第11話 タカトの心(1)

 カレーのついた芋をほお張るたびに絶叫を上げ続けているタカト。

 権蔵はそんなタカトをうっとおしそうに見つめていた。


「おい……タカト……配達の帰りに食材を買ってくるのを忘れるなよ……」

 ビン子の食事当番が来るたびに『電気ネズミのピカピカ中辛カレー』を食べさせられたのではたまらない。

 せめて普通の食材があれば、迷惑コックのビン子といえども、もう少しまともな料理が作れることだろう。


 だが、権蔵は一瞬、嫌な予感がした。

 しかも、その予感にとらえられていくかのように、権蔵の表情は不安の色を濃くしていった。


「なぁ、タカト、頼むから今日だけは……せめて酒だけでも買って来てきてくれ……」

 しっかりと釘をさすようなその口ぶりは、タカトの仕事がかなり困難なミッションであるかのように思わせた。

 だが、それは『騎士の門』の守備隊に汎用道具を納めて、その帰りに『一般街』の店で買い物をして帰るという簡単なお仕事……のはずである。


 もしかして、この聞きなれない騎士の門とやらが危ないのでは? そう思った人も多いのではなかろうか。

 そう、騎士の門とは聖人世界に存在する4種類の『門』の一つなのである。

 騎士の門の外側に広がるフィールドを通じて魔物や魔人たちが住む『魔人世界』へとつながっているのだ。

 だが、騎士の門は容易に通ることができない。

 というのも、騎士の門を守護する騎士たちが『大門』を開ける鍵、すなわち『キーストーン』を守っているのである。

 当然、魔人世界にも『魔人騎士』が存在し、自分たちのキーストーンを守っている。

 そして、この二つの世界の騎士たちは互いのキーストーンを奪い合うために、はるか昔から争い続けていたのである。


 まあ、簡単にいえば騎士の門の外側のフィールドは、魔人たちと殺し合いをしている戦場なのだ。

 って! オイ! やっぱり魔物や魔人が出る戦場なんて危ないどころの話じゃないじゃないか!


 いや、違うのだ!

 タカトが配達する先は『内地』、すなわち融合国内に存在する門の内側なのである。

 要は門をくぐって門の外側のフィールドに入りこまなければ、さほど危険があるわけではない。

 だって、融合国内にいるのは『小門』から迷い込んできた小さき魔物ばかり。

 そんな魔物も守備兵たちが見つけ次第「汚物は消毒だぁァァァァ!」と言わんばかりに駆除をしているのだ。

 まぁ確かに、獅子の魔人のようなヤバイ奴も入り込んできているのも事実であるが、そうそう、そんな代物に出会うことはない。……多分。


 では、もしかして買い物をする場所が危ないところなのか?

 確かにタカトが買い物する店は危ない店である。

 危ない店であるが、別の意味で危ない店なのだ。

 そう、大人のオモチャやコスプレ商品が並ぶ、子供にはちょっと危ないオ・ミ・セ♥

 とはいっても、食材から酒まで何でもそろうコンビニエンスストアと言ったところなのだ。

 ……そう考えると……いたって普通やね……普通ぅ!


 なら、どうして権蔵は今にも泣きそうな表情を浮かべているのだろう。

 それはね、実は……タカト君が配達に行くと、なぜか権蔵じいちゃんの借金が増えちゃうんですよ。

 !?

 えっ? 意味が分からない?


 納品した道具を作るためにかかった材料代は支払わないといけない。これ常識ね!

 とはいえ貧乏な権蔵一家にまとまった金などあるわけない。はい! これも常識!

 ということは当然、納品で得た代金をその材料代に充てる自転車操業なのである。

 ところが、タカトは配達に行くたびになぜかお金を無くしてくるのだ。

 資金ショート! デフォルト! 夜逃げ! 首つり自殺! 一発K.O.! というお決まりのコンボ技が目に浮かぶ。

 そこで、権蔵は泣く泣く自分の主である神民からお金を借りて材料代の支払いに充てているのだ。


 ま……まぁ……だけど……タカト君も人間!

 お金を無くす失敗だってたまにあるよね。


 だが、それは一度や二度の事ではなかった……


「ピンクのドレスを着たの毛深いオッサンが、チェキ代としてもっていたんだョ!」

「昔話に出てくる大きな怪鳥が、月から飛んできてお金を咥えていったんだョ!」

 無一文になって帰ってくる度に、タカトは笑ってごまかした。


「このどアホ! そんな与太話があるわけなかろうが!」

 権蔵はタカトの嘘をすぐに見透かし怒鳴り声をあげる。

 だが、それ以上、責め立てることはしなかった。

 どうやらタカトのやっていることに、うすうすと気づいていたようなのだ。


 納品を終えたタカトは買い物に行くために街の中を進む。

 その街は一般国民が生活をする一般街である。

 神民たちがすむ『神民街』とは『城壁』で隔離された、下層民の住む街なのだ。

 その街の風景は、中心にある神民街から離れるに従ってどんどんとガラが悪くなっていく。

 タカトが買い物をするのはそんな街はずれ。

 常になにかしら騒動が起きていた。


 借金取りに追われて息を切らす女がいれば、その手をひっぱりお金を握らせた。

 魔物に襲われた家があれば、泣き崩れる未亡人の背後にそっとお金を置いてきた。

 そう、タカトは女に弱かったのだ……特に女の涙には……

 まぁ、かといって男にも喧嘩で勝ったためしもないのではあるが……


 タカトは、カレーのついた芋を口いっぱいにほおばりながら胸をはる。

「今日は、大丈夫だって!」

 へらへらと笑うタカトの様子は、首つり自殺のイメージからは程遠い。


 ――こいつには危機感というものが全くないのじゃろうか……

 そんなタカトの態度に苛立ちを隠せない権蔵は、ついに湯飲みを机の上にドンとおいた。


「このドアホが! この前もババアに病院代だって『金貨』をおいてきたんじゃろうが。大体、そのババアは本当に病人だったのか?」

 あっ! 金貨って言うのが、この世界のお金のことだからね!

 だいたい金貨一枚で10万円、銀貨一枚で千円、銅貨一枚で10円ってところかな。

 ちなみに頭に大がつくと10枚分ね! 例えば大銀貨は1万円って事だよ!


 『電気ネズミのピカピカ中辛カレー』によって唇を赤いタラコのように腫れあがらせたタカト。

「だって、突然、道の真ん中で赤い血を吐いてマジで死にそうだったんだョ。なぁ、ビン子」

 まるで自分の弁護を依頼するかのようにビン子へと目を向けた。


 そんなビン子は少し辛そうな表情で小さくうなずいた。

「うん……」


 確かに、この前もそうだったのだ……







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