第8話 いつもの朝のはずだった(2)

 ということで、再び俺のバトルフェイズ!

「でもなぁ、いつも自分の部屋で寝ろって言っているだろ!」


「ベッドがあいてるんだから、別にいいじゃない」

 すでにビン子はタカトをハリセンで叩いたことで気がすんだ様子、もう何事もなかったかのように落ち着いた声で答えた。


「大体、タカトは道具作りに熱中するとベッドで寝ないんだから、問題ないでしょう。昨日だって、道具作りで、そのまま机でグーじゃない」


 ベッドから降りたビン子は、タカトの顔を下からまじまじとのぞき込むと、さも、その様子をずーっと眺めていたかのように額についた道具の跡を指さした。


 ビン子は夜な夜なタカトが作業机に向かって真剣に道具作りをしている姿を眺めているのが好きだったのだ。

 しかし、ビン子にとってベッドから眺めるタカトとの距離は手を伸ばせば届く距離でもあるのにも関わらず遠く離れているように思えた。

 神と人間の恋だから?

 それとも、タカトがビン子のことを妹としてしか見ていないからなのだろうか。

 それもある……

 それもあるのだが……ビン子の中に、タカトに思いを寄せてはいけないような、ほの暗い何かが渦巻いていたのだ。

 いうなれば……それは、本命の彼氏がいるにもかかわらず、なぜか、他の男に思いを寄せてしまったかのような背徳感。

 だが、ビン子自身、自分のそんな気持ちが誰に向けられているものなのかはっきりとしない。

 もしかしたら、失われた記憶の中に答えがあるのかもしれないのだが……今は、まったく分からない。

 だからなのか……

 目の前のタカトに惹かれてしまうのである……

 彼の道具作りの際に見せる真剣な一面。

 そして、助けを求める人がいれば、わが身をいとわず助けに行く姿……

 まさにヒーロー!

 本来、そんな彼であればモテモテのはずなのだが……

 決まって最後が締まらないのだ……

 しかも、日頃のチャランポランな性格が全てをダメにしてしまう。

 そのせいで、ヒーローが単なる下ネタ好きのお笑い芸人になってしまっているのだ。

 だけど……

 だけど……自分だけは……そんなタカトの想いを知っている。

 しかし、そんな想いも、恋のライバルでもいれば優越感にどっぷりと浸れるのかもしれないが、残念ながらそんな偏食家が現れることは、多分この先ありえないだろう。

 というより、そもそも、こいつは目の前の道具作り以外、目に入っていないのだ。

 恋愛小説のように燃え上がるような恋をしたいと、ビン子が夜な夜な小説を読みながら妄想に励んでいるが、目の前の朴念仁ぼくねんじんのとうへんぼく野郎は、そんなことに気づきもしないで、今夜もドライバーを握っているのである。

 おそらく、こいつが興味があるのは道具作りとおっぱいだけ!

 実際にこの部屋にある本棚は、道具作りの参考書が半分、なんでこんなものに興味を持つのか全く意味が分からないが『乳房画像解像学にゅうぼうがぞうかいぞうがく』『乳房検査実践にゅうぼうけんさじっせんガイド』などの、おっぱいの専門医学書がその半分。

 残りは巨乳のグラビア写真集で、そのほとんどが巨乳アイドルのアイナちゃんが占めていた。

 そう考えるビン子は、なんだか無性に腹が立ってくるのが自分でもわかった。

 もうこの際だから、ベッドの下のムフフな本をまとめて捨ててやろうかと真剣に悩みはじめていたのである。


「いやいや、お前がベッドの上で寝ているから仕方なしにだな」

 負けじと自分の正当性をアピールするタカトであったが、正直なところビン子がいつ部屋にやって来たのか全く見当がついていなかった。


「タカトのほうが先に寝てたんですぅ」

 イライラが募ってきたビン子も簡単に引き下がるのが許せなくなっているようで、タカトの言葉に応戦しはじめた。

 もうすでに、そこに真実など関係ない。

 あるのは不毛なバトルのみ。

 どちらが先に相手をいいくるめることができるのかを、ただただ争っているだけだった。


 そんな時、廊下の奥から年老いた男の声が二人を急かすように呼び立てた。

「おーい、お前ら朝めしできたぞ。じゃれてないで早く来い!」


 声の主は権蔵ごんぞうと言う老人であった。

 権蔵は、腕のいい第1世代だいいちせだい融合加工ゆうごうかこうの道具職人である。

 融合加工とはこの国独自の技術で、魔物の組織と物質を融合し、その物質に特殊な能力を付与する技術のことなのだ。


「はぁーい」

「分かったよ」


 二人は互いの肩を小突きあいながら部屋を出ようとしていた。

 そんな時、タカトが、とつぜん笑いながらビン子の鼻頭を指さしたのだ。

「オイオイ、貧乏神のビン子さま、お鼻に何をつけられておられるのですか? もしかして、それが神の恩恵ってやつですかい」


 ちなみに、神の恩恵とは、神が起こす常人ではなしえない奇跡の事である。まぁ、強いて言うなら魔法みたいなものだ。


「もしかして、ビン子さまの神の恩恵は真っ黒なお鼻のトナカイさんですか! トナカイ様! 俺にハーレムください! 愛人ください! オッパイください!」

 タカトは頭を深々と下げると、頭上で合わせた手をパンパンと叩いた。


 ――えっ? 何がついているの?

 ビン子は、懸命に自分の鼻頭を見ようと両目をプルプルと震わせた。

 その鼻頭についている黒いシミは、どうやら先ほどタカトが鼻をつまんだ際についた油の跡。

 口をすぼませて両目を寄せるビン子を見ながら、タカトはさらに爆笑していた。


「タカトのバカァ! サイっテイっ!」


 といういか、プレゼントを配るのはトナカイではなくてサンタだろうが。

 そもそも、こういう乙女心を傷つける男のところにはサンタが来てくるとは思えない。

 いや、サンタではなく地獄のサタンなら、もうすぐそこまで来ているのかも。

 今日一日、無事に生きていられるかな? タカト君!

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