元聖女様は崇拝する
閑話
――幼い頃、劣悪な環境に置かれていたというのに。
クレリア様は素晴らしい人格者であらせられます。
侮蔑の言葉を投げつけられても言い返す事もなく、それでいていわれのない中傷には毅然と立ち向かわられる高潔な精神の持ち主でもあるのです。
いうなれば、まさしく聖女!
わたくし――ルシータ・ソルディスのように、大人に都合よく担ぎ上げられただけの紛いモノなどではなく、真に聖女の御心の持ち主と言って良いでしょう。
……いいえ。聖女なんて言葉では不足ですね。
今朝の新聞で、わたくしはあの方が女神の化身なのだと確信しました!
昨日、あの方が放った魔法は、王都で発生しようとしていた飛行船事故を未然に防いだというではありませんか!
王都から四〇キロも離れたクレアンジュから事故を察知し、それを防ぐなんてマネ、人の身でできることではありません。
普段は力を見せつけるようなマネを決してなさらないあの方が、なぜあのような大規模な魔法を喚起したのか――当初は不思議でならなかったのですが、新聞の記事ですべてわかったのです。
――飛行船の乗客を救う為だったのですね!
それほどの事を成し遂げたというのに、あの方はそれを誇ろうともなさいません。
「――まあ、双月神殿だけでなく、サティリア教会からも聖女認定されるのですか!?」
教室に響く女子の声。
視線だけをそちらに向ければ、アンジェリカ王女を中心に、数名の女子が話題に花を咲かせていました。
「ええ。その際、勇者様ともお会いできるのですわ」
アンジェリカ王女は、チラチラとこちらを覗き見ながら、取り巻きの女子に語ります。
恐らく聖女ではなくなったわたくしに対して、優越感でも覚えているのでしょう。
あの女はそういう人です。
彼女の言葉に、取り巻き女子達から歓声があがりました。
まあ、
中身を知らなければ、あんな風に騒げるでしょう。
わたくしにはムリですけどね……
かつては高名な冒険者が、国の認定を受けてその資格を得ていた勇者という称号。
けれど、革命以降、その任命権は聖女同様にサティリア教会へと移り――勇者もまた、女神が遣わした存在という主張の元、教会権威の象徴に成り果ててしまっています。
結果、本来は侵災や魔物に対する人々の剣であったはずの
現勇者は革命時に侯爵位を得たクレソール将軍のご子息で、名前をアレスと言います。
年齢はわたくし達より、ふたつ歳上の十八歳だったはずです。
将軍のご子息だけあって、それなりに武を修めはしているものの、勇者というよりは舞台役者のような――軟派な人物で、わたくしはあまり好きになれない人物です。
アンジェリカ王女はアレに会える事に優越感を抱いているようですが……
複数の女性を侍らせて、悦に入るような男性のどこが良いのか――わたくしには理解できない感覚です。
アンジェリカ王女は、あからさまにわたくしを意識して話題を披露していたのでしょうが――権威の虜となって腐敗しきったサティリア教会からの聖女認定も、勇者アレスとの面談も、わたくしにはどうでも良い事です。
視線を逸して窓の外を眺めていると、彼女達はやがて教室から出ていきました。
ようやく静かになりましたね。
それにしてもアンジェリカ王女は……
どこまで権威を集めれば、満足するのでしょうね。
王女という立場だけでも十分でしょうに。
わたくしが退いた事で空席となっていた、双月神殿公認の聖女に立候補し、彼女の言葉を信じるならば、今度はサティリア教会からも聖女認定を受けるみたいですね。
「……次はテラリス社殿の巫女の認定も受けるのでしょうかね……」
思わず愚痴のように呟いてしまう。
そうなれば中原で広く信仰されている三大宗派コンプリートですね。
<第二次大戦>以降、魔術の発展目覚ましい現代において、宗教は形骸化の一途を辿っています。
文化や習慣として女神達に祈る事はあっても、誰もその存在や奇跡を信じない時代となっているのです。
人の生活は豊かになりましたが、反面、信仰は衰退の一途なのです。
だから、権威に擦り寄ることによって生き残りを図る彼らを、一方的に否定することはできませんが……かつて聖女と祀り上げられた身としては、あまりおもしろい話ではありません。
本来の女神達への信仰とは、人の生活に根ざしたもので。
決して、特定の立場にある者を優遇するようなものであってはならないはずなのです。
「……まあ、聖女でなくなったわたくしには、もはや関係のない話ですね……」
今のわたくしにとって大事なのは、いかにクレリア様のお立場を回復させるか。
それに尽きます。
クレリア様が本来、享受すべきすべてを失わせたわたくしを。
あの方はもっと罵っても良いはずなのです。
入学式で声をおかけした時、わたくしはそれを覚悟していました。
――けれど。
クレリア様は罵るどころか、わたくしをお赦しくださって。
今では親友とまで呼んでくださいます。
だからこそ、わたくしはあの方の為に、できる限りの事をして差し上げたいのです。
「――聖女様、お待たせしました」
独り残った教室に、ソエルがやってきました。
幼い頃に知り合ってから、ずっとわたくしの護衛を勤めてくれているソエルは、わたくしが聖女を退いてからも、変わらずわたくしを助けてくれます。
一応、わたくしの実家であるソルディス侯爵家――わたくしが聖女だったので与えられた爵位です――の使用人という事になっていますが、彼は今も昔もわたくしに忠誠を尽くし続けてくれています。
……時々、その忠誠が重過ぎるように感じることもありますが。
クレリア様と出会ってから、彼の気持ちが少しだけわかった気がするのです。
ソエルがわたくしに尽くしてくれるように、わたくしもまた、クレリア様に尽くしたくて仕方ないのですから。
「いいえ、ソエル。
悪いけれど、クレリア様達をお待ちしなければならないの。
付き合ってくれる?」
クレリア様達は昨日の件について、学園長に呼び出されているのです。
だから、わたくしはこうして教室でおふたりを待っているわけで。
「ああ、あいつらなら今――」
その時、開け放たれた教室のドアの向こうから、にぎやかな声が聞こえてきました。
ほどなくして、クレリア様とニィナさんが教室に入ってきて。
「――ルシータ、聞け!
すっごい、オモろいコトになっとるぞ!」
「わ、わたしはまだ受けるって言ってないよ!?」
なぜか興奮しているニィナさんと、彼女に抱きついて必死に止めようとしているクレリア様。
よくわからないですけど、微笑ましい光景ですね。
ソエルはわたくしの横でため息をついてますが、もはや彼のクセみたいなものなので、わたくしはスルーします。
「おもしろいコト、ですか?」
わたくしが訊ねると、ニィナさんは腕組みしてニヤリと笑みを浮かべて。
「――こいつ、クルツ・バルターに告白されおった!」
「――なんですって!?」
思わずわたくしは立ち上がります。
あのボンボン、ウチのクレリア様になにを――
「ちちちちち、ちがうよーっ!?」
クレリア様の否定の言葉が教室に響き渡ります。
「……詳しく伺いましょう。
ソエル。場合によっては……わかりますね?」
いかにクルツ・バルターが騎士としての訓練を受けているとはいえ、ウチのソエルなら処する事ができるはずです。
そういう訓練を、ソエルは積んできてますから。
ふふふ……赦しませんよ。クルツ・バルター。
「いや、聖女様、落ち着きましょう」
と、ため息をついたソエルに椅子に座らされて。
「さっさと話せ。
このままじゃ聖女様が暴走しそうだ」
「う、うん。実はね――」
ソエルに促されて、ふたりは詳細を語り始めました。
それは――確かにニィナさんが興奮するだけはある、お話だったのです。
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