第126話 金貨をどう使うかは俺の自由だ!(19)
主人、いやどうやら旦那という言葉に反応したのだろうか、女店主の顔が少々こわばっていた。
「それがね……あの子たちのお父さん……3年前の襲撃のときに人魔症で亡くなっているのよ」
しまったとばかりに女性客が口に手をあてた。
だが、その目はあまり驚いていないようである。
それどころか、何やら彼女の頭の中では金勘定が始まっているようだった。
――それなら入院費はどうなっているのかしら?
どうやらこの女、先ほどから金の事しか頭にないようである。
だが、気になるものは仕方ない。
ということで、心配するふりをしながら女性客は頭に浮かんだ疑問を投げかけてみた。
「えー、なら、お金は大丈夫なの?」
「最初の頃は……蘭丸ちゃんて言ったかしら、そのお兄ちゃんが神民学校に行っていたから学校から入院費がでてたみたいだけどね……」
と、そこまで言いかけた女店主は蘭華蘭菊の様子を気にしたのか女性客を手招きすると、その耳に手を押し当てコソコソと話し出したのだ。
「でね……そのお兄ちゃんが途中で失踪しちゃたのよ……」
「えー」
またもや女性客は小声で驚くふりをするだけ。
一方、耳から顔を離した女店主は、苦い顔をしながらすかさず自分の手で首を切るふりをして語尾を強めた。
「そう! それで入院費も打ち切り! ひどくない?」
「いくらなんでも……ちょっとそれは……」
働き手のお父さんも、奨学金を貰っていたお兄ちゃんもいなくなり、あの幼子たちは一体どうやって入院費を賄っているのだろう……
どう考えても金がない……
女性客は考えた。
女店主の言葉など、そっちのけで考えた
だが、あの子たちの様子から見ても金がないのは明らかだった。
――あぁ……やっぱりどこもここもお金がないのね……お金欲しい……
ついに女性客も言葉を詰まらした。
女店主は辛そうな目を蘭華と蘭菊に向けると腰に手を当てて背を伸ばす。
「それからあの子たち、自分たちで働いて母親の病院代を稼いでいるのよ……えらいでしょ」
「ええ! あの子たちにそんなにあげてるの!」
だが、女性客はそんな二人にすごいといった感服の目を向けるどころか、逆にそのメギツネのようにスケベ心を丸出しにしながら驚いていた。
そう、その刹那、女は思うのだ。
こんな変なコンビニでも、入院代を賄えるほどの給料をあの幼女たちに払えるものなのかと……
私なんて……元旦那からもらう養育費しかないのだ。
だからここ最近、ホストクラブにも数回しか通えていない……。
あぁ、バレンタインイベントの時のように、ガタイのいいホストたちが作ってくれるチ●コの生クリームを口いっぱいにほおばりたい! できることなら毎日と!
いっそのことチ●コ切り分けて、また、中から生クリーム絞り出しちゃおうかしら。
それはダメ……ガマンよ……ガマン……
もう、元旦那からの情報は入らないんだから……
でも……でも……またうずくわ……
そう言えば、第六の門前広場に新しいケーキ屋さんができたって言うじゃない!
あそこの旦那もガタイがいいのよね。
そんな旦那が作るチ●コクリームって、おいしそうよね……
あっ、そうだった……私って、甘いのは苦手だった。テヘ♥
女は今一度、まじまじと店の中を見渡した。
もしかしたらカーテンに仕切られたあの一角が利益率が高いのかしら?
いやいや、今の時代はコスプレが流行っているというし……
ああ! もっと……養育費があれば……もっと……生クリームが……生クリームが欲しい!
――私もここで働こうかしら……ブルーのリボンで子猫の格好でもしちゃって♡
って、もうアンタ……それは子猫ではなくて野ブタ!
しかも、青くて丸い、まん丸い!
お~い! 野ブタ君~! 君はまた、ろくでもないことを考えて……
――そうだ! 元旦那に保険金をかけておくっていうのはどうだろう……
だが、女店主はバカいってんじゃないわよと言わんばかりに、笑いながら手のひらを前後にふっていた。
「そうじゃないわよ。親の貯金よ、貯金」
「あぁ……びっくりした。こんなコンビニでそんな給料が出るわけないわよね」
「悪かったわね! こんなコンビニで!」
だが、そう言う女店主は心配そうに蘭華と蘭菊を見つめ続けていた。
そして、いつしか目にいっぱいの涙を浮かべながらつぶやくのだ。
「あの子達ってね……ここで働きながら、毎日毎日……きちんと朝と夕方……病院とここを往復するのよ……服もね……いつも同じものばかり着てるし……」
だが、女性客は入院代が貯金であると分かったことで腑に落ちたのか、もうすでに興味を失っていた。
「そうなの偉いわね。ここのアルバイト代も病院代に充ててるのね」
と、言い終わると女性客は、そそくさと購入した商品を袋の中へと詰めだした。
そんな薄情な女性客に少々頭に来たのか、先ほどから女店主がにらみつけている。
「それでね! 今日がね、その病院代の支払い日なんだけどね!」
だが、その声が聞こえているはずの女性客は声を出さない。
それどころか荷物を詰める手が3倍速に加速した。
トリャ!トリャ!トリャ!
どうやら、女狐のいや女タヌキの犯罪者並みの鋭い勘がなにかを察したようである。
「だ・か・ら! あの子達、もうお金がないらしいのよ!」
――きたぁ! やっぱり無心がきたぁ!
既に商品を詰め終わっていた女性客は慌てて手を大きく降りながら後ずさる。
「えっ! 私もお金ないわよ。今月は厳しいのよ! ごめんねぇ~」
さっと目を反らすと長居は無用と言わんばかりに急いで出口から駆け出していった。
まぁ、当然の反応であろう。
あのホスト狂いの女性客、いやギリー隊長の元嫁に見ず知らずの子供たちに施すほど余裕があるとは思えない。
いや、仮に余裕があったとしても、今しがた聞いた話しなど眉唾ものだ。
そんなよもや話に大切なお金を施すなど常識的にあり得ない。
逃げ帰っていく女性客を見ながら女店主も腰に手を当てて悔しそうにつぶやいた。
「まぁ……私も人のことは言えた義理じゃないよね……あの子たちのお母さんが、今日病院から追い出されたら死んじゃうって分かってても……どうにもできやしないじゃないか……」
まぁ、女主人もギリー隊長の元嫁に施してもらおうなどと本気で思っていたわけではなかった。
断る元嫁と何もできない自分を同一化し、単にできない理由を正当化したかっただけだったのである。
「せめて、超高級の毒消しでも手に入ればよくなるんだろうけど……さすがにレアアイテムだから値段が桁違いだよ。うちでも……そんな代物、仕入れることなんてできやしない……」
なかばあきらめた様子の女店主は大きくため息をついた。
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