第39話 いってきま~す(8)

 そんな二人の様子に焦ったのかコウスケは、「タカト! お前じゃない。ビン子さんだけだ!」と声を荒らげ制止した。


「え⁉ なんで?」

 自分のカバンを担ぎ終わっていたタカトは、中腰のまま固まってしまった。

 その横では今にも御者台から降りようとしているビン子がシメシメという笑みを浮かべているではないか。

 ――ちっ! ビン子の奴! 自分だけ逃げるつもりか!

 睨みつけるタカトの目には、まさにバイバイと言わんばかりにに小さく手を振っているビン子の姿。

 ――そうはさせぬ!

 タカトの脳内コンピューターがすぐさま計算をはじめた。

 こういう時の勢いはスパコン富岳をも超えるのだ。

 ビン子を逃がさずに、自分だけ逃げる方法は何だ! 答えよ! 俺の頭脳!

 

 ピコーン!

 タカトは何かに気が付いた!

「なあ、コウスケ。お前、俺と一緒に荷物を運ぶつもりなのか?」


 薄ら笑いを浮かべるタカトの問いかけに、一瞬キョトンとするコウスケ。

 たちまち、しまったという表情に変わった。

 そう、コウスケがビン子と代わるということは、配達先の第六の門までタカトとランデブーをするということを示しているのだ。


「えっ! それは……」

 困惑する表情を浮かべるコウスケ。

 そんなことに気づかないとは、コイツはかなりのうっかり屋さんである。


 確かにコウスケはビン子のためならと思いもしたが、タカトと一緒にあの狭い御者台に乗るのは御免こうむりたい。

 だが……

 だがしかし、そう拒否する心のどこかでは、それもそれでありのような気もしないでもなかった……


 というか、コウスケ自身、ビン子をデートに誘うために毎朝、ココで待ち伏せをしているのであるが、その実は、今回のように、タカトに戦いを挑んでいるだけなのだ。

 これではビン子を口実にタカトにちょっかいを出しているようにも見える。


 ――あれ? 俺は……もしかして……タカトの事を?

 ならば、ランデブーはランデブーでいいのではないのだろうか。

 ――いやいや……タカトは男だろ! そもそも伴侶になりうるわけがないだろうが!

 しかしまぁ、世の中にはピンクのオッサンと言う中性?的な存在もいらっしゃるわけですので、決して不可能ということではなかろうかと。

 どうやら、先ほどからコウスケの頭の中では、意味の分からぬ思考がぐるぐる回っているようであった。


 ここで満を持してトドメの一撃!

 タカトがコウスケの思考を落しにかかった。

「なぁ、コウスケ、俺と変われよ。それなら万事、解決するだろ?」

 今度はタカトがビン子を見ながらウッシッシと嫌味な笑みを浮かべていたのだ。


 それを見るビン子の顔が引きつった。

 ――しまった! 奴に一計を案じられたか!

 だが、時すでに遅し。先ほどからコウスケはシンキングタイムに入り込んでいる。

 あの状態、いつ同意の返事を発しかねるか分かったものでない!

 ヤバイ! ヤバイ! ビン子ちゃんピーンチ!


 ならば!

 「ファ……ファイナル・アンサ~?」

 苦し紛れのビン子は、みのもん○のモノマネをした!

 そう、ここで返事を催促するように見せかけて、再度、その思考を迷わせる作戦に出たのである。


 だが、次の瞬間、ビン子の顔は青ざめた。

 そう、まだコウスケのファイナル・アンサーが出ていなかったのだ。

 本来この作戦は、出された回答を惑わすためのもの。

 だが、いまだにその元になる回答がないのである。

 これではまるで、単にコウスケに回答を催促しただけではないか。

 ――しまぁったぁあっぁぁぁ! ビン子ちゃんピーンチ・アゲイン!

 

 だが、コウスケから返ってきた回答は、

「断固断る! お前を助ける義理はない!」

 だった。


 ――ちっ⁉ 作戦失敗か!

 苦虫を潰すタカト。その横では、ビン子がほっと胸をなでおろしていた。

 義理でも感じたのかビン子が、コウスケを心配するかのようにやさしく尋ねた。

「ところでコウスケ、神民学校の時間じゃないの? 大丈夫?」

 

 ――!?

 どうやらその言葉に、コウスケは神民学校の登校時間を思い出したようである。

 だがそんな始業ベルは、はるか当の昔に鳴り終わっていた。


「うわぁ! 大変! 大変!」

 突然、慌てた叫び声が土手の上にとどろき渡った。


 だが、その大声の主はコウスケではない。

 荷馬車の後ろからかけてくる女たちのモノであったのだ。


 しかも、その女たちの様子は滑稽そのもの!

 かなり焦って家から飛び出してきたのだろう。

 長いスカートを踏みつけないように両手で引っ張り上げる下からは、ももひきと一本歯下駄が覗いていた。

 また別のセーラー服の女子高生は、きっと先ほどまで朝食を食べていたのだろう。口にはおいもパンをくわえ、頭にはなぜかオイルパンを抱えて走っている。

 こちらは着替えていた最中なのだろう。ボディラインにぴっちりの黒のライダースーツ。その途中まで引き上げられたファスナーからは豊満な胸の肉が覗いていた。

 その最後を走るのは全身黒タイツに骨のデザインをあしらった女! 何やら「イィィィ!」と奇声を発している。何がいいのやら、さっぱりわからん。

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