第71話 鑑定の神はおばあちゃん?(6)

「なんだと!」

 先行するヨークは馬を止め、驚くように後ろを振り返った。

 というのも市中堂々と大切な積み荷を奪うやつがいるとは思いもしなかったのだ。

 しかも、戦闘に特化した神民兵である自分が警護についているにもかかわらずである。

 ――神民兵の俺をなめているのか!

 いまやヨークの瞳の中では超巨大な怒りが爆発していた。

「てめぇ! 今朝、メルアにちょっかいを出したクソガキか! ぶち殺す!」

 だが、どうやら怒りの大元は、筆者が考えるものとは違っていたようだった。


 その言葉の意味が分からないベッツは、キョトンとしていた。

 というのも朝の鶏蜘蛛騒動の時、ヨークは虎の魔装装甲をまとっていたのである。

 そのために、装甲で覆われたヨークの顔は見えなかったのだ。

 なので実質、ベッツはヨークと初対面。

 そんな初対面のはずのヨークが声を荒らげながらベッツに近づいてくるではないか。

 ――俺、何かした?

 ただ単に、いつも通りタカトをどつこうとしていたはずなのに……なんで、守備兵が出てくるのでしょうか?

 それも「ぶち殺す!」とは穏やかではない。

 しかも、その守備兵、どうやら一般兵じゃないみたい。

 よりによって、神民兵ですよ! 神民兵!

 神民兵といえば戦闘のプロですよ! プロ!

 ――こりゃあかん……というか、タカトの奴、いつの間に神民兵と知り合いになったんだよ! 聞いてないぞ! こんなこと!


 そんな怒りに燃えたヨークが怒涛の勢いで荷馬車に突っ込んでくるではないか。

 先ほどまでにこやかに手を振っていたヨークとは思えない剣幕だ。

「てめぇ! さっきはさっさと逃げやがって! 今度という今度は絶対に逃がさないからな!」

 って……ピンクのオッサンにぶちのめされてのびていたのは、ヨークさん、アナタ自身ですからね。残念!


 ベッツはもう生きた心地がしない。

「なんで神民兵がいるんだよ! くそ!」

 タカトを突き飛ばすと、急いで荷台から飛び降りた。

 そして、さっき来た横道へと脱兎のごとく逃げ込んだのだ。

 ――あの剣幕、マジで殺される! 俺、死ぬのだけは嫌だ!


 その無様に逃げていくベッツの様子を見るタカトは、御者台の上に勢いよく立ち上がり勝利のこぶしを突き上げた。

「わははははは! 俺はアフォ! A.F.Oオール フォー ワン! この世の究極悪にしてエロエロ大王になる男やぁぁぁぁぁ!」

 って、君……何もしてないからね……


 一方、怒りが収まらないヨークは、馬の手綱を思いっきり引くとベッツの後を追いかけようとしていた。

「このガキ! 俺から逃げられるとでも思っているのか!」

 その様子に慌てたビン子がそんなヨークを制止する。

 いまここでヨークがいなくなったら第一の門のフィールドに護衛なしで入らないといけなくなるのだ。

 そう、門の外は戦場! 魔物がいつ出てきたっておかしくないところなのである。

 そんなところに全く頼りにならないタカトと二人だけで行くなんて……絶対に無理!

「ヨークさん! 今日は早上がりでどこか行くんじゃなかったんですかァ!」

 機転を利かせたビン子の一言にヨークの体がピタリと止まった。

 そして、振り返ったヨークの顔は、すでにだらしなくデレていた。

「そうだったぁ~ 今日は早上がり! メルアとずっと一緒だもんね!」

 もう、ベッツの事など頭には無いようである。


 パシャ! パシャ! パシャ!

 ベッツの逃げ込んだ横道からはチェキのシャッター音がいくつも響いていた。

 路地横の屋根上からイサクが次々と写真を撮っていたのだ。

 そして、通りの奥へと逃げ込んでいくベッツの背後では、うす紫のウェーブの髪をゆらす一人の少女がわざとらしく大げさに倒れ込んでいくのであった。

 「あ~れぇ~」

 その演技と言ったら……見ている方が恥ずかしくなりそうなぐらい下手。

 ほっそりとした美貌からは想像しにくいほどの大根役者、いや、桜島大根役者級!

 たとえれば、人気アイドルがドラマに出て、台本を棒読みにしているような光景なのである。

 確かに熱狂的なファンであれば、この光景、生唾ものなのかもしれない。

 というのも、倒れた衝撃で彼女の大きな胸の肉が、衣装の間からぼたもちの様に少々押し出されているのだ。

 おそらく胸の大きさだけなら確実に桜島大根を超えている。

 そんな少女であったが、先ほどからその目は、演技とは思えないほどいやらしい笑みを浮かべていたのであった。


 そう、この日の夕方に発行された一つの夕刊が聖人世界を震撼させたのである。

 まだ時間はかなり先の事であるが……作者が忘れる前に書いておこう……

 その夕刊のおかげで、ベッツ君……

 顔だけでなく全身を着ぐるみで隠さないと外すら出歩けなくなっていたのだった。

 ――なんで俺が……こんな格好を……しなければいけないんだよ……

 その様子はロールキャベツ。

 誰かからの視線に捕まらないように、まるで隠れているかのようでもある。

 もしかしてヨークから隠れているのだろうか?

 いやいや、ヨークならまだいい方だ。

 一発殴られたらそれで終了なのである。

 おそらくその一発でアゴは砕けて血まみれになることだろう。

 だがしかし、命まで失うことは決してない。

 そう……今、ベッツが恐れているのは、そんな生易しい存在ではなかったのだ……

 いつしかベッツは聖人世界のほぼすべての人間を敵に回していたのである!

 意味が分からない?


 というのも、その夕刊の一面には、宿場町で怒った鶏蜘蛛や人魔の騒動などではなく、全く別の事件がでかでかと全面に掲載されていたのだ。


 その見出しは……

  『アイナ襲撃される!』

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