大賢者様は考察する
閑話
――外見と中身が一致しとらんチグハグな娘。
それがこの一ヶ月付き合ってみての、クレリア・アン・ブラドフォードに対するあたしの印象じゃ。
見た目に関しては、本人は赤毛赤目の――いわゆる呪われ王女の特徴で目立っているのだと思い込んどるようじゃが。
実際のところ、その特徴を打ち消すほどの美を持っておる。
まだ十五で幼さもあるが、それが逆に青い果実特有の美しさを際立たせていると言って良いじゃろう。
新貴族のガキ共が、ことさらあやつに辛く当たるのは、その美しさに対する反発じゃろうと、あたしは考えとる。
――ま、本人は気づいてないんじゃがな。
あやつの保護者であるバカネコが言うには、孤児院で虐待に遭っていたようじゃし、その後はずっと魔境暮らしじゃ。
美醜の基準がヒトとはズレとるんじゃろうな。
だからこそ。
アレは他人の目に敏感で、いつも萎縮しているように思える。
あ~、単純にヒトとの関わりに慣れていないというのもあるのじゃろうが。
まるで小動物のように、オドオドビクビクして見えて。
それが新貴族のガキ共の嗜虐心を、より一層煽るんじゃろうな。
……じゃが、イフューの話を聞くに。
アレ、見た目は可憐で華奢な華に見えて、中身は大虎――ぶっちゃけ鋼の
あたし、知っとるんじゃ。
あやつ、陰口言われたり、イヤガラセされたら、きっちり小賢しい仕返ししとるの。
靴に小石入れたり、授業ノートの内容をこっそり消したり――実にみみっちい仕返しじゃがの。
魔法を使えば、もっと痛い目見せられるじゃろうに、あやつは根が小物なのか、やることがとにかくみみっちい。
政府に復讐してやると、イフューに宣言していたそうじゃが、あの様子ではそれすらもみみっちい事を考えてるんじゃなかろうか。
……まあ、変に悲劇のヒロインぶって、泣き暮らす輩よりは好感が持てるがの。
そんなあやつじゃから、実技の授業で神器を使ったのには、あたしもビビったよ。
前後のあたしらとの会話から察するに、魔道を政府が制限するような体制を築いてるのが、気に食わなかったんじゃないかと思うんじゃが……
「――それにしても。
世に出るのは百年振りになるのですかねぇ……」
向かい合って座るシルヴィアがカップを傾けながら、しみじみと呟く。
「――イフューが最果ての森で鍛錬させてたようじゃがな。
人目に触れるという意味ではそうじゃな」
アレは<第二次大戦>を終戦に導いた騎体のひとつじゃ。
表向きは二代目蒼の勇者や聖唱姫、剣聖らのおかげってことになっとるがな。
裏の――あたしらヒトの世の理の外にいる者にしてみたら、決定打を打ったのは、理不尽の具現と言われたブラドフォードの大魔女じゃ。
「……政府は――いえ、現王家は、どう出るでしょうか?」
シルヴィアは訊ねながら、視線をあたしの背後の壁に向ける。
隣の会議室で行われとる、クレリアとクルツの対話が気になっておるんじゃろうな。
「取り出す手段が無いんじゃ。
どうにもできんじゃろうよ」
だからあたしは安心させるように笑って見せる。
「アレの改修には、大戦中、あたしも関わったんじゃがな。
大魔女はアレの継承に関して、かなり複雑な魔道を組み込んでおったわ。
ぶっちゃけ途中から、自分でも理解できなくなっておったくらいじゃ。
正直、あたしでも他者への移譲方法はわからん……」
ケタケタ笑うが、シルヴィアは不安げな顔色のままで。
「そもそもアレが<王騎>だと気づける奴など、ほとんどおらんじゃろ。
万が一おったとしても、シルトベルト王家はすでにレプリカを披露してしまっとる。
いまさら別の騎体を<王騎>にもできんじゃろ」
「……そう、ですね……
ですが、彼らは姫様が力を持つのを嫌うのでは……」
「心配性じゃのう」
あたしもまた、テーブルの上で冷え切ってしまったお茶のカップを手に取ってひとすすり。
「安心せい。
王家はクレリアを巫女として使おうと考えとるんじゃ。
力を奪うマネはせんじゃろうて」
国を守る大結界に欠損が出ている今、クレリアは王家にとっても政府にとっても、最重要人物と言って良い。
そんなクレリアが力を持っていたとしても、歓迎する事はあっても、それを損なおうとはせんはずじゃ。
このまま大結界が失われ、より国土が荒れていけば、現政府が行った革命の正当性そのものが失われるわけじゃからの。
「それにの。
ルシータの話を信じるなら、クルツ・バルターはクレリアを害するようなマネはせんよ」
「……聖女殿がなにか仰ってたのですか?」
シルヴィアの問いかけに、あたしは頷きを返して笑みを深める。
「クルツ・バルターが現王女――アンジェリカ・シルトベルトの婚約者なのは知っとるの?」
「ええ。次代の王配と目されておりますね」
「……じゃが、それは親同士の取り決めでな。
本人――特にクルツ・バルターは納得しとらんそうなんじゃよ」
あたしの言葉に、シルヴィアは鼻を鳴らした。
「あの偽王女なら、わからないでもないですね」
シルヴィアはとことん、アンジェリカを嫌っとるのう。
ルシータもあの小娘の事は嫌っとったな。
……まあ、わからんでもないが。
「光精魔術の適正だけをもって、聖女の座についた王女なぁ……」
同じ学年じゃから、ちょいちょい見かけるんじゃがな。
あの小娘もまた、クレリア同様――だが、逆の意味で――外見と中身がちぐはぐな印象を受けたな。
クレリアの従姉妹だけあって――クレリアには及ばないものの、見目は整っている。
一般的には美しいと言って良いじゃろう。
じゃが、その内側から滲み出る傲慢さを隠し切れておらんのじゃよな。
他者がかしずくのは当然で――まるで遊技盤の駒のような目で見ておる。
正直、なるべくなら関わり合いになりたくない手合いじゃな。
「――クルツ・バルターとしては、なんとか婚約を解消したいようでな。
ルシータが集めてきた噂話じゃ、すでにふたりの不仲説が流れ出しとる」
あやつ、元聖女って割にやたら俗っぽいと、あたし常々思っとるんじゃ。
まあ、好きで聖女になったわけでもないようじゃから、仕方ないのかもしれんがの。
「そんなクルツ・バルターが、アンジェリカとよく比べられとるクレリアを害すると思うか?
あたしの見立てならむしろ――」
その時、隣室の扉が開かれる音が聞こえて。
子供じみたバタバタという足音が近づいてきて、この部屋の扉が開け放たれた。
「――ニィナ~! どどど、どうしよ~!?」
勢いよく飛び込んできたのはクレリアで。
駆け込んできた勢いそのままに、あたしの胸に飛び込んで来る。
「おう、どうした?」
胸に顔を埋める、クレリアの頭を撫でながら訊ねると。
クレリアはたった今、クルツ・バルターに告げられた内容を、つっかえつっかえ説明し始めた。
……そしてすべてを聞き終え。
「――ナンソレ!? おもろ!」
「ニィナぁ~」
半べそ掻いて訴えるクレリアには悪いが。
正直、これを利用すればマジでおもろい事になりそうじゃ。
「――シルヴィア、邪魔したな。
ホレ、クレリア。教室に戻るぞ!
さっそくルシータに報告じゃ!」
腹黒いあやつなら、この状況を最大限に有効活用する策を思いつくじゃろ。
あ~、楽しくなってきおった。
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