第89話 第一駐屯地(4)

 ジャックは面白くなかった

 あれだけさんざん魔物を倒しても、神民魔人は一匹もいない。

 だから当然にボーナスも無し。

 ならばと、第六の神民兵をイジメてみても今一ノリが悪かった。

 ――あぁ! なんかイライラするな!

 ジャックはそんな憂さを晴らすかのように奴隷兵たちに対して声をかけ始めたのである。

「おーい! お前ら! お前らの中にケガをした奴はいるかぁ?」


 奴隷兵たちは、そんなジャックの声にびくりと体を硬直させておびえだす。

 と言うのも、その言葉は決して自分たちの身を案じてくれた優しさからというわけではないとことを当然に知っているのだ。

 そんな震えおののく首を、すかさず振った。


「オイオイ! マジでケガした奴いないのかよ!」

 まるで信じられないと言わんばかりの表情をジャックは浮かべていた。

 これがいつもの戦闘であれば、腕の一本、足の一つでも千切れた奴が一人ぐらいはいるはずなのだ。

 そして、そんな奴がいれば「一思いに殺してやろう」と嬉々としながら、その首をはねるのである。

 だがそれなのに、今日に限って、腕が取れた奴がいやしないのだ。

 ――まじかよ!

 

 そう今回は、荒れ狂う斬撃からヨークがその身で奴隷兵たちをかばったおかげで、大けがを負うものが出なかったのである。

 残念!


 だが、そんな奴隷兵たちも、体中、切り傷やかすり傷だらけ。

 それならばと……ジャックは、大声を上げる。

「全員! 人魔検査をしておけよ! 結果を隠すなよぉ~! 言わんでも分かっていると思うが、陽性だったらこの場で殺処分だからなぁ~♪」


 その声を合図にするかのように奴隷兵たちは、急いで自ら検査キットでチェックを始めた。

 律儀?

 いやいやそんなことはないのだ。

 もし仮に、チェックをせずに隠れているのがバレれば、その所属する班ごと連帯責任としてジャックに殺されるのである。

 しかも、見せしめと言うことで、手と足の先から徐々に切り落とされていくのだ。

 ならば、さっさと人魔チェックをして陰性だったものだけを突き出せば、自分はとばっちりを食らわない。

 最悪、陽性だったとしても一思いに殺してもらえるのである。

 そんな鬼気迫る奴隷兵たちは、ジャックに言われるまでもなく、次々と陰性の結果を頭上に掲げ始めていた。


「ほらよ」

 荷馬車の上のタカトとビン子に一人の奴隷兵が検査キットを投げ渡した。

 というのもタカトの背中は、ちぎれたカマキガルの鎌から噴き出した魔血でべったりとよごれていたのだ。

 それはもうパンツにまでしみこむぐらい大量に。

 一方、そんなタカトが身を挺してかばってくれたおかげで、ビン子の服はきれいなままだった。どうやら、魔血の直撃は避けられたようである。

 

 奴隷兵はタカトに注意する。

「お前ら、ちゃんと検査しとけよ。今のジャック様だと、些細なことで本当に殺っちゃうからな」

 そんなジャックは、奴隷兵たちが掲げる陰性の検査結果を一つ一つ念入りにチェックしていた。

 ちっ!

 そのたびに、残念そうな舌打ちの音がここまで聞こえてくるようである。

 どうやらあの様子、人を切りたくてうずうずしているようなのだ。


 そんなジャックをちらりとみたタカトはつぶやいた。

「マジで、あいつ……危ない奴ちゃな……」

 それを聞いた奴隷兵は慌てて口先に指を立てて注意する。

「しっ! 聞こえるぞ!」

 その反応に慌てたタカトはやばいと思ったのか、とっさに口をつぐむと急いで人魔検査をし始めた。


 全ての奴隷兵のチェックが終わったジャックは、新たなおもちゃはないかとあたりを見回して、ついに荷馬車に目をやった。

 そんな御者台には、いつもの輸送隊のメンツとは違う見慣れぬタカトとビン子が座っているではないか。

「これを運んで来たのは、お前らか?」

 ジャックの問いかけに、タカトとビン子はおびえながら小さくうなずいた。


 はぁぁ? なんだそれぇ~と言わんばかりに、ジャックの顔が大げさにゆがんだ。

 そして、荷馬車に近づいてきたかと思うと、いきなりガシガシと荷馬車の車輪を何度も足蹴にし始めたのだ。

「あの、モンガのボケ! どこに行ったんだ? まさか、遅刻か!」


 だが、そんなジャックの足がピタリと止まった。

 と言うのも、御者台に座るタカトはカマキガルの返り血でべったりと汚れていたのだ。

 そんな事を思い出したジャックは、楽しそうに鼻歌を歌いながら御者台へと近づいてきた。

 そして、おもむろに荷馬車の縁に左手をかけ、その上にアゴをのせてタカトに微笑みかけるのである。

 しかも、しかもである!

 まるで少女が可愛らしさをアピールするかのように頭を斜めにして、さらに上目遣いで見上げるかのようにパチパチとまばたきまで繰り返しているのだ。

 ハッキリ言って気持ち悪い。

 気持ち悪いのだが、そんな事を今言えば、おそらく命はないだろう。

 ひぃぃぃぃ……

 すでにタカトとビン子は生きた心地がしなかった。


「チミたち~、返り血を浴びているけど~、検査の結果はどうだったのかなぁ~?」

 すぐさまタカトは検査キットを示しながら答える。

「陰性ですッ!」

 ビン子もおびえながらは陰性の検査キットを掲げた。

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