第2話 5
わたしはクルツに誘われて、隣の会議室に移動したわ。
学園長室はニィナが笑い転げて、聞き取りには相応しくない雰囲気になっちゃったからよ。
イフューに引き取られてからずっと、森で育ったわたしは人に慣れていない。
お遣いとかで森のそばにある農村には出かけてたけど、限界集落だったから一番若い人でも四十代のおじさんだったのよね。
……つまり、なにが言いたいかと言うと、わたしは同年代の男子に免疫がないのよ。
散花の宴でぶっ飛ばした財務大臣の息子とやらもイケメンだったけど、アイツは最初からわたしに喧嘩腰だったし。
正直、クルツみたいにイケメン男子に、丁寧に扱われたのは初めて。
しかも彼、わたしが椅子に座る時、椅子を引いてくれたのよ?
ニィナが言うには、彼は現総理の息子――新貴族だわ。
当然、わたしの事もよく知ってると思う。
それなのに、他の新貴族と違って、この態度。
……なんだか緊張しちゃうわね。
「さて、改めてクレリア嬢。
時間を取ってくれて感謝します」
テーブルの向こうに座った彼は、ペンと手帳を取り出してから、わたしにそう微笑む。
こういう時、どういう反応をしたら良いんだろう?
鼓動がハードビートを刻む中、わたしは彼の顔を直視できなくて、テーブルの木目に視線を向ける。
なんか見続けてたら、目が焼けてしまいそう。
「ああ、ごめん。
聞き取りって言っても、それでなにか罰を与えたりするわけじゃないから安心して」
俯いたわたしをどう捉えたのか、クルツは優しい声色でそう言った。
「あの場には僕も居たから、今、学園内で噂されてるような――君がなにか不正をしたとか、そういう事を疑ってるわけでもないんだ」
「――そっ、んな――うわ、さがあるんですか!?」
「……残念な事にね。
君の――なんの根拠もない
深々とため息をつく彼は、どうやらその噂自体が気に入らないようだ。
「――クル、ツ……さんは――」
「――クルツでいいよ。同学年なんだ。
僕もクレリアって呼ぶけど、いいよね?」
こ、この人、すっごくグイグイ来る。
男の子版のルシータみたい。
ええと、なにを言おうとしてたっけ?
……そうだ。
「……クルツ、は。
わたしが――呪われ王女が怖くないの?」
「少なくとも、君がなにか進んで悪事を働いた事なんてないだろう?
そもそも髪と目の色で呪われてるって決めつけるなんて、魔術全盛の時代に馬鹿げてると思うよ」
「でも、新貴族のみんなは、わたしの事を不快だって……かつて国民を苦しめた悪女だからって……」
わたし自身にはそんな記憶ないのだけれど、世の中ではそう決めつけられているのよね。
いまさらそれを否定したところで、国民にとってはそれが事実で。
ルシータなんかはそれが気に食わないみたいで、なんとかしようとアレコレ考えてくれているみたいだけど……
「――君が王城を追われた時、君は五歳だろう?
どんな悪事を成せたっていうんだい」
そう告げた彼は、席を立って。
「いや、まずは最初にこうすべきだった……」
と、わたしの目の前までやって来て、深々と頭を下げた。
「――う、うえぇっ!?」
思わずドン引くわたしに、クルツは頭を下げたままに続ける。
「父は――革命軍は、自分らの正当性を示す為、幼い君が呪われているという屁理屈をでっちあげて、すべての責任を君に追わせてしまった。
父に代わって謝罪したい。
――本当にすまない!」
「う、あの、あぅ……」
ど、どうしたら良いの?
言葉を探して視線をさまよわせる。
「あた、あたた、あた、まを上げ、て。
クルツ、を恨んで、たり……とかは、ないから……」
必死になんとかそう絞り出して。
恐る恐る彼の肩を掴んで、身体を起こさせる。
ぶっ飛ばす以外で、男子の身体に触れるのも初めてで、すごく緊張したわ。
「……ありがとう」
沈んだ声で応えて、クルツは席に座り直す。
そりゃあね。
わたしだって、イフューに引き取られるまで不当に扱われてて。
学園に来てからも新貴族は、わたしに対して腫れ物か汚物にでも対するような態度で。
政府に思うところがないわけじゃないのよ?
実際、いまでもいつか復讐してやりたいと思ってるし。
でもそれは、当時革命した連中に対しての気持ちであって、その子供達になにかしてやりたいって考えてるわけじゃないもの。
新貴族の子供達は、政府が流した言葉――わたしが呪われ王女だっていうのを信じているだけ。
時々、あんまりひどい事されたら、我慢できなくてやりかえしちゃう事もあるけれど。
それはやられたからやり返しただけで、復讐とかそういうのじゃないわ。
……だから。
クルツが頭を下げるのは違うと思うし、彼に対してわたしが不満をぶつけるのも違うと思うのよ。
「そ、それよ、り……わたしに訊き、たい事、あるんでしょ?」
わたしの問いかけに、クルツは真剣な顔でうなずく。
「この際だから、正直に話すよ。
君と話す場を用意する為に生徒会の名前を使ったけど、この聞き取りには、生徒会も政府も関係ない」
「へ?」
「――君が実技で使った魔法――あれ、失われた<王騎>の部位喚起だろう?」
「――なんでそれを!?」
思わず椅子から立ち上がって、わたしはクルツを見据える。
その事は、イフューやニィナくらいしか知らない事実。
「……やっぱりそうだったんだ……
僕は子供の頃から、王城に出入りできたからね。
大書庫で記録書を見た事があるんだ」
変わらず真面目な表情でわたしに視線を向けるクルツに、わたしもまた彼の意図を探るべく真っ直ぐに見つめる。
――<王騎>。
それは魔物や侵災調伏で活躍する大型魔道甲冑――兵騎の特別騎体で。
王やその後継者が受け継ぐ、王権の象徴と言っても良いわね。
イフューが言うには、
「――
ブラドフォード王家の<王騎>――<
予想が当たって、クルツは満足げにうなずいた。
「それ、を知って。
クルツはどう、しようっていうの?」
こめかみで鼓動がうるさい。
緊張で、背中を伝う冷たい汗がやたらはっきり感じられたわ。
けれど。
クルツは優しく微笑んで。
「――誤解させたなら、ごめん。
最初に言った通り、君をどうこうするつもりはないんだ。
単純に知的好奇心――記録が正しかったのか知りたかったのがひとつ」
テーブルを挟んで向かい合った先で、クルツが指を一本立てる。
それからさらにもう一本。
「もうひとつは、個人的なお願いがあって、かな?」
「……おね、がい?」
オウム返しするわたしに、クルツはうなずく。
「君が応じてくれるなら、で良いんだけどね。
――うまく行けば、君の立場も覆せると思うんだ」
そうして彼は。
ずっと押し隠してきたのだという、胸の内を明らかにし始めた。
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