第3話 4

 それからわたし達は、お休みのたびに冒険者として活動するようになったわ。


 昔の冒険者は、毎朝ギルドまで行って依頼を受けたり、魔獣の出没情報や遺跡情報を確認していたそうだけど、魔道符が普及した現在では、わざわざギルドまで出向かなくても魔道符でギルドが公開している情報を取得できるんだって。


 ……まあ、魔道符を使えないわたしはできないんだけどね。


 そもそもの話として。


 何回目かの魔境探索でわかったのだけれど、わたしとニィナは魔獣に慣れすぎてて、強さの基準がズレてるらしいのよね。


 わたしの中では、おっきいわんこ感覚だった魔狼が、普通は冒険者パーティ単位で討伐する魔獣だって知って驚いたわ。


 魔狼なんて、最果ての森ではそこらにいるから、わたしペット感覚で餌付けしてたのよね。


 慣れると、あの子達ってウサギとかをお土産に獲ってきてくれるようになるのよ。


 そう告げた時の、クルツやソエルの顔は面白かったわね。


 ルシータはいつものように「さすクレ」連呼してたわ。


 ニィナも魔狼程度なら、ゲンコツひとつで退治できるみたいで、わたしの言葉に同意してたわね。


 そんなワケで、わたし達基準で獲物を選ぶととなると、オズワルド樹海のもっと奥まで踏み入らないといけないみたいで。


 それだとルシータが着いてこれないから、お仕事選びはクルツとルシータ、ソエルの三人で相談して決める事になったの。


 わたしとニィナは魔獣対処法のアドバイザーね。


 討伐した魔獣は、種類によってはギルドが買い取ってくれる。


 お肉は食用になるし、皮や骨なんかは加工して売るんだって。


 そして、もっとも高く売れるのは魔道器官ね。


 魔獣っていうのは、野生の獣が精霊や瘴気に触れた事によって、魔道器官を備えてしまった存在を指すの。


 当然、討伐すれば魔道器官が顕現して、回収できるようになるわ。


 それを魔道工房で加工して、魔道器が造られるのよね。


 そうして生み出された魔道器は、ただの刻印式の魔道器より高い性能を持ったものばかりなんだって。


 わたしは職人じゃないから詳しくは知らないけど、『魔道器官大事! かならず回収!』というのは理解したわ。


 そんなわけで、冒険者になって一ヶ月。


 エマさんが言うには、わたし達は異常な速度で魔獣を狩り続けている、期待のルーキーっていう立場を獲得しているらしいわ。


 あんまり自覚はないのだけれど、どこから聞きつけたのかクラスメイト達まで、その話を知っていて。


 庶民や旧貴族の子達はすごく称賛してくれるから、ちょっぴり調子に乗っちゃったり。


 反面、新貴族の子達は、元王女のクセに冒険者のマネゴトを――なんて、不快そうにしてて、ちょっぴりヘコんじゃったり。


 そんな日々を繰り返しながら、今日もわたし達は放課後に教室に残って、明日の冒険者活動について計画を練っていたわ。


「――みんなも慣れてきたし、そろそろ二層目に進んでも良い頃合いじゃないかって思うんだけど、どうかな?」


 魔道符から投影されたオズワルド樹海の地図を指差しながら、クルツがみんなを見回す。


 オズワルド樹海は、辺縁部から一キロごとを基準として、ざっくりと階層分けされているんだって。


 この一ヶ月、わたし達が探索していたのが一層と呼ばれてるエリア。


 魔獣より野生の獣の方が多くて、主な魔獣は魔兎や魔鶏。


 一番強いので魔牛かしらね。


 本当に運が良ければ――普通の冒険者にとっては運が悪ければ――魔狼と遭遇する事もある、比較的安全な初心者向けエリアね。


「生息魔獣は――」


 地図の二層目を示すエリアにソエルが触れると、リストが表示されたわ。


「魔狼と魔猪、魔鳥か。

 今の私達なら、問題ないな」


「――魔猪はウマいぞ。

 煮てよし焼いてよしの万能選手じゃ。

 甲殻や牙も高く売れる」


「わたくしも光や水以外の属性にも慣れてきましたし、足を伸ばすのは悪くないかと」


 ルシータもまた同意して。


「クレリアはどう?」


 クルツに訊ねられて、わたしはうなずく。


「問題ない、かな。

 魔猪はよく狩ってたし」


 わたしは最果ての森での生活を思い出しながら、みんなに説明する。


「アイツらって足が速いんだけど、身体が重いから、走り出したらすぐに止まれないのよね。

 だから初撃をかわして足元をすくってやれば、すごい勢いで転ぶのよ。

 そこをえいってシメて終わり。

 ――ね? 狩るのはそんなに難しくないでしょ?」


「待てマテ!

 それはクレリアだからじゃからなっ!?

 クルツやソエルが同じことやろうとしたら、自分の足が折れるからなっ!?」


「え、そうなの?」


 慌てて訂正するニィナに、わたしはクルツとソエルを見る。


 ふたりは苦笑しながら、わたしにうなずいたわ。


「アンタはごく自然に、身体強化を常駐させとるから気づいとらんじゃろうが、魔術の身体強化は瞬間的なもんじゃから、同じ事しようと思ったら、かなり訓練がいるんじゃ!」


 魔猪の足を引っ掛ける瞬間を狙って身体強化を喚起するのは、確かに大変そうね。


「……そもそも魔猪の突進をかわすのも、僕には一苦労かな」


「あー、まっすぐ走るわけじゃないしね」


「いや、そこじゃなく……」


 クルツがなおも否定を重ねて、わたしは首を傾げる。


「魔猪ってのは、魔道車並みの速度で走るだろう?

 普通のヤツは、そんなのかわせん」


 ソエルがクルツの言葉を補足。


「え、そうなの?」


 わたしが本で読んだ騎士の本には、十メートルを間合いとして一息一足飛びでその間合いを詰めるって書いてたんだけど。


 政府に復讐するには、そういう騎士を相手にしないといけないと思って、わたし頑張って鍛錬したのよ?


「……今の騎士って、ひょっとしてそうじゃないの?」


「これも魔術傾倒の弊害じゃな。

 騎士や冒険者の質も落ちとるんじゃよ。

 <第二次大戦>以前なら、魔猪や魔狼なんぞ初心者向けな獲物だったんじゃがな」


 ニィナはため息ひとつ、肩を竦める。


「じゃあ、まだ二層目はやめとく?」


 わたしは指遊びをしながら訊ねたわ。


 他の魔猪の退治方法なんて、わたし知らないもの。


 魔猪が出たら、わたしが全部片付けちゃうっていう手もあるけど、クルツやソエルは成長志向が強くて、できれば自分でやりたいって言うのよね。


「いや、そうでもないよ。

 突進してすぐ止まれないっていうのは、有用な情報だ。

 罠を仕掛けるとか、攻性魔術の集中砲火とか、やりようは色々あると思う」


「前に魔牛を討伐した時のように、足元に魔術で落とし穴を空けるという手段も取れますね」


「ああ、ルシータのアレ、すごかったね」


 魔牛の突進を止める為に、ルシータが土精魔術で土壁を作ろうとしたのよ。


 地面から土を集めたから、そのまま穴を作る事になって……


 偶然といえば偶然なんだろうけど、魔牛の足元がぽっかり穴になっちゃって、そのまま転落したのよね。


「ク、クレリア様がわたくしをお褒めに――」


 ルシータはそう呟いて、鼻を抑えて上を向く。


 入学してから時々見せる、彼女の謎の癖だわ。


 わたし達はすっかり慣れたけど、美人さんなルシータだけに、なんだか間抜けに見えちゃうから、他の人がいる時にはその癖は出さない方が良いと思うのよね。


 そんな時、机の中央に置いていたクルツの魔道符が振動を始めたわ。


 同時に、投影された地図に重なるようにして、エマさんの名前が表示された枠が投影される。


 エマさんからの伝話でんわね。


「エマさん? なんだろう?」


 クルツがその枠に触れると、文字が消えてエマさんが投影される。


『ああ、よかった。

 クルツくん、君にちょっと訊きたい事があって……』


「僕に? なんでしょう?」


 伝話の邪魔にならないように、わたし達は黙る。


 だから、静まり返った教室に、エマさんの声はやたらはっきりと響いたわ。


『――今、アンジェリカ王女が冒険者登録しに来てるんだけど、なにか聞いてる?』

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