第127話 金貨をどう使うかは俺の自由だ!(20)

 床に広がったポリアクリル酸ナトリウムをちょうど拭き終わったところの蘭華と蘭菊に女店主は声をかけた。

「蘭華! 蘭菊! 病院に行く時間だろ!」

 その声に二人の幼女は顔を見合わせると忘れてたといわんばかりに大きな返事をした。

「はーい!」

「はい」

 そして、このコンビニの外にある住み込み部屋に荷物を取りに行こうと駆けだしはじめた。そう、この二人、このコンビニの外に備え付けられている粗末な小屋に住み込んでいたのである。

 というのも、父もなく兄もなく、病気で倒れた母しか持たない幼女たちだけでこの世知辛い世の中を生きていくことは到底不可能。

 なら、ほかに身寄りはいないのか?

 確か……以前、情報の国に身寄りがいると聞いたことがあるが、現在、この融合国と情報国とは険悪な関係に陥っているのだ。

 そのせいで蘭華たちの親族を探すことすらままならない状態なのである。

 というか、この幼女たちが言っていることがいまいちよくわからない。

 唯一いるはずのおじいちゃんは、山田先生なんだと……忍たま乱太郎か!

 そこで、面倒見のいいこの女店主が後見役を買って出たというわけであった。

 だからといって、この二人になにかしてあげられるというわけでもない。

 というのも、コンビニというものは忙しい割には儲けが意外と少ないのだ。

 そんな女店主もまた自分が日々なんとか生活するだけの糧を得るだけで精一杯だったのである。


 出口から飛び出そうとする蘭華と蘭菊に女店主が慌てて声をかけた。

「そこに置いてあるリンゴ持っていきな。お母さん好きだろ!」

 お金は工面できないが、せめて売れ残りの商品ぐらいはと、いつも二人に何かを持たせるのである。

 特に蘭華と蘭菊の母親が大好きな真っ赤なリンゴを。

「ありがとうございます! ケイシ―さん」

 そう、この女店主の名前はケイシ―=フーディーンという。

 蘭華はカウンターへと振り向くと丁寧にペコリとお辞儀して、リンゴを一つつかみ取り急いで外に飛び出していった。


 タカトは、店の棚にある一番安い酒を手に取りながら蘭華と蘭菊の様子をチラッチラッと伺っていた。

 先ほどから、手に取る酒のラベルがぼやけてよく見えない。

 潤む瞳を何度も何度も手でこするのだが、いつまで経っても収まらないのだ。

 ――あの二人……あんなに頑張っているのに……お母さん、死んじまうのかよ……

 そんなタカトのまぶたには、かつて優しかった母ナヅナの笑顔が浮かんでいた。

 ――お母さん……

 タカトはそんなベトベトになった右拳を静かに見つめていた。

 ベトベトってポリアクリル酸ナトリウムじゃないぞ! 涙だからね! 涙!

 えっ! ウザい?

 ごめんね! ごめんね! ごめんねぇ~~!


 そんなタカトは、手に持っていた酒を棚に戻すと、両手でパーン!っと自分のほっぺたを叩いた。

 ――切り替え! 切り替え! 次、行ってみよ!

 そう、ここでタカトが悩んだところで幼女たちの母親の病気が治るわけではないのだ。

 なら、自分が何とかしてやりたいと思ってもどうしようもないのである。

 というか、だいたいもうあの幼女たちなど店から飛び出していやしない!

 タカトもまた何もできない自分に懸命に言い聞かしていた。

 そして、先ほどから店の隅に置かれたワゴンの前で立ちながら真剣にその中のセール品を食い入るように見ているビン子に、何事もなかったかのように歩み寄っていくのだった。

 抜き足……差し足……忍び足……

 そこからのぉ~♪


「きれい……」

 ビン子がつぶやいた。

 その手には一枚のハンカチ。

 それは少々、年を経た表情をくすませてはいたが色とりどりの可憐な花々を身にまとっていた。


 タカトの動きがピタリと止まった。

 どうやらその瞬間、ビン子を驚かすことを思いとどまったようである。

 というのも、ビン子を驚かすよりも先にするべきことできてしまったのだ。

 そう、それはビン子が今、手に持っているハンカチの値段をチェックすること。

 この店に来る前、勢いとはいえビン子に何か買ってやるといってしまったのである。

 これでもタカト君、不肖男の子!

 一度口にした約束は死んでも守る! ことが多い! と自分だけは思っていたりする……が、守ることのほうが断然少ない……

 いや、だが今日だけは違うのだ!

 そう、今日のプレゼントはビン子の口封じも兼ねているのである。

 何としてもビン子のご機嫌を取っておきたい!

 だが……

 だが……臨時収入の金貨一枚は極め匠印の頑固おやじシリーズの工具の購入代金でぴったりと収まっている。

 もう、銅貨1枚10円も余りはしない計算なのだ。

 俺ってマジ、計算の天才!

 だから、ビン子のプレゼントを買う予算はポケットの中の銅貨5枚50円しかないのだ。

 いくらビン子が欲しいとねだっても、ないものはない!

 銅貨5枚以上のお値段は無理な相談なのである。

 ということで、タカトはビン子の背後からそれとなくハンカチの値段を確認した。


 銅貨5枚50円


 ――ヨッシャ! 買えりゅぅぅぅ‼ 

 セーーーーフ!

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