第136話 金貨をどう使うかは俺の自由だ!(29)

 そんなタカトは涙でうるんだ目をビン子に向ける。

「どうしよう……ビン子ちゃん……」

 って、今更そんな事をビン子に言ったところでどうしようもない。

 当然、ビン子はプイッとそっぽを向いた。

 だがそれはまるでタカトに自分の表情を見られまいとするかのようでもあった。

 そう、今のビン子の顔は真っ赤に染まっていたのだ。

「も……もう……仕方ないわね……わ……私も…… 一緒に怒られてあげるわよ……」


 ドキっ!

 高鳴るタカトの心臓。

 この瞬間、まぎれもなくタカトにはビン子が女神に見えていた。

 かわいい!

 超かわいい!

 いやいやいや……ちょっと待て! あれはビン子だぞ。

 そう、目の前の女神はまぎれもなくビン子である。

 って、そもそもビン子ちゃんは女神だったぁ!

 こちらも顔を赤らめたタカトは、どぎまぎする心臓の音を隠すかのように平静を装った。

「イヤ……いいよ……俺がやったことだから俺一人で大丈夫! 大体、いつも怒られているから慣れてるし! 俺!」

 そんなタカトは再び腕を頭の後ろに回し御者台の背にもたれかかった。


 そんなモノ言わぬ二人が忌野清志子いまわのきよしこの引く荷馬車の上で揺られていた。

 あっ! 忘れていると思うけど忌野清志子ってこの馬の名前だからね!

 そんな二人の距離は握りこぶし一個分。

 近くもなく遠くもなく、いつも通りの距離だった。

 しかし、今の二人には自分の鼓動が奏でるハーモニーすら相手に聞こえるのではないかと思えるほどすごく近くに感じられていた。


 ドキン! ドキン! ドキン!

 顔を赤らめたままのビン子ちゃん。

 今日一日の事を思い出していた。

 タカトはカマキガルの襲来から身を挺して私を守ってくれた。

 絶望に打ちひしがれている二人の子らを何も言わずに手助けしくれた。

 ま・まぁ……アイナの写真集やスカートめくりの件もあったけど……

 あっ……コイツ……第一駐屯地で私のシャワーを覗こうとしてたんだった!

 でも……それでも……今日のタカトはカッコいい……

 ――ダメ! タカトに気づかれるぅぅ……

 そんなタカトの事を意識するだけでさらに鼓動が早くなる。

 ――落ちくつくのよビン子! そう! 静かに! 静かに! 穏やかに!

 そんなビン子は自らを落ち着かせるかのように大きく深呼吸をしはじめるのだ。

 ひっ! ひっ! フゥー! ひっ! ひっ! フゥー!

 ビン子ちゃん……それって、出産のときに行う呼吸法……

 

 ドキン! ドキン! ドキン!

 こちらはこちらで、すでに目が泳いでいるタカト君。

 今日一日の事を思い出していた。

 アイナちゃんの食い込み写真集!

 アイナちゃんの食い込み写真集!

 アイナちゃんの食い込み写真集!

 アイナちゃんの食い込み写真集!

 でも……正直に言うと……さっきのビン子も……ちょっとかわいいと思った……

 いやいやいや!

 俺は早く見たいだけなんだ! アイナチャンの食い込み写真集を!

 だ! か! ら!

 ドキドキしているのはあくまでもアイナちゃんの写真集にであって、さっきのビン子に対してではない! 断じてない!

 だいたい、あのビン子は昨日の夜、俺のベッドの上で太もも丸出しで寝てたんだぞ!

 それでも、俺の部屋にあるポケットティッシュは完全に未使用! 当たり前だ!

 だから、その枚数はふんだんに残っているはず。

 ポケットティッシュ1個あったら足りるか?

 いやぁ、あのアイナちゃんの食い込み写真集だぞ!

 念のために2個は用意しておきたい!

 しまったぁぁぁぁぁ!

 今日は無料のポケットティッシュを誰からも貰っていなかったぁァァァァ!

 ま……まぁいい……ここは、ちょっと汚いが再利用! 濃縮だ! 濃縮!

 俺の愛を超濃縮! なんちゃって……

 アホかぁァァ!

 そんなものがビン子にでも見つかったら大変だ!

 もう、さっきのカワイイ横顔なんて見せてくれなくなるかもしれないんだぞ!

 それどころか汚物を見るような目で見下されるのだ……「不潔……」

 あっ……それはそれでいいかも……

 って、いやいやいや……ツンデレのビン子のことだ……アイナちゃんの食い込み写真集なんか見た日にはを「巨乳は消毒だぁぁァァ」って燃やすに違いない!

 ならば……ならば……ビン子の目から確実に隠しておかなければ……

 どこに隠せばいい? ベッドの下か? いや、あそこはバレているような気がする……もっと、見つかりにくいところ……どこだ? どこなんだよぉぉ!

 そんなビン子の事を意識するだけさらに混乱する。

 ――だめ! ビン子に気づかれるぅぅ……

 何をやねん! 写真集の事か? それともビン子に対する気持ちの事かwww

 ええい! そんな事、俺の方が聞きたいわ‼(byタカト)

 ――なんか先ほどから訳の分からんが興奮が収まらん! こんな日は朝までナイトフィーバーに限る!

 輝く汗! 飛び散る性春もとい青春! 水分補給は忘れずに!

 そんな意味不明状態のタカトは、なぜか早まる自分の鼓動の音をひたすら数えだしていたのだった。

 ドキンちゃんが1匹! ドキンちゃんが2匹! ドキンちゃんが3匹!


 清浄なる星が瞬く空の下。

 清志子きよしこが引く荷馬車の奏でる音が、まるで「きよしこの夜」のようにそんな二人を優しく包みこむ。

 Silent night! Holy night! (静かな夜 性なる夜……もとい聖なる夜)

 All is calm, all is bright (すべて穏やか すべてが輝く……って何がやねん!)


 だが、ドキンちゃんを072匹数えたあたりで、そんな穏やかな時間も終わりを告げた。

「ドキン‼チャンパネールパーバガドゥ‼」

 そう、世界遺産クラスのひときわ大きな衝撃がタカトのハートを襲ったのだ

 その刹那、タカトの上半身が勢いよく跳ね起きた。


「なに! 生まれたの⁉」

 なにごと! と言わんばかりに隣に座るビン子も驚いた。

 って、ラマーズ呼吸法をしていたのはビン子ちゃんアナタでしょうが!


「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「な! なによぉ! 急に!」

「じいちゃんの酒を買うの忘れたぁぁぁ! 酒がないのは、か・な・り! ヤバイ!」

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