第130話 金貨をどう使うかは俺の自由だ!(23)

 唖然とするケイシ―。


 そう、ケイシ―の伸ばした指先から突然、金貨が消えたのだ。

 エスパーの仕業?

 もしかして、瞬間移動とか?

 って、そんな訳あるかい!

 そんな怪訝がるケイシ―の手を遮るようにビン子の手がそっと金貨を取り下げていたのであった。

 ――買うのか、買わないのかどっちなのよ! これでも私は忙しいのよ!

 そう、これからケイシ―は、旦那の子種で体外受精をしに病院に通わなければならないのだ。

 って、もしかして不妊症治療?

 いやいや、そう言うわけではない……

 彼女の旦那は精力満点、鼻息荒いラグビー選手のような立派な体を持っていた。

 ……そう、過去形である。

 そんな旦那が新婚後すぐにコンビニ裏ので絶命していたのである。


 それは10年ほど前のことである。

 夜のとばりが下りたコンビニの裏路地。

 凸凹を作る石畳の上には無数のエロ本が散らばっていた。

 エロ本? コンビニで売れ残ったエロ本でも外に出そうとしていたのだろうか?

 だが、そのエロ本はエロ本というには少々おかしかった。

 というのも、印刷された女性の裸体にはタコさんウィンナーのシールがベタベタと貼りつけられていたのである。

 もうエロ本かギャグ雑誌か分からぬようなものに囲まれるて、ケイシーの旦那が路地の真ん中に倒れていたのだ。

 しかも、下半身むき出しのスッポンポンの姿で!

 もしかして、この男、休憩時間中に人目を避けてエロ本でも読みながら何かをしようとしていたのであろうかwww

 だが、エロ本にはタコさんウィンナーのシールがwwww

 それで、頭に血が上った瞬間、脳の血管がプチンとwwwチーン!

 いや違う……違うのだ。

 仰向けに倒れる彼の体の下からは、彼のものと思われる赤い血だまりが広がり続けていたのである。

 そう……彼の股間には握りこぶし一つ分よりも少々大きな穴が開いていた。

 なにか鋭利な刃物でえぐり取られたかのような傷跡からは、おびただしい血液があふれ出している。

 先ほどまで、元気に生きていたのだろう……だが、そんな男の体温は既に冷たくなり始めていた。

「イヤあぁぁぁ! ユングラー! 起きて! ユングラー!」

 ケイシーは横たわるユングラーの体を激しく揺らす。

 だが、もうかつての旦那は反応しない。

 ただただ……力なく揺れるだけ……

 そんな揺れはユングラーの上半身から下半身へと伝播され、なぜか彼の股間の上に置かれていた一つのブルーのリボンを石畳の上に落とすのだ。

 落ちたリボンの横には、おそらくユングラーの物だろうと思われるチ●コが転がっていた。

 だが、その中に貯えらていたはずのチ●コクリームがことごとく吸い出されていたのである。


 ケイシーの叫び声に野次馬達が次々と集まってきては噂をはじめる。

「また……青いリボンよ……」

「これで一体何人目だよ……」

「被害者は全員、体の大きなビックな男ばかりって言うじゃない……」

「絶対に、チ●コキラーの仕業よ……」

「なんか……匂うな……」

「なんか……臭いな……」

「というか、さっきからウ〇コ臭くねぇ?」

 路地裏には死臭というには程遠い、異様な匂いが立ち込めていた。


 ……チ●コキラー……

 冷たくなった旦那にしがみついていたケイシ―の耳には、なぜかその単語だけが泥のようにベットリとこびりついていた。

 だが、チ●コキラーの素性は依然として分からなかった。

 現場にはいつも青いリボンだけが残されているだけであった。

 それ以外の情報が、まるでないのである。そう、犯人が男なのか、女なのかすらも分からないのである……

 そんなケイシーが今できることといえば、旦那が残してくれたこのコンビニを一人で必死に守り続けることだけだった。

 そして、かろうじて旦那の遺体から採取された子種を冷凍保存し、亡き旦那との間で約束した子供を作ろうと頑張っていたのであった。

 だが、死後数時間たった遺体から採取された子種では、どうやらやっぱり妊娠は難しかったようで何年経っても成果は出ない。

 それどころか日々の生活費を削ってまで貯めた治療費は湯水のように消えていく。

 しかし、それでもケイシ―は諦めなかった。

 ――ユングラーの忘れ形見が欲しい……

 そして、毎年、毎年、今日という命日の日には病院で体外受精をし続けていたのであった。


「お金が足りないならいいよ。極め匠シリーズの工具買うんでしょ」

 そんなビン子の優しき言葉に涙目のタカトの顔面は下唇の下に一つの大きな山を描きながら何度も何度もうなずいていた。

 ウン……ウン……ウン……

 そのたびに飛び散る涙と鼻水。

 きたねぇ……ティッシュで拭けよ……

 って、タカト君、ティッシュを持っていないんだったっけ。


 シューン! ジュルジュルジュル……

 そんなタカトの鼻から鼻をかむ音がした。

 どうやらカウンターに置いていたハンカチで鼻水を拭いたようである。

 ――仕方ないじゃん……俺、拭くもの持ってないし……

 しかも、事もあろうに泣く泣くそれを背後の男へと手渡したのだ。

 ――仕方ないじゃん……ゴミ箱、遠いし……

「俺の負けだ……コレを君に託すよ……」

「意味が分からん……というか、嫌がらせか?」

 当然、男は一瞬いやそうな顔をした。


 ――嫌がらせ?

 ただ単に鼻水をかんだだけのタカトには何のことだか分からなかった。

 だが、奴のいやそうな顔を見てこれはシメたものだと瞬時に頭を切り替えたのだ。

 そう、普通に考えたら他人が鼻水を拭いたハンカチなど買いたいと思わない。

 どうせ買うなら別のきれいなハンカチを買うはずなのだ。

 なら、この鼻水が付いたハンカチはどうなる?

 当然、売れ残って店の中に残るのである。

 あわよくば汚れたということで銅貨1枚10円値下げになるかもしれない!

 って、なるかよ!

 テメエが汚したんだから責任もって買い取れ! となるわな……

 だが、そんなことも想定済み!

 現時点の問題は、ただ銅貨一枚足りないだけなのだ。

 ならば、銅貨一枚を持ってくるまでの間、誰にも買われることもなく店で取り置かれていればOKなのである。

 えっ? タカト君、まだお金持ってるの?

 確かチミの全財産って、この銅貨5枚だけじゃなかったっけ?

 そう、確かにタカトの全財産は銅貨5枚だけだ。

 権蔵にお小遣いをもらおうと思っても、権蔵にも金がない。

 なら銅貨一枚といえども、それを確保するということは非常に困難なミッションのような気がするのだが……気のせいだろうか。

 ふふふ……それがあるのだよ。その方法が!

 そう、ビン子の持つ豚さん貯金箱!

 おそらく、その中には大銅貨5枚5百円分ぐらいの大量の小銭が溜まっていることだろう。

 その豚さん貯金箱から銅貨一枚を拝借してくれば万事解決なのだ。

 だが、その豚さん貯金箱を守る門番ビン子をいかに排除するかが問題なのであるが、これもまた簡単にクリアーできる。

 そう、銅貨一枚を持ってくるまでの信用の担保としてビン子を人質というていでコンビニに預けておくのである。

 おそらく、この女店主はそこまでするのかとしぶしぶ信用することだろう。

 それはまるで走れメロスの孤独な暴君ディオニスように!

 そして、走る俺は門番のいなくなった豚さん貯金箱から銅貨一枚をくすねてくるのであった。

 いや……いっそのこと、中身全部いただくか?

 いやいやそれだと豚さん貯金箱が軽くなってしまいビン子にバレてしまう。

 やはり、ココは欲をかかずに銅貨2枚だけにしておこう。

 銅貨2枚の重さなんて、精密測量器でもない限りわかりゃしない!

 俺って、やっぱり大天才!


「じゃぁ、これ貰っていくぞ」

 ――へっ?

 だが、男はよほどそのハンカチが気に入っていたのであろうか、タカトからサッと奪い取るとカウンターに銅貨5枚置いてコンビニからサッサと出ていったのであった。

 そして、その後ろ姿を呆然と見送るタカト。

 ――おーーーーい! 俺の完璧な計画はどうしてくれるんだ……

 せっかく……銅貨1枚手元に残る計算だったのに……

 走れタカト計画、豚の貯金箱だけにコレにてトン挫!

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