第64話 第六の騎士の門(12)

 真音子はあきれ顔でハゲ太に声をかけた。

「ハゲ太さん、一日待てばご返済のめどがお立ちになるのですか?」

「はい……かならず……」

 顔を上げたハゲ太の目はかすかに震えていたが、懸命に笑みを作ろうと頑張っていた。


 だが、その瞬間、真音子の横に立つイサクが怒鳴り声をあげた。

「このハゲ! そんあなわけないだろうがぁぁぁぁぁ!」

 その剣幕に、のけぞるハゲ太。もう、生きた心地はしない。

 ひぃぃぃぃ!

 よほど、この紙袋のイサクが怖いと見える。

 いや、たしかに、裸エプロンに紙袋をかぶっていれば、かなり怖いだろう……


「てめえのカマバーの給料日は今朝だろうが! 今のお前にカマバーの給料以外に金の当てなんてあるのか? あるわけないだろうが! このハゲ!」

 というか、なんでそんなことを知っているのだろうか?

 いやいや、顧客情報の収集管理は取り立ての基本です!


「なら、この家のモノを全て売ってでも……お返しします……だから……」

「こんなちんけなオカマドレス売っても銅貨1枚10円にもなりゃいないだろうが! なんならオッハーに売ってみろ! 確実に買取拒否だからな! コラ!」

「なら……どうすれば……」


 あきれたイサクは進み出ると、自分の顔をハゲ太の顔に近づけて威嚇した。

「おまえ、マジでそれ言ってんのか?」

 紙袋に開いた穴からイサクの獣のような目がハゲ太を睨んでいた。

「はい……」

 紙袋越しに大きなため息が聞こえた。

「はぁ? なら、ハゲ子と一緒に奴隷にでもなって駐屯地で働いてこいよ!」

 ハゲ子の名前を聞いた瞬間、ハゲ太は目にいっぱいの涙を浮かべ、口から唾を飛ばしながら必死に懇願する。

「ハゲ子だけは! ハゲ子は今、将来、役人になろうと神民学校で懸命に頑張っているんです! だから! ハゲ子だけは!」


 その必死の様子を見た真音子が、突然口をはさんだ。

「そうなんですか……ハゲ子さん、勉強頑張ってらっしゃるんですね……」


 なんか、真音子がハゲ子の努力を理解してくれたような気がしたハゲ太は、嬉しそうな表情を向けた。

「はい!」


 そんな真音子もまた、嬉しそうな表情をしている。

「なら、ハゲ太さん、お父さんも頑張らないとダメですよね♪」


 ――確かに……ハゲ子が頑張っているのに……俺は何をしているんだ……

 そんな真音子の声に、ハゲ太はガクッとうなだれた。

「そうなんです……俺……ふがいなくて……スミマセン……」


 真音子はニコニコと続ける。

「別に謝らなくてもいいですよ。私は、貸したお金を返していただければそれでいいわけですから」

「スミマセン……」


 だが、さきほどから真音子の声は軽やかだが、目は恐ろしいまでに冷たいまま。

「謝っても、お金がないのならダメですよね……人として借りたものはちゃんと返す。これって常識ですよね。ハゲ太さん♥」

「……」


 黙ったままのハゲ太を見ながら、ちょっと困った顔をする真音子。

「黙っていては分かりませんよ……」

「スミマセン……もう少しだけ……」

「でもハゲ太さん、正直に言って、今月はもう入金のあてがないんでしょ」

 その問いにコクリとうなずくハゲ太。


「それなのに待ってくれっておかしくないですかぁ?」

「……」


「なめてんじゃねぇぞ!」

 瞬間、真音子の足がイサクのケツを蹴り上げた!

 イテっ!

 ――というか、なんで俺?

 イサクは、ケツを押さえながら背後を振り向いた。

 そこには、烈火のごとしオーラを身にまとった真音子の姿があった。

 ――ひぃいっぃ!

 なぜか紙袋の中のイサクは怯んだ!


 そして、真音子の怒号一声。

 「オイ! コラ! てめえ内臓を売ってこい! 融合加工の素材で高く買ってもらえるから今すぐ売ってこい!」


 その真音子の豹変ぶりにハゲ太もびびりまくり。

「ひぃいっぃ!」


 真音子はスッと椅子から立ち上がるとハゲ太のまえでケツを押さえるイサクを力いっぱいに払いのけた。

 その反動で転がるイサクの巨体がそばの木のテーブルを勢いよく押し潰していく。

 ガッシャーン

 可憐な少女とばかり思っていたのにその腕力、恐るべし……


 怖い顔をした真音子が前かがみになりハゲ太に顔を近づける。

 先ほどまで可憐だと思っていた面影が、まるで蛇のように冷たく鋭いではないか。

「安心しな。元金と利息を回収した残りは、ちゃんと娘のハゲ子に渡してやるからよ。だから、今すぐとっとと解体されて来いよ」

 もう、生きた心地がしないハゲ太は、震えながら床に頭をこすりつけた

「それだけは許してください……それだけは……」


 上半身を伸ばした真音子は、見下すような視線をハゲ太に落とした。

「なら一つチャンスをやるよ」

「えっ」

 ビックリしたハゲ太の顔が勢いよく上がった。


「街に鑑定の神が現れたそうだ」

「……」

 キョトンとするハゲ太。

 その勘の鈍さにいら立つかのような少女は声を荒らげる。

「ハゲ子のためにもどうすればいいのか、もう、分かるよな!」

 ⁉

「あ! ありがとうございます!」

 と言い残したハゲ太は、一本歯下駄をはくと同時に勢いよく玄関から飛び出していったのだ。

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