第65話 第六の騎士の門(13)

 ハゲ太がいなくなった部屋に取り残された二人。

 押しつぶされたテーブルの破片を払いながらイサクが不思議そうに尋ねた。

「お嬢……どうして、街に出たという神の事を教えたんですか? ここは、ハゲ子の医療の国の特待生になったことを教えて、娘の奨学金からきっちり回収した方がよかったんじゃないんですか」

 というか、今日の朝に決まった情報をこの二人が知り得ているとは驚きである。

 だが、そんなことは朝飯前。

 というのも、この二人、第七の騎士一之祐の神民である金蔵家のモノなのだ。

 金蔵の家は、情報の収集に長けていた。

 それは、まるで情報の国の忍者たちのように至るところに目や耳を潜ませているのである。


 真音子は、疲れたと言わんばかりに椅子に腰をストンと落とした。

「あの特待生制度はなにかおかしいですからね。是非、きっちりと医療の国に行ってもらわないと」

「だったらなおのこと特待生になったことを教えてやった方がよかったのでは?」

「ただ、あの特待生になったものは、誰一人として医療の国から戻ってきていません。いや、もしかしたら、医療に国にすら行ってないのかもしれませんし……」


 イサクは何か思い当たったのか、ポンと手を打った。

「もしかして、それでアネサンが医療の国に行っているんですかい?」

「そうですね……医療の国に行っている座久夜さくやお母様がハゲ子さん達と出会えれば、何も問題なしです。しかもそのあとは、お母様がきっちりと貸したお金を回収してくれるでしょうし。でも……お母様がハゲ子さん達に出会えなければ……」


「出会えなければ?」


 真音子の目が鋭い眼光を放っていた。

「おそらくアルダインが何かを企てているということです。最悪、お父様がご心配されているように魔の国とつながっているのかもしれません」


 その言葉にイサクは慌てふためいた。

「魔の国と⁉ ちょっと、それ国家反逆罪じゃないですか!」

「そう、だからこそハゲ子さんとハゲ太さんにはちゃんとエサとして泳いでもらわないと……」

 いつしか、真音子の目が嫌らしくニヤッっとした笑みを浮かべていた。


 だが、イサクは何か腑に落ちなかったようで質問をつづけた。

「なら、余計にわかんないっすよ……なんでさっき神の事を教えたんですかい?」


 真音子は大きく息をつくと力なく天井を見上げた。

「…… 一つの賭けです……」

「賭け?」

「もし、ハゲ太さんが鑑定の神と出会って神の恩恵を授かれば、おそらく自分の運命を知ることができるでしょう。ならば、ハゲ子さんが特待生になることを全力で止めるかもしれません。そして、それができなければ、それまでということです……」


「お嬢……もしかして、ハゲ太とハゲ子を見殺しにすることに負い目を感じているとか……」

 と、イサクが発した瞬間、真音子の顔が赤面した。

 そして、勢いよく椅子から立ち上がると命令するのだ。

「やかましい! 今日の仕事はこれで仕舞や! 帰るぞ! イサク!」


 そんなことがあっての第六の門前広場に早送り!

 倉庫の中で守備隊長のギリーが、積み込まれた荷物を指さし確認していた。

 どうやらタカトとビン子の二人は、守備兵たちの手伝いもあって配達の荷物を運び終わったようである。


 いましがた検品が終わったギリー隊長が、サインをした受領書をタカトに手渡そうとしていた。

「いつも助かるよ。もう一つ、ついでに仕事を頼まれてくれないか。毒消しを第一の門外の駐屯地に運ばないといけないのだが、第一の門の運送屋が遅れていてな」


 第一の門は、中央の神民街を挟んで第六の門と、ほぼ反対側に位置していた。

 一般国民であるタカトたちが第一の門に行くには、神民街を囲む城壁をぐるりと回って行く必要がある。

 第六の門の近くにある権蔵の家からは、結構、離れていたのだった。


「えー、面倒だからいいですよ」

 速く家に帰って道具作りをしたいタカトは、顔の横に小さな万歳をしながら全力で断った。


「そこを何とかならんか。第一の門外の駐屯地に何かあったら、わしの責任になる。奮発して金貨1枚出すから、頼むよ」

「金貨1枚……旦那……何か忘れてやいませんかい?」

「お前……覚えていたのかよ……」

「お天道様が忘れても、決してこのタカトは忘れやしませんぜ! アイナちゃんの写真集!」

「分かったよ……戻ってくるまでに、持って来ておいてやるから……それでどうだ?」

「ハイ! ぜひ、やらせていただきます!」

 目を輝かせながらギリー隊長の手を取った。

 速い!

 タカトの態度が急変していた。

 先ほどまで嫌がっていたとは思えないほどの変わりようである。


 その横で、やれやれとあきれるビン子。

「タカト。じいちゃんが門外に出るなって言ってたじゃない」


 タカトはビン子に目をやりながら口止めをする。

「あとでなんか買ってやるから、じいちゃんには黙っておけよ。絶対だぞ!」

 と言うことは、そのもらう金貨はタカトががめるつもりなのか。

 権蔵に渡すつもりはさらさらないらしい。

 ビン子への口どめそれが決定的な証拠であった。


「セコぃ」

 ますますあきれるビン子ちゃん。

 一瞬、権蔵にチクってやろうかとも思ったが、自分も怒られるのはちょっとイヤ。

 さてはて、どうしたモノかしら。


 ギリー隊長は、広場の端から歩いていくる一人の男を呼びとめた。

「おーい、ヨーク」


 ヨークはつい今しがた、鶏蜘蛛騒動に遭遇したメルアを連れ込み宿に送って、ここ第六の宿舎に帰ってきたところであった。

 だが、ピンクのオッサンとメルアにしばかれた首がまだ痛いようで、コキコキという音を立てながら頭を振っていたのだ。

 ――なんか……まだ、耳鳴りがするな……


 まあ、そんなことを知る由もないギリー隊長は

「こいつらの護衛で、第一の門の駐屯地まで行ってくれ」


 それを聞くや否や、ヨークは顔の横に小さな万歳をしながら答える。

「えー、面倒だからいいですよ」


 ギリー隊長は腰に手をあてため息をついた。

「ヨーク、お前もか……終わったら、早上がりしていいから」


 すぐさま顔にうれしき色が指すヨーク。

 ギリー隊長の眼前まで全速力で駆け寄ってきた。

「隊長! 今日は終わりっすか! それなら任せてください!」


 ――顔が近い! 顔が!

 そのヨークの勢いに、ギリー隊長は体を後ろに反らせ距離を取る。その顔は、なんとなくひきつっていた。

「いや……まだ終わってないからな。それから、ちゃんと報告はしろよ。報告は」


「了解でーす」

 ヨークは、その言葉が終わるのを待たず、タカトたちの前を横切っていく。そして、右手の人差し指を天高く突き上げ前へと振り下ろす。


「さぁ行くぞ少年たち!」

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