第10話 いつもの朝のはずだった(4)

 これに驚いたのは権蔵の方であった。

 いつものタカトなら、「ごめん! ごめん! ネギラーメン! とんこつラーメン食べたいよぉ~♪」などと茶化してくるのである。

 当然、今日もそんな決まりきったやり取りが返ってくると思っていた。

 だが、ところがどっこい今回は、予想外の答えが返ってきたじゃぁあ~りませんか!

「どうしたんじゃ。急にしおらしくなりおって。風邪でも引いたか?」

 そんな権蔵は、真っ先にタカトの体調を心配してしまったのである。


 だが、ビン子は芋を静かにナイフで切りながらチャチャを入れた。

「バカは風邪をひきません」


 それを聞くタカトは勢いよく椅子の上に立ちあがる。

「うるせい。こちとらこの国一くにいちの融合加工職人を目指す天才様よ」

 そして、ドンとテーブルの上に右足を叩きつけると、前につきだした右腕で力強くガッツポーズをとっていた。

 そんなタカトのガッツポーズのいただきでは、フォークに刺された芋がなんだか申し訳なさそうに湯気を立てているような気がした。


 ビン子は、そんなタカトに目をやることもなく静かにフォークで芋を口に運んでいる。

「ごめん。馬鹿じゃなかった。アホな道具ばかり作っている、ただのアホだった」


 だが、権蔵は違った。

 目をギラリと光らせると自らのフォークをくるりと回し、次の瞬間、ドスンとタカトの足先に突き立てたのだ。

 「このドアホが! 机の上に足を乗せるなァ!」


 突き立てられたフォークがラテン音楽で使われる楽器のキハーダのように小気味こきみのいい音をたてていた。

 ビヨヨォォォォン!


 それを見るタカトの顔色が一瞬で吹き飛んだ。

 ヒィィィィィ!

 というのも、そのフォークがあと数ミリ近ければ、確実に足の指を貫いていたかもしれないのだ。

 タカトは、まるでウツボに睨まれたタコのように口をすぼめ、そそくさと足をおろした。


 だが、これで引き下がったのでは自称天才様の気が済まない。

 なんか、自分だけがボロ負けしたような気がするのだ。

 そんなタカトは負け惜しみのように、目の前の芋にクレームをつけ始めた。

「爺ちゃん、今日も芋かよ! 肉食わせろよ! 肉! 俺もだぞ!」


「贅沢を言うな……」

 そう言う権蔵は、呆れながらテーブルの上に置かれた鍋をフォークの先でコンコンと叩いた。

「ホレ! 昨日、ビン子が作ったカレーが残っているじゃろうが、それを芋にかけて食っとれ!」


 その鍋を見てタカトは一瞬うろたえた。

「昨日はビン子が食事当番だったのか……ということは、そのカレーって……あの『電気ネズミのピカピカ中辛ちゅうからカレー』だよな……」


「ちゃんと肉も入ってるぞ」

 意地悪そうに権蔵は笑みを浮かべている。


「肉って……あれ、ネズミじゃん! しかも、魔物の電気ネズミだし……こんなの食ったらボケモンのゼット技を研究している任〇堂に怒鳴られるわい!」


 それを聞くビン子、

「悪かったわね! 食材を買うお金がないんだから仕方ないじゃない!」

 と怒鳴ると、いきなり鍋の蓋を開け「文句言わずに食べなさい!」と言わんばかりにタカトの芋の上にドバドバとカレーをかけはじめた。


 だが、まだ鍋にはカレーが残っている。

 ビン子は、すかさず権蔵の皿にもカレーをつごうとした。


 しかし、一瞬、権蔵の動きの方が早かった。

 反射的に皿の上の芋を口の中に放り込むと、手を合わせてごちそうさまをしたのである。


 ちっ!

 舌打つビン子。

 手に持つオタマから『電気ネズミのピカピカ中辛カレー』が悔しそうに垂れ落ちていた。


 そんな不貞腐れるビン子をなだめるかのように権蔵はゴマをすった。

「まぁ、森でとれる食材だけで作っとる訳じゃから、さすがにビン子は名コックじゃて!」


 タカトは嫌そうに芋からカレーをよけながらツッコんだ。

「爺ちゃん……それ名コックじゃなくて、迷コック、いや迷惑コックだから!」


「なんですって!」

 すかさず、ビン子もオタマに残っていたカレーをタカトの口の中へとツッコんだ。

 そんなタカトの口がモグモグと動く。

 仕方なしに動くのだ。

 いや、動く以外方法がないのである

 だって、目の前では、怒り心頭のビン子さまが鬼のような睨みを利かしているのだから……

 ここで食わんかったら確実にシバかれる!


 モグ……モグ……もぐ


 カレーを食らうタカトの口が、途端にタコの口のようにすぼまった。

「ス……ス……スっパぁぁぁあ!」

 そう、口の中に何とも言えない酸っぱさが広がったのだ。


「キーーン!」

 かと思うと、「?」などと土佐弁による電飾ディスコで踊り狂うような放電刺激が鼻の奥へと突き抜ける。

 タカトはすでに鼻をつまんで後頭部を叩きまくっていた。


 でもって、その後に襲いくる激辛がタカトに天を仰がせるのだ。

 大きく見開かれた目と口から10万ボルトばりの絶叫が発せらた。

「グぎがぁぁぁ! の・昇るのボルトぉぉぉぉぉぉお!」


 ビシッ!

「なんで博多弁やねん!」

 すかさずビン子のハリセンが、タカトの後頭部にツッコみをいれていた。


 結局、食っても食わなくてもしばかれるタカト君……


 それを見る権蔵は、干した花びらが浮かぶ湯を口にしていた。

 ――もう、ケンカは終わったようじゃの……

 部屋の中には、いつものようなリラックスした香りが漂っていた。

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