簡単に引き下がれないタカトはビン子に必死にすがりつく。
そんなタカトを押し放すビン子。
二人が暴れる荷馬車が右に左にと揺れ動く。
そんな荷馬車を引く清志子が
ひっ! ひっ! フゥー!
「今から戻るか……」
今来た道を振り変えるタカト。
「でも……お金ないよ……」
ビン子もまた振り返りながら小さくつぶやいた。
「そうか……」
「そうだよ……」
押し黙ったタカトは考える。
タカトの脳内のスパコン腐岳がこの難題の計算に取り掛かっていた。
だが、無理数の計算は、ホンマもんのスパコンでも無理な事。
当然、タカトの腐岳にそんな答えなど出せる訳も無かった。
だがそれでもスパコン腐岳は頑張った。
そして、ついに一つの答えを導き出したのだ。
――本日の営業は終了いたしました!
使えねぇ!
「まぁ、いいか!」
ないモノは無い!
大体、今から戻ってもコンビニの営業時間は終了している。
えっ? 24時間営業じゃないの?
アホか! 神民街と違うんだぞ! 一般街のあんな治安が悪いところで24時間も店など開けていられるか!
だいたい今頃、女店主のケイシ―=フーディーンは病院で妊活中だ!
そんな事を知ってか知らずか、タカトはあっけらかんと元気に笑っていた。
「どうせじいちゃんの酒だしなぁ♪」
「えっ、それでいいの!」
その変りぶりに驚くビン子は、まだ不安そうな表情を浮かべている。
だが、タカトはそんなビン子をからかうかのようにいやらしい笑みへとすでに変わっていたのだった。
「いやいや、やっぱりおまえのせいだ! うん、お前が貧乏神のせいだからにちがいない!」
オイオイ! いくらビン子ちゃんが神様だからって貧乏神って言いすぎじゃない?
しかしまぁ、そんなタカトのからかいなど、今に始まったことではない。
そのため、当然、ビン子も負けてはいなかった。
「それは、関係ありませーん」
だが、ココでやめときゃいいものを……調子に乗ったタカト君は禁断の一言を言い放ってしまったのである。
「そんなビン子のお胸も、超貧乏www」
バカだコイツ! 真正のバカだ!
だがまぁ、タカトもまた居心地が悪かったのだ。
あの時見たビン子の精一杯のやさしさに自分の心が奪われてしまっていたことが。
このまま家に帰ったのでは、これから先どうビン子と接していいのか分からない。
ビン子はビン子のままがいい……
もしかしたらタカトには、そんな思いもあったのかもしれない……知らんけど。
しかし当然、そんな思いはビン子に通じる訳もなく……
「なんですてぇぇぇぇ!」
ビシっ!
まるでゴキブリでも叩き潰すかのように渾身の力で振り下ろされたハリセンの一撃はタカトの脳天を直撃していた。
カクンと直角に折れ曲がるタカトの首。
そんなタカトの意識は妖精さんたちがいる花園に飛んでいた。
「ゴキブリや! ゴキブリさんがきたでぇ!」
「ゴキブリさんは帰ってや!」
顔はいいのに言葉は汚い妖精さん達によって、そんな花園からもけんもほろろに追い返されるタカトの心。
だが、現世に戻ってきた心は御者台の上に転がる一枚の銅貨を見つけたのだった。
「おっ! こんなところに銅貨1枚発見! 超ラッキー!」
それは、タカトがなくしたと思っていた銅貨。
どうやらあの時、足元の床の隅に転がっていたようである。
そんなタカトがつまみ上げた銅貨を見たビン子は鼻高々!
「それ見なさい! やっぱり私は幸運の女神なのよ!」
「えっ? なに? ウ○コの女神?」
ビシっ!
「イテェえぇぇぇぇぇぇ! 今のはマジで痛かったぞ! ビン子!」
「知りません!」
そんな荷馬車が清志子の尻尾と共に楽しげに右に左にと揺れていた。
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