元王女様は冒険者になる

第3話 1

 学園都市クレアンジュの西側には、実に一〇キロ四方に及ぶ魔境が広がっている。


 ――オズワルド樹海。


 それは五年前に発生した大侵災の名残で。


 かつてはクレアンジュの食卓を支えた穀倉地帯だったその土地は、大侵災によって隆起陥没した荒れ地となってしまったそうなのだけれど。


 ――侵源の影響なのか、なんなのか。


 五年経った今では、まるで樹海のような状態になっているわ。


 調伏されずに放置された大侵災の侵源は、さらなる侵災を呼んで。


 今では魔物の徘徊する危険地帯となっているそうよ。


 本来は侵災が発生した場合、国は騎士団を派遣して調伏を行うのだけれど、五年前当時は革命が成った直後という事もあって、政府は被害対策をするのに精一杯で、それが成されなかったらしいわ。


 結果として、魔境は年々広がり続けていて。


 三年ほど前から、ようやく騎士団が魔境辺縁部に点在する、小規模な侵源の調伏を始めたところみたい。


 でも、調伏する速度より魔物の発生の方が早いみたいで。


 現在、騎士だけでは人手が足りず、本来は魔獣討伐が主なお仕事の冒険者まで、魔物調伏に駆り出されてるそうよ。


「――だから、クルツは冒険者のパートナーとして……王騎を使えるわたしに協力してほしいって言ってただけで……

 こここ、こ、告白とか、そういうのじゃ、な、ないんだよ?」


 わたしは興奮するニィナを抑えながら、ルシータに必死に説明したわ。


「危険な冒険者業のパートナーに――なんて、告白と一緒じゃろ?

 背中を預けるワケなんじゃから。

 実質、告白じゃ!」


「だから、違うってば~!」


 わたしはニィナに抱きついたまま必死に否定するのだけれど、ニィナは「告白~♪」と拍子をつけて歌うのを止めてくれない。


 話を聞いていたルシータは、形の良い顎に指を当てて首を傾げる。


「そもそもクルツ・バルターは、なぜそんな事を?」


「んとね、クレアンジュの人達の危険を少しでも減らしたいんだって。

 ――騎士としてはまだまだ未熟だけど、冒険者としてなら人の役に立てるんじゃないかって、そう言ってたわ」


 総理の息子として、ずっと守られる立場にあったクルツは、いつか誰かを守る立場になりたいって、ずっとずっと考えてきたそうよ。


 クレアンジュにいくつもある学園の中でも、魔道関連の授業がある学園に通っている生徒は、受験の段階で魔獣や魔物に対する基礎知識を身に着けてるから、試験無しで冒険者登録できるみたいで。


 クルツは本当は学園に入学してすぐに、冒険者としての活動をしたかったそうなんだけど。


「さすがにひとりじゃ、冒険者ギルドも魔境への立ち入りを許可してくれないみたいで、一緒に冒険者してくれる人を探してたみたい。

 ――わたしのメリットとしては、街の為に働いてるって噂が流れれば、今の悪い噂を上書きできるんじゃないかって……」


 元々わたしは魔境最果ての森で育ったから、魔獣討伐は慣れてるわ。


 さすがに侵災から生まれる魔物は、まだ見たことないけどね。


 すぐにクルツに返事をしなかったのは――男の子とふたりでどっか行くというのが恥ずかしくて。


 だから、ニィナとルシータを誘いたかったのよ。


 わたしは会議室で、なんとかクルツにそう提案して。


 クルツもいきなり魔物調伏を狙ってるわけじゃなく、辺縁部から徐々に慣れていくつもりだから、ふたりを誘っても良いって言ってくれたわ。


 ルシータが行くなら、ソエルもついてくるだろうから、五人パーティの完成ね。


「……ふむ」


 ルシータは顎に指を走らせたまま、わたしが抱きついているニィナを見る。


 ややこしい説明を終えて、無事、ルシータの誤解も解けたみたいで、わたしは一息吐く。


 それにしても――


 普段は制服でわからなかったけど、ニィナって地味にバインバインなのね。


 抱きついてみて気づいたのよ。


 成長過程にあるわたしとしては、すごくうらやましいわ。


「――ニィナさんはどう思います?」


 ふたりが話してる間に、わたしはご利益にあやかろうと、こっそりニィナの胸を揉む。


 ふへへ。お裾分け効果よあれ!


「あたしゃ構わんと思うぞ。

 確かに街で好評判を得るには良い手段じゃしな。

 副会長のクルツが絡むなら、生徒会公認みたいなもんじゃし、新貴族連中からイチャモンもつけられんじゃろ」


 それにしても柔らかいわ。


 クセになりそうね。


 イフューが男は女の子の胸に目がないって言ってたけど、なんとなくわかる気がする。


 これは男の子じゃなくても虜になっちゃうわ。


「わたくしも賛成です。

 これを利用すれば、クレリア様が王騎を日常的に用いても不審感を持たれなくなるでしょうから」


「む、あんたも王騎のコト知ってたのかぃ?」


「王城の書庫で学びました。

 現王がわたくしの魔眼で王騎を探してほしいと頼み込んできたコトがあって……」


「カロッゾも必死だったんじゃな。

 なにせ王権の象徴じゃ。

 それが捨てた前王女の魔道器官に宿っているとは、思いもせんかったじゃろうしな!」


 ――おおっ!?


 わ、笑うとまた違ったぷるぷる感が――


「つまりあんたの目論見としては、王騎を王騎である事を隠して――ただの兵騎として周囲に認知させるって事じゃな?」


「ええ。

 大事なのは、クレリア様が兵騎を用いても不審に思われない環境を用意する事。

 いずれは騎士の相手をする事も出てくるでしょうから、クレリア様が兵騎を扱うのは必須条件ですしね」


「……そうじゃな。そう考えれば、クルツのこの勧誘はうってつけか」


 なんかふたりとも、時々、こんな風によくわからない話でわかりあってる時があるのよね。


 まあ、今はそれより。


 ふたりが話に集中してる間に、ちょっと確かめたい事ができたわ。


 ニィナから離れて、わたしはそろりと移動を始める。


「――というわけで、ソエル。

 わたくしはクレリア様達と共に冒険者登録します」


 ルシータに宣言されたソエルは、胸に手を当てて一礼。


「仰せのままに。

 私は聖女様に付き従うのみです」 


 ソエルは性格はアレだけど、腕は確かだから、こんな事で反対はしないのよね。


 なにかあっても、ルシータを守り切る自信があるのよ。


 そういうところは尊敬できると思うわ。


「……ところでおまえはなにをしている?」


 と、ソエルはルシータに向けていたのとは打って変わって、冷たい視線でわたしを見下ろす。


 こっそりルシータの胸に向けて伸ばしてた手も抑えられていて。


「あ、あはは~」


 ちょっと揉み比べしてみようって思っただけじゃない!


 そんな怖い顔しなくても良いじゃないのよっ!

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