第3話 3

 カウンターに並んで、登録申請用紙に必要事項を記入していく。


「――ここでも適正属性……」


 その項目にうんざりして、左右に座ったニィナとルシータの申請用紙を覗き見る。


 適正なんて存在しないって知っちゃったルシータも、そこで悩んでいたようで。


 前に言ってたみたいに、光と水の項目にチェックしてたんだけど、困惑した表情でペンをさまよわせていたわ。


 一方、ニィナは全部にチェックを入れてて。


「――実際使えるんじゃから、ウソじゃない」


 わたしが覗き込んでるのに気づいて、胸を反らしたわ。


 それで決心がついたのか、ルシータも全部の項目にチェックを入れていく。


 ん~、そもそも適正なんて調べてない上、魔術そのものが使えないわたしはどうしたら良いのかしら……


「……エ、エマさん、訊いて、も良いですか?」


「――はい、なんでしょうか! クレリア様っ!」


 カウンターの向こう――わたしの正面に陣取ったエマさんは、勢いよく身を乗り出したわ。


 ……黙ってる時は、ほんわか優しげなお姉さんなんだけどなぁ……


「わ、わたし、魔術使えないん、ですけど……」


 袖をまくって、左腕に着けた封喚器を見せる。


「――――っ!」


 エマさんは、息を呑んで表情を歪めた。


「クソ政府が……」


 そして、ひどくドスの効いた声で呟く。


「あ、で、でもですね!

 べ、別に問、題ないん、ですよ?

 わたし、魔法、あるし……」


「――ですが、現代社会は様々な魔道器によって成り立っております!

 封喚器を着けられるという事は、それらも使えないという事で……そんなのまるで……」


「――犯罪者、みたい?」


「い、いえ! そんな――」


「いい、の。

 イフュー――保護者に、教えてもらって、知ってる、から」


 獄中や、釈放後でも、一定期間は本当に更生しているか見極める為に着用させられるんだって。


 確かに寮生活では、たくさんの便利そうな生活魔道器があって、使えないわたしは時々不便を感じるけど、森の館ではずっと自力で――人力だったり、魔法で代用したりしてやってきた事ばかりだもの。


 確かに魔道器を使えたら便利かもしれないけど、始めからないものと思えば、大したことじゃないのよね。


 でも、魔道器のある生活に慣れてるエマさんは、そうじゃないみたいで。


「――聖女様、クルツくん、どうにかならないんですか!?」


 自分の事のように怒ってくれて、真剣な顔でふたりに訊ねたわ。


「――クレリア様に出会ってから、何度も政府には打診しているのですけれど……」


 と、ルシータは首を振って、ため息をつく。


「父は最近、解除しても良いんじゃないかと議会に提案したようなのですけど……」


 クルツのお父さんって事は、総理だっけ。


 そんな事してくれてたんだ……


 けれど、クルツもまた首を振って。


「議会はそれを了承しなかったそうです。

 ――クレリアの復讐を恐れているようですよ」


「アホな話じゃよ。

 クレリアが魔女である事を恐れておきながら、魔女がなんたるかを理解しておらん。

 ……いや、無知ゆえに、未知を過剰に恐れてるのかもしれんがの」


 と、ニィナも話に加わって、クスクスと哂う。


「魔女は、そもそも魔道に長けておるから魔女なんじゃぞ?

 魔術なんぞ存在しない時代から、魔道を用いてヒトの理の外から、中原を見守り続けてきたんじゃ。

 実際、クレリアは大して困っておらん。

 ――な?」


「うん。実際には使えないから、魔術専門の実技で困るくらいかしら?

 それも、学園長先生のはからいで、魔法使っても良いようになったし……」


 わたしの言葉に、エマさんは諦めたように、不承不承といった感じで納得の表情を浮かべる。


「……クレリア様がそう仰るのでしたら……

 ――失礼します」


 と、わたしの答えを聞いたエマさんは、わたしの申請用紙を自分の方に向けて、適正属性のチェック項目に横線を二本引いた。


 定規を使ってないのに、綺麗にまっすぐな二本線。


 そして、その項目の下に「魔法を使用」と記入したわ。


「これで冒険者ギルドは、クレリア様が活動時に魔法を利用する事を承認する事になります。

 これは政府であっても、覆せません」


 へ~。


 よくわからないけど、おおっぴらに魔法を使っても良いって事なのかな?


「ありがとう。エマさん」


 わたしがお礼を言うと、エマさんは微笑み返してくれたわ。


 ちょっと仲良くなれた気がして嬉しい。


「クレリア様は、これで登録させて頂きます。

 他に特記事項はありますか?」


「――あ、その事なんですけど」


 クルツが手を上げて、エマさんに声をかける。


「僕とクレリアは兵騎を使う予定なんですが、特記事項になりますよね?」


 その言葉に、エマさんは目を向いてわたしに身を乗り出したわ。


「クルツ君はお家のがあるからわかるとして――クレリア様もですか!?」


 鼻息荒く訊ねてくるエマさん。


 ちょ、ちょっと怖いわ。


「えぅ……う、ん。兵騎、持って……ます」


 アレが王騎だって言うのは、内緒にしておくよう、ルシータとニィナに言われてたから、わたしはあくまで兵騎だと申告したわ。


 でも、わたしや歴代の大魔女のファンだというエマさんは、なにか察するところがあったのか――


「それってもしや――」


 さらに前のめりになったわ。


 その時。


「――なあ、エマよ」


 と、ニィナが低い声色で名前を呼んで、カウンターをコツリと鳴らした。


「世の中には、知らん方が良いこともある。

 おまえのような仕事をしとったら、そういう事もあるのは――わかるな?」


 金色の瞳を細めて告げるニィナに、エマさんは気圧されてコクコクとうなずいたわ。


 普段はお調子者な印象だけど、こういう時のニィナって、すごく怖いのよね。


 一気に空気が張り詰めて、エマさんだけじゃなく、ホール全体がシーンってしちゃったもの。


 そんな空気を打ち破るように、ポン、と。


 ニィナが両手を打ち合わせて。


「さ、それじゃ登録してくれるかの?」


 いつもの皮肉げな微笑で告げると、エマさんが止めていた息を吐き出して、わたし達の用紙を集めていく。


「――ほんと、とんでもない子達ばかり見つけたのね。

 クルツくん……」


 そう言いながら、エマさんはソエルの用紙にも目を通して。


「――攻空騎使いっ!?」


 目を見開いて、驚きの声をあげたわ。


「……革命時、聖女様のご指示を遂行する為に必要なので入手した」


 ソエルの返事は、特段誇るようなものでもなく、淡々としたもので。


「――って、なんだっけ?」


 ソエルの事は、ルシータに訊ねるのが早い。


「<第二次大戦>後に伝説の偽竜をモデルに生み出された、空戦特化の新造兵騎の事です」


 へえ……そんなのあるんだ。


 偽竜ってアレよね?


 竜の遺骸を使ったやつ。


 森の館ウチの地下にも一基居るって、イフューが昔言ってたっけ。


 わたしはまだ鍛錬不足で使えないみたいで、見せてももらえてないけどね。


「ソエルは当時、伝令として動いてくれていたので、革命軍が騎体を用意してくれて、そのまま我が家の所有となっているのです」


「兵騎に比べて、装甲が脆弱なので戦闘向きではないのですが、魔術による遠距離支援攻撃などで、革命時には多くの戦果を上げたのが攻空騎です。

 浅層発掘型の――飛行能力のない兵騎は、良い的となってましたね」


 と、ルシータの説明を引き継いで、エマさんが説明してくれる。


「ただ、騎体制御に独特のセンスが必要なようで、扱える人が少ないのが現状だったはずで……

 つくづく、すごいパーティですね……」


 エマさんは、こめかみを抑えて首を振る。


「――では、登録して参りますので、みなさんの学生証をお預かりしてよろしいですか?」


 わたし達は言われるがままに、学生証――魔道符を取り出して、エマさんに手渡したわ。


「では、少々お待ち下さい」


 そう言い残して、エマさんはカウンターの奥にある扉の向こうへと消えて。


「学生証なんて、どうするのかしら?」


「魔道符に刻印を追記して、ギルドカードの代わりにするんだ」


 わたしの問いに答えてくれたのはクルツで。


「ギルドカードは身分証代わりにもなるからね。

 でも、身分証を何枚も持ち歩くのって大変だろ?

 だから、魔道符型の身分証を持ってる人は、そのまま追記してもらえるんだよ」


 ふぅん。


「――てことは、ギルドカードも魔道符?」


「料金を払えば、魔道符型を選ぶ事もできるね。

 ほら、あそこに料金表がある」


 クルツがカウンターの向こうを指差し。


「うわっ……お高い……」


 一番安い、生活魔術だけが刻印されたものでも、わたしのお小遣いの三ヶ月分だわ。


 わたしの反応にクルツは吹き出した。


「うん。そうなんだ。

 だから普通の冒険者は、まず魔道符じゃないものを選んで、ある程度稼げるようになってから、魔道符型を選ぶんだよ」


「じゃあ、最初から魔道符を持ってるわたし達は、お得なんだね」


 まあ、わたしは魔道符を使う事はないから、身分証を何枚も持ち歩かなくて良いってことくらいしかメリットないけど、魔術を使う人にはかなりメリットよね。


「そう。だからクレアンジュでは、学生達がアルバイト代わりに冒険者を始めるんだ」


「……クツル、すごいわね」


「え?」


 わたしの素直な感想に、クルツが首をひねる。


「冒険者の事、すごくよく知ってるんだもの」


 それだけで、彼がどれだけ冒険者になりたがっていたかが伝わってくるわ。


「……そ、そんな事ないよ」


 と、クルツはそう言って、なぜか向こうを向いてしまう。


 あら? なにか気に触るような事を言ってしまったのかしら?


 耳が赤いのは、ひょっとして怒ってるって事?


「――かーっ! あまずっぺえのう!」


 急にニィナがそんな事を言い出して。


「――クルツ・バルターッッ!」


 ルシータも声を荒げて、彼の首に腕を回した。


「ル、ルシータっ!? な、なにを――」


「良いから耳をお貸しなさい!」


 そう言ったルシータは、クルツの頭を抱え込んで、耳元になにか囁く。


 ……仲良いなぁ。


 革命時からの知り合い――幼馴染なんだっけ。


 ルシータに囁かれたクルツは、一瞬目を見開き。


 それからチラリとわたしの方を見てから、天井を見上げて。


 ため息をひとつ、頭を抱えるルシータを見上げて、いたずらげな笑みを浮かべる。


「……さあ、どっちだと思う?」


 そう答えて、クルツはスルリとルシータの腕を抜け出したわ。


「なっ、なぁっ……ゆ、ゆゆ――赦しませんよ、クルツ・バルター!

 ソエル、あいつを処して!」


「かしこまりました、聖女様」


 ルシータの指示を受けて、ソエルが滑るようにクルツへと近づいていく。


「ソ、ソエル! 君までっ!

 ちょ、ちょっと落ち着こう!」


 そうして始まる、男子ふたりの追いかけっこ。


「ねえ、ニィナ。

 なんなの、コレ?」


 わたしがニィナに訊ねると、彼女はわたしの頭を撫でくり回し始めて。


「――アンタにゃ、ちょーっと早いお話かねぇ」


 そう言って、ケタケタと笑うのだった。


 ホント、なんなのかしら?

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