第3話 2
翌日の放課後、わたし達は学園前の駅から路面列車に乗って、クレアンジュ中心街に向かった。
クレア学園は広大な実技施設があるから、クレアンジュの郊外に位置しているの。
だから、クラスの子達なんかは、買い物に出る時に不便って言ってたわ。
最果ての森暮らしだったわたしにしてみたら、列車があるだけで楽だわ。
森では一番近くの村まで行くのにも、歩きで半日かかってたもの。
それに列車に乗ってる時間も好き。
レールが立てる音とか、窓の外を流れていく景色とか、森では見られなかったものばかり。
街道を走る魔道車を追い抜いて行くのも、なんだか気持ちいいわ。
今日は平日だから、街に行く子は少なくて、車内はわたし達以外はほとんど人が居なかった。
ニィナとルシータ、ソエルはなにか話し合っていて。
「楽しそうだね?」
「――ひゃ、う、うん……」
だから、隣に座るクルツが話しかけてきて、わたしは驚いて背筋を伸ばした。
「わわ、わたし、森育ち、だから。
クレアンジュ、に来るまで、列車に乗ったこともなくて……」
魔道車も村長さん家の古い三輪のしか見たことなかったくらい。
「お休みの日に中心街に出かけたりしてないの?」
「何度か行っ、てるけど……」
人の多さに圧倒されちゃって、本屋さん以外はあまり回れてないのよね。
だから、少し引いて街並みを眺められる列車って乗り物は、すごく楽しく感じるの。
列車は林道を抜けて、やがて住宅街に差し掛かる、もう少ししたらクレアンジュの中心部ね。
窓の外を眺め続けるわたしに、クルツはそれ以上話しかけてくる事はなくて。
彼もまた、外の景色を見ているようだけど、視界の隅で時々、こちらを見ているのがわかった。
……なんなのかしら?
まあ、いいわ。それよりも……
住宅もまた、クレアンジュは村とは違う。
壁や屋根は色とりどりに染め上げられていて、すごく綺麗。
村の家は、ほとんどが赤レンガそのままの色で。
自称芸術家のオリヴァーさんの家だけは、ペンキで極彩色に塗られてて、だからみんなには変人呼ばわりされてたわ。
魔境のそばで暮らしてるからか、頭のおかしい人ばっかりの村のみんなからさえ、変人って言われてたんだから、オリヴァーさんはよっぽどなのよね。
オリヴァーさんは、アレが「都会の流行の最先端なんだ!」って言い張ってたけど、クレアンジュに来て、それがウソだってわかったわ。
わたし、まんまと騙されてたのね。
今度帰省した時には、オリヴァーさんには仕返ししないとね。
窓の外を流れていく住宅は、目に優しい色をしているもの。
道を行く魔道車の数も増えてきて。
窓から見える建物は、どんどん背が高くなっていく。
それにともなって、自然と視線も上に向かってしまう。
――魔術が誰でも使えるようになったことで、他の技術もまた、かつてとは比べ物にならないほどに発展したんだ。
イフューがそう言ってた。
特に学者の多いクレアンジュは、都市ぐるみで実証実験を行っている面もあって、建物なんかも記憶にある王都の建物より大きく感じる。
一番大きな役所なんて、てっぺんまで五〇メートルもあるっていうしね。
やがて列車は中央駅へと到着したわ。
「――さ、行こうか」
そう言って、先に立ち上がって手を差し出してくれるクルツは、やっぱり紳士だと思った。
冒険者ギルドは、役所のすぐ隣にあったわ。
いつも本屋さんに行くのに使うのとは、反対側の駅の出口から出て。
クルツが言うには、この辺りは官公庁街なんだって。
「――とは言っても、冒険者ギルドは国に属さない独立国際組織でな?
一応、中原諸国連合の下部団体という扱いにはなっておるが、国の統治からは切り離されておるんじゃ」
ニィナの説明を聞きながら、わたし達はギルドの扉をくぐる。
「かつては冒険者
ギルドの中はホールみたいになっていて、学園の講堂くらいの広さがあったわ。
吹き抜けになった二階、三階は回廊状になっているわね。
魔道器の一種なのか、看板が宙に浮いていて、並ぶカウンターの役割を教えてくれる。
一階は新規登録と再発行、依頼の受注を行えるみたい。
わたし、冒険者ギルドって本の中でしか知らなかったから、もっとこう――依頼書が壁一面に貼り付けてあって、いかついおじさん達が殺伐とした雰囲気を醸し出してるものだと思っていたのだけれど。
実際のギルドは、すごく清潔感があって、小ざっぱりとした印象を受けたわ。
実は……物語のように、新人だからって、ベテラン冒険者にイキり絡まれるんじゃないかって、ドキドキしてたのよね。
「そ、想像してたのと違うわ」
隣を歩くクルツに話しかけて、わたしが抱いていた冒険者ギルド像を告げると、彼は楽しげに笑う。
「今の時間は空いてるからね。
もうちょっとしたら、依頼を終えた冒険者達が帰って来て、大賑わいになるんだけど」
クルツの言う通りホールは閑散としている。
「それにクレアンジュは学生冒険者が多いから、君が考えてるような人達は少ないかな」
最果ての森も魔境だから、時々、冒険者を見かけたりもしたけれど。
ほとんどが二十代後半から三十代の、ベテラン冒険者が多かったわ。
地域差って事なのかしら?
看板に従って新規登録のカウンターへと、わたし達は向かう。
受付のお姉さんには、クルツが代表して話しかけたわ。
「――あら、クルツくん。また来たの?」
緩く波打った茶髪を右肩でシュシュでまとめたお姉さんは、クルツと顔見知りなのか、気安くそう応じる。
落ち着いた雰囲気の、優しそうなお姉さんだわ。
「エマさん、そう言わないでくださいよ。
今日はちゃんと仲間を見つけて来たんですから」
そうお姉さんに告げて、クルツはわたし達を手で示す。
「あら。でも、ようやく言い付けを理解してくれたようで、お姉さん嬉しいわ」
微笑むお姉さんに、クルツは苦笑。
「騎士教練を受けていても、ひとりでは冒険者登録させられない――でしたよね」
「そうそう。
それじゃあ、さっそく登録して行きましょうか?
全員って事で良いのよね?」
と、頷きを返すわたし達を見回したお姉さんの目が。
「――赤毛赤目……クルツくん、すごい子連れてきたわね」
わたしで止まって、そう呟く。
お姉さんもまた、わたしの事は知っているって事みたい。
でも、その表情には嫌悪感なんてなくて。
どちらかというと、ルシータや学園長先生がわたしに向けるような表情。
こころなしか、顔も赤く染まっているような……
「お会いできて光栄です。中原最新の魔女様。
冒険者ギルドは、あなた様を歓迎致しますわ」
興奮を押し殺すように、ひどく抑えられた声でお姉さんはお辞儀する。
けれど、我慢はそこまでだったみたい。
「――ああ、もう限界っ!
クレリア・アン・ブラドフォード様!
ファンです! 歴代の大魔女様達を含めて、大ファンなんですぅ!
先日の散花の宴の事件、新聞で読みました!
さすが大魔女様の末裔っ!
ああああ、あく、あくあく、握手してください!」
お姉さんはカウンターを飛び越えて、わたしの両手を握ってきた。
さっきまでの温和でふんわりした雰囲気がウソみたいに、機敏な動きだったわ。
両手で身体を支えて、カウンターを一気に飛び越えてきたもの。
最果ての森の魔獣より速くて、わたし、反応できなかったわ。
「ええええっ!?」
わたしは驚いて声をあげ。
「――ちょっ! あなた、クレリア様から離れなさいっ!」
ルシータの叱責の声が、わたしより大きくギルドのホールに響き渡った。
どうやらお姉さんの反応は、ルシータの思惑の外のことだったみたい。
わたし、またなにも知らされずに何かが進んでるのかと思っちゃったわ。
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