第12話 タカトの心(2)
その日も配達を終えたタカトとビン子は、食材を買いにコンビニへと足を向けていた。
ほぼ真上にある太陽が、二人の肌をじりじりと照り付けて汗をにじませる。
「ビン子ぉ~ これでやっと、ちゃんとした飯が食えるな♪」
「あっ! 私、エビフライが食べたい!」
「お前なぁ、そんな贅沢は祭りの時だけにしとけよ!」
「えぇぇ! タカトのケチ! 一本でいいから! ね! お願い♥」
「って、お前だけ食べる気かよ!」
「エヘヘヘ、バレた?」
二人が歩く石だたみは、何年も舗装をされていないようで、ところどこ下地の土をのぞかせていた。
そんなデコボコ道の先に、目指すコンビニがあったのだ。
だからと言って、この融合国の街並みが現代日本風や純和風というわけではない。
どちらかというとロープレゲームに出てきそうな、いや、某アニメのきん魂(注:商標権に抵触する恐れがあるため一部省略しております)のような和洋中が入り混じった少々おかしな街並みなのである。
まぁおそらく、大門が異次元世界につながっているらしいので、きっと、いろんな文化が混じりこんでいるせいなのだろう。
「ねぇタカト……なんか臭わない?」
ビン子が鼻をつまみながら辺りをきょろきょろと見回した。
その言葉に、一瞬ドキッとした表情を浮かべたタカトは、それとなく汗がにじんだ自分のワキのニオイを確かめた。
――この服……最後に洗ったの、いつだったっけ?
だが、洗濯をしようにも、タカトはこの服一枚しか持っていないのだ。
そのため、何年も着まわされたそのTシャツは常に薄汚れ、少々洗ったぐらいではニオイなど落ちるはずもなかった。
というのも、権蔵の家は貧乏である。
タカトが配達の代金を無くさなくとも、そもそも奴隷である権蔵は超貧乏なのだ。
当然、タカトやビン子らにまともに服など買い与える余力などあるわけがない。
それでも権蔵は何とかやりくりをして、季節の変わり目ぐらいにはと真新しい服を買ってくるのだ。
ところが、タカトはアイナちゃんのTシャツがお気に入りと言い張り、新しい服を着ようとしない。
それどころか「こんなの俺のセンスじゃないからお前が着ろよ!」とビン子に投げつけるのである。
そんな何年も着古されTシャツは、今やババアの肌のようにしわくちゃに黒ずみ、生乾きの雑巾のようなニオイを常に漂わせていた。
だが、ビン子が感じた異臭は、タカトのモノではなかった。
ビン子にとってタカトのニオイなど家のニオイと同じ。
慣れてしまえば、ちっともくさいと感じないのだ。
まあ、世の中にはめっちゃくちゃ臭い食べ物であるシュールストレミングの香りでさえ、おいしいと感じる人だっているのだ。きっと、ビン子もそうなのだろう。
コンビニの前では、タカトと同じぐらいの年恰好の少年少女たちが10人ほどたむろっていた。
こんな風景、日本のコンビニでもアルアルですね。って、最近は見かけないかな。
だが、よくよく見るとその集団の中に黒い塊が転がっていた。
しかも、その塊を少年たちが笑いながら蹴っ飛ばしているではないか。
周りでは、はやし立てる少女たちの笑い声。
いきがる少年たちは、ますます調子に乗っていく。
ゴソゴソ動く黒い塊は、もしかして野良犬か? いや違う……どうやら人のようである。
それは、薄汚い黒いローブをまとった一人の老婆。
タカトなんかその足元にも及ばないほどのハイクラスの不潔さだ。
たとえるなら、タカトをトイレの中に浮かんだ出来立てホヤホヤのウ〇コとするならば、その老婆は肥溜めの中でしっかりと濃縮熟成されたウ〇コといったところ。
どうやら、ビン子が先ほどから感じている牛乳と納豆が腐ったような匂いは、その老婆の汚いローブから漂っているようであった。
って、納豆は元から腐っていたか……
ちゃうわい! それは発酵や! 腐っているのとは別物や! 言い直せ!
そうこうしているうちに、リーダー格とおぼしき少年が老婆の腹に蹴りを入れた。
うごっ! 蹴り上げられる足とともに、老婆の小さき体が跳ね上がる。
だが、その体は崩れるようにうずくまると今度は大きく震えだした。
口にやられたしおれた手の隙間からは、真っ赤な血がとめどもなく流れ落ちていく。
いまや、老婆の体の下には赤き血だまりが広がっていた。
しかし、周りを行きかう人々は誰も老婆を助けようとはしなかった。
それどころか、まるで円でも描くかのように冷たい目をしながら避けていくのだ。
その目は、さもそこに生ごみでも転がっているかのように迷惑そう。
もしかしたら、その視線は老婆だけではなく、乱暴を働く少年たちにも向けられていたのかもしれない。
その様子を見たビン子は、とっさにその老婆のもとへと駆けつけると、蹴り上げる足にしがみついた。
「ベッツ! やめて!」
このリーダー格の少年、名をベッツローロ=ルイデキワ 通称 ベッツという。
一般国民であるタカトやビン子と異なり上流階級の神民である。
そう、騎士につぐ身分。とてもえらいのだ。
まぁ、えらいと言ってもベッツ自身が偉いわけではなく、騎士の門外に存する駐屯地への輸送業務を
そんな成金ベッツの小太りした体は、おでんのキャベツロール並みに内臓脂肪をたんまりとため込んでいた。
おそらく普段からきっと、いいものをたらふく食わせてもらっているせいなのだろう。
当の本人はイケていると思っているのかもしれないが、頭の上の金色のモヒカンはまるでキューピーちゃん! 鏡を見て出直して来い! このブタ!
そんなキューピーちゃん! もといベッツは突然のビン子の出現に驚いた。
「おっ! ビン子じゃないか!」
もう老婆のことなどどうでよくなったのか、蹴るのをやめてビン子の手を掴みとっていた。
どうやら、ベッツはビン子に気があるようなのだ。
「なぁ、ビン子! 俺らと遊ぼうぜ! 遊んでくれたらこの金やるぜ。ほらほら、欲しいんだろ?」
指先でつまむ一枚の銀貨をビン子の鼻先でいやらしく揺らして見せた。
「バカにしないでよ! なんでアンタたちと!」
ビン子は、見下すかにように揺れる銀貨を懸命に手ではらう。
――貧乏人のくせに!
袖にされたベッツは、少々、面白くない。
――せっかく俺が誘ってやっているのに。この女!
自然と、ビン子を握る手に力が込もった。
「痛い!」
ビン子が悲鳴を上げる。
「ベッツ! その汚い手を放せよ!」
その時、タカトが背後からベッツの肩を掴んだのだ。
まさにその登場シーンは、ヒーローそのもの!
カックイィィ! タカト君!
そんなタカトは握る手に、さらに力をこめた!
ぎゅっ!
だが、非力!
非力のためベッツは痛がる様子を全く見せない。
あれ……?
それどころか、
「おいおい! タカトもいるぜ!」
と、タカトを見ながらニヤニヤと笑いだし、まわりの少年たちに目配せをし始めたのだ。
それに合わせるかのように周りの少年少女が、思い思いに口笛を吹いたり、はやし立てたりし始めたではないか。
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