第90話 第一駐屯地(5)
「ちっ! 陰性かよ……」
ジャックは左手親指を噛みながら悔しがりはじめた。
そして右手を剣の柄からはなし、頭をかきはじめるのだ。
――仕方ない……仕事でもするか……
「まぁいい、毒消しを駐屯地に搬入する前に、お前ら、このくそカマキリどもの魔血を回収しておけ!」
その命令に恐る恐る質問をするタカト君。
「あ……あのですね……残った死体はいかがしたらよろしいでしょうか?」
あん?
怪訝そうな表情を向けるジャックは、まじでおっかない。
第四世代以降、魔血があれば開血解放できる。
だが、魔血が切れた魔装装甲は装着者の血液を吸収し始め、ついには人魔症を発症させてしまうのである。
すなわち、魔血の確保は最前線の駐屯地では最も優先される事項だった。
当然、魔血以外の組織についても第一世代の融合加工のように武具等の強化に用いることはできるのだ。
だが、第一駐屯地は魔装騎兵を主戦力としていた。
それ以外の奴隷兵などは、ただの肉の壁。
まともな融合加工の武具など与えるだけ無駄なのである。
ならば、非常食ぐらいに加工するのはどうだろうか?
だが、いかんせんカマキガルは虫である。
ほぼ、食べるところはないといっていい。
かといって、そんなゴミ同然の骸を駐屯地に運んだとしても腐った匂いが充満するだけで何一ついいことなどなにもない。
ならば、そんなゴミは業者にさっさと回収させておくのが得策というもの。
「お前が、片付けておけ!」
それを聞いたタカトの態度が明らかに急変していた。
「イエッサー!」
そんな敬礼の姿勢をとるタカトの様子を見るジャックは急に何かひらめいたようで、「だが、いいか! 肉の一片も残すなよ!」と、にやにやと笑いながらくぎを刺すのだ。
まあ確かに、死肉が残っていれば、大変なことになる。
というのも、虫の死体であったとしても、他の魔物にとってはごちそうなのだ。
そんな肉が少しでも残っていたら、夜な夜な魔物どもがその死肉を漁りに聖人フィールドの奥にまで侵入してくるのである。
「一つでも残っていたら、当然、ペナルティだからな~」
しかし、どうやらジャックの思惑は別の所にあるようだった。
そう、辺り一面に散らばるカマキガルの体。
近接戦型のヨークだけであれば、少々大きなビニールプールぐらいの範囲内に死体が集まっているのだが……
やたらめったらに剣を振りまくって斬撃を飛ばしまくっていたジャックの場合、それはもう、小学校の運動場二つ分ぐらいの広範囲に肉片が飛び散っているのだ。
この広い範囲からどうやって集めろと言うのだろうか……
しかも、タカト一人、いや、ビン子を含めてたった二人だけで……
あのジャックのいやらしい笑み。おそらく、タカトたちはカマキガルの残骸を全て集めることができないと確信しているに違いなかった。
そのうえで、できなかったらペナルティを課すと言っているのである。
もう、ブラック企業の課長かと思うぐらいに最悪な奴である。
それを当然に理解したビン子はおびえていた。
だが、そんなビン子をよそに、タカトはめちゃくちゃ喜んでいる。
「やったぁぁぁ! これだけのカマキガルの素材があれば、融合加工の道具をめちゃくちゃたくさん作れるぞ! これ持って帰ったらじいちゃん、絶対に喜ぶに決まってら!」
「じゃぁ~、よろしく~頼んだよぉ~」
ジャックはそう言い残すと、軽やかなステップで離れていった。
――さぁて、お仕置きは何にするべかなぁ~ 根性やき? 目玉の串刺し?
それを確認したビン子は、すぐさまタカトに耳打ちする。
「タカト! 集めるって言っても、どうするのよ! コレ! 絶対に無理だよ……」
すでにビン子の声は涙声。
だが、タカトは高らかに笑う。
「心配するな! ビン子! 俺を誰だと思っている!」
「アホのタカト……」
10分後……
早々に、先ほど離れていったはずのジャックがスキップを踏みながら戻ってきたではないか。
これだけ広範囲に飛び散ったカマキガルの肉片を、あのガキどもだけで集めることは不可能なことは分かっていたのだ。
ならばどうせ、「許してください。ジャック様」と、泣きを入れてくるのは間違いないのである。
ならば、さっさと土下座でもさせて、お仕置きタイムとした方が楽しいじゃないか。
――ということで、お仕置きは、俺様の靴でもなめさせるぐらいにしておいてやるかぁ~
そんな二人をお仕置きしている間に、奴隷兵たちに肉片を集めさせておけば時間も短縮できるというもの。
――俺って、超頭いい!
もう、ジャックの顔は、その楽しさを隠しきれずにウキウキした笑顔をこぼしていたのだ。
だが、そんなジャックが……
スッテんコロリン!
足を滑らせてひっくり返った。
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