第134話 金貨をどう使うかは俺の自由だ!(27)
督促状
本日中に2か月分の入院代金として金貨2枚を支払いやがれ。
支払いが確認できない場合には、強制的に退院させるぞ! 分かったかボケ!
ツョッカー病院院長
さすがはツョッカー……お金の取り立てが熾烈を極める……
だが、ふと紙をつまむ指先に違和感を感じたタカトは督促状を裏返した。
そこには何度も何度も書き直したと思われる鉛筆の文字が躍っていた。
いんちょうせんせいへ
いまは、おかねがありません
おかねのかわりに、まいにちうたをうたいます
だから、おかあさんをたすけてください
それを読んだ瞬間、タカトの持っていた督促状に無数のしわが走った。
心が締め付けられるかのように、いつしか紙も力強く握りしめていたのだった。
「それ返しなさいよ! 大事なものなんだから!」
蘭華が慌てた様子でタカトの手から督促状を奪い取った。
その顔は先ほどまでとは違って、何かを必死で我慢するかのように唇をかみしめて震えている。
――オイオイ……先っきまでの威勢はどこにいったんだよ……
そんな二人にビン子が話をそれとなく声をかけた。
「歌、好きなの?」
黙ってうなずく二人。
タカトはそんな質問をするビン子を白い目で見ていた。
――バーロー! そんなの当たり前だろうが……
お前はコナ●君か!
そう、タカトはそれとなく知っていたのだ。
毎朝毎朝、通る土手の上から見る川原でこの二人が歌の練習をしていたことを。
名探偵タカトの勘が冴えわたる。
おそらく今しがた聞いた女店主の話から推理してみるに、それは母親の病院に見舞いに行く前のこと。
きっと練習した成果を毎日毎日、母親に見せていたのだろう。
しかし一方、何も気づいてない様子のビン子は、まるでどこぞの蘭姉ちゃんのように静かにほほ笑みかけていた。
「なら、将来はアイドルになるの?」
だが、相変わらず二人は黙って小さくうなずくばかり。
蘭華などは、すでに半べそまでかいている。
そんな蘭華の小さな手が、そっとタカトの胸を指さした。
その先にはボロボロになったアイナのプリント。
肩を震わすその声は小さく小さく聞きにくい。
「アイナみたいに……でも……でも……歌じゃぁ……お母さん……助からないから……」
そんな震える瞳から涙がボロボロとこぼれだす。
――そうか……そうだったのか……
それを見たタカトはやっと気づいた。
先ほどから感じていた違和感……その正体に。
タカトは天井を見上げ、そっとまぶたを閉じた。
――こんなに小さいのに……無理しやがって……
無ければならないモノ……それは彼女たちの目に映る希望の光。
この年頃の子供なら、日々広がる新しい世界に目をキラキラとさせながら希望に満ちているものなのだ。
それがどうだ……この二人は……
おそらく、母親が病院から追い出されることを知っているのに違いない。
本能的に悟る母親の死。
しかし、今の二人にできることは、毎朝、精いっぱいの歌を届けることだけ。
だが、歌で病気が治る訳はない……
上手だね……素敵だね……などと言ってもらったところで、入院費が天から降ってくるわけでもないのだ。
自分たちがアイナみたいにアイドルになれば病院代なんか簡単に!
きっと、お母さんの病気だって!
だが、今の小さき二人が頑張ったところで到底アイドルなんかになれるわけはなかった。
そんなこと分かってる……
言われなくても分かってる……
だからこそ……
絶望にも似た諦めの闇が彼女たちの目から希望の光を奪い去っていたのである。
――ならば……
目を開けたタカトは、おもむろに膝まづくと自分の手にある2枚の金貨を蘭菊の手にそっと握らせた。
「これ、やるよ!」
「えっ!?」
「えっ!?」
うつむいた顔を上げる蘭華と蘭菊。
懸命に涙をこらえようとしていた目には驚きが浮かんでいた。
!?
そしてまた当然に、ビン子もその意味が分からない。
――えぇぇぇぇ! 極め匠印の頑固おやじシリーズ買うんじゃなかったのぉ~!
皆が驚くコンビニの空気は、いまや静かに固まっていた。
そんな固まった時間を無理やり動かすかのようにタカトは大笑いをする。
「わはははは! その代わりオッパイもませてぇ~♪」
目の前で自分の手を大げさにワシャワシャとさせながら蘭華と蘭菊の胸を伺った。
「って……胸ないじゃん! ビックリ! ビックリ!
おっ! 俺って! 完全にシースのこと覚えたじゃん!
えっ? 全く意味が分からない?
意味なんてないんだよ! 意味なんて!
ビシっ!
ビン子のハリセンが、そんなタカトの後頭部を叩いていた。
「この変質者! そんなに不審者情報に載りたいの!」
語気を強めるビン子だったが、そのハリセンの勢いはまるでなかった。
それはまるでタカトの頭をポンと押すかのような手首だけの動き。
従来の体の反動を使った上に全体重まで乗せた鋭い一撃とは、全くその性格を異にしていた。
そんなビン子の目にも、いつしかうっすらと涙が浮かんでいる。
そう、ビン子もまた、タカトの想いに気づいたようだった。
「いてぇ! 今回のはマジいてぇよ!」
だが、タカトは大げさに叫び声を上げた。
ハリセンをちょっと当てたぐらいで、そんなに叫ぶほど痛いわけないだろうが!
だが、タカトは叫ばずにいられなかったのだ。
このまま黙っていたとしても何を話せばいいのか分からなかったのである。
そう、これはいつも決まってやる照れ隠し。
そんなことなどお見通しのビン子は、先ほどから無駄に叫び続けるタカトの事をガン無視しながら蘭華と蘭菊に優しく語り掛けたのだ。
「いいのよ。それ、持って行きなさい」
この金貨二枚があれば今まで積み重なった病院代が賄えてしまう。
そうすれば……お母さんはまだ病院にいられるかも……
「いいの? 本当にいいの?」
迷いながらでもその金貨を受け取ろうとする蘭菊の手は震えていた。
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