第38話 いってきま~す(7)
目が覚めたタカトはどこかくらい部屋の中にいた。
体を動かそうとしても動かない。
どうやら、冷たい台のうえに寝かされ、四肢を何かベルトのようなもので固定されているようである。
そんなタカトの頭の上からナース帽をかぶった二人の幼女たちがのぞき込んでいたが、何故だかその顔は、ぼやけてよく見えない。
「こ……ここはどこだ!」
懸命に足掻くタカト。
「俺を自由にしろ!」
そんな暗い部屋のどこからなのか、低い声が流れてきた。
「ウァハハハアハ 天塚タカト! ようこそ我がツョッカーに来てくれた!」
「なに! 俺はツョッカーなどに入った覚えはない!」
「おそいのだ天塚タカト! 君が意識を失っている間、我がツョッカーは、その16才とは思えぬ小さなウィンナーに改造手術を施した。そう、今や君はアダム因子を覚醒せし改造人間となったのだ!」
「改造人間⁉ そんなもの信じるものか!」
そこで、はっと目が覚めたタカトは、馬車の下で逆さまにフルちんで転がっていた。
そんなタカトの隣では、先ほどの腰の曲がったおばあちゃんが、むき出しのウィンナーに向かって手をこすり合わせているではないか。
「ありがたや……ありがたや……」
このおばあちゃん……もしかして、若かりしときを思い出したのであろうか?
いや、その拝み方はまるで、そこに小さな神様でもいるかのように真剣そのものであったのだ。
――何だこれ?
この状況が理解できないタカト。
御者台の上でホーリーウォーターを打ち出そうとしたところあたりから記憶がないのだ。
きっとホーリーウォーターを漏らすまいと、ギュッとまた下に力をいれて我慢しすぎたせいなのだろう。
なにやらいやな夢を見たことだけはかすかに覚えていた。
まぁ、その内容はムフフな本に連載されている青年漫画のように、そのほとんどがフィクションなのである。
だがしかし、アダム……その言葉だけは妙にタカトの脳裏にひかかっていた。
そんなタカトは、すぐさまズボンを上げた。
「あぁ……神様がお隠れになられた……この世は終わる! 終わってしまう……世紀末じゃぁ! エウア様お助けをぉ! ヒャァハァァァァァァ!」
おばあちゃんが、突然、半狂乱の様に吠えながら土手の道を走り去っていくではないか。
そんなおばあちゃんの上では、先ほどから三羽の黒いカラスが不気味な鳴き声を上げながら旋回し続けていた。
その様子を呆然と眺めるタカト。
なにか悪寒にも似た薄気味悪い気配が、体の表面をザワザワと走りぬけていく。
――うぅ……おしっこ漏れそう……
タカトは咄嗟に、土手下に向かって仁王立ちをした。
ジョボジョボジョボ……
空に向かって射出される黄色いホーリーウォーターとともに、タカトの魂が天に召されていくかのような錯覚を覚えた。
――き……きもちぃぃ!
しかし、確か土手下には幼女たちが……いたような……いなかったような……
まぁいいや! このままではなんだかホラー小説になってしまいそうだ!
そう、これはギャグ小説! コメディなのだ!
えっ? バトル物のハイファンタジーだろって?
まぁ、そうとも言う!
オホン! 咳払い一つ、ホーリーウォーターを打ち尽くしたタカトはゴキブリのようにそそくさと御者台に戻っていった。
って、コイツ……手を洗ってないよね……
そして、そんな親指で背後の荷台を肩越しに指さしながら、コウスケを睨み付けたのだ。
「大体いま、配送の途中だ。見たら分かるだろ! なら、お前が代わりに運んでくれるっていうのかよ」
作者のやつ、無理やり話を戻しやがったよwww
「ビン子さんのためなら、いくらでも運んでやるぞ!」
びしょ濡れとなったコスチュームを、ちょうど学校の制服に着替え終わったコウスケ。
タカトは、てっきり「お前の言うことなど聞くものか!」などと怒鳴ってくるものと予想していた。
そのため、若干、真顔のコウスケの答えに一瞬驚いた。
しかし、御者台に座るタカトとビン子は、お互い顔を見合わせるとニヤァっと示し合わせるかのように笑みを浮かべたのである。
「ラッキー! じゃぁ、お願いしやーす」
「コウスケ! ありがとう♥」
この二人、よほど配達が面倒だったのだろう。
というのも、今日の荷物は防具など重いものがいっぱい積み込まれているのだ。
当然、この荷を下ろすのもタカトたちの仕事である。
しかも、積み込みの時と異なり権蔵の手助けは全くない!
もう、それを思うとイヤでイヤでたまらないタカト。
そして、ビン子は絶対にタカトの奴は何か理由をつけて逃げるに違いないという確信に近い疑念を抱いていたのだ。
そんな二人、思いを異にしていたが、願いは同じであった。
何とかして自分だけは逃げたい……
ということで、コウスケの気が変わらぬうちにと、急いで自分たちの荷物をまとめ始めた。
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