第2話 4

 翌日、わたしはニィナと共に、朝から学園長先生に呼び出された。


「……本当に、困りましたねぇ」


 頬に手を当ててそう告げる学園長先生は、けれど、言葉ほど困っているようには見えなかったわ。


 どちらかというと状況を楽しんでいるような――だって、目が笑ってるんだもん。


 わたし達の間にあるローテーブルには、新聞が置かれていて、その一面を飾っているのは……


『――あわや大惨事!? その時、謎の閃光が!』


 大きな見出しと共に、縦に裂け割れた石造りの城壁の写真。


 そして、その裂け目を抜けていく飛行船の姿。


「わ、わたしはっ! か、確認しましたよ!?」


 レイナ先生も城壁を崩してもわたしの所為にならないって言ってたもの。


 政府や王都の新貴族へのイヤガラセとはいえ、確認した上なんだから怒られたくはない!


「いや、クレリア。

 シルヴィアが困ってるのは、そっちじゃないんじゃ」


 と、新聞を取り上げて紙面に目を通しながら、ニィナが笑う。


「――ちょうど城壁崩壊の直前、一隻の飛行船が突風に煽られて制御不能になっていたようでな、あわや城壁に激突ってトコだったらしいんじゃ。

 そこにアンタが放った竜咆ドラゴンブレスが城壁を崩して……」


 ニィナの言葉を引き継いで、学園長先生が苦笑しながら続ける。


「結果として、飛行船は無事に空港まで辿り着け、多くの人命が救われました。

 明らかに魔道による閃光に、王都では今、魔道を使った者――いわば救い主を探して、大騒ぎだそうですよ」


 ――なんでそうなった……!!


 わたしは思わず両手で顔を覆う。


 そんなつもり、まったくなかったもの。


「ちょっと政府にイヤガラセのつもりだったのに……」


 わたしの呟きは、しっかり学園長先生に届いていたみたいで。


「……そんなコトだと思いました」


 学園長先生はため息。


「大方、封喚器なんて無意味だと知らしめようとしたのでしょう?」


「うえっ!? うぅ……その……」


 なんて応えるのが正解?


 実際はわたしも光精を使えるって、みんなに見せつけるトコから始まった話なんだけど……正直に答えたら、それはそれで怒られそうな気がする。


 わたしが返答に困っていると、学園長先生はわたしの前までやってきて跪くと、わたしの手を両手で包み込んだ。


「――それだけのお力を持ちながら、今日こんにちまで隠し通すのはお辛かったですわね」


 ――んん?


「授業の状況はレイナ先生から伺ってますわ。

 アンジェリカさん――あの恥知らずの偽王の娘が、聖女などと持て囃されて我慢ならなかったのでしょう?」


 いや、そんなつもりは……


 そもそもアンジェリカって子のコトもよく知らないし……


「大丈夫ですわ、姫様……」


 イフューと旧知だという学園長先生は、わたしを姫様と呼ぶ。


 伝話でイフューに聞いた話では、学園長先生のお母さんがわたしのご先祖様の弟子だったんだって。


 そのご先祖様もまた、わたしと一緒な赤毛赤目をしていたそうで。


 大魔女と呼ばれた彼女を、学園長先生は尊敬していて――


「私は姫様の味方です。

 憲兵があの魔法について聴取を求めて来ましたが、授業中の事故だと言って追い返してやりました!」


「――ほんとっ!?」


 それは助かったわ!


 憲兵まで出てきたら、さすがに面倒なコトになってただろうし。


 イフューは、学園では好きなように過ごしたら良いって言ってくれてたけど、さすがに憲兵に厄介になるのは想定外だろうから。


 それにどうやら、話の流れ的に怒られずに済みそうじゃない?


 やったわっ!


「結果として、その事故が飛行船事故を未然に防いだワケだから、政府も強くは出られんじゃろうしな」


 新聞をローテーブルに戻し、ニィナも黒い笑みを浮かべる。


「ええ。ただ、生徒会が姫様から聞き取りしたいそうです」


「あー、憲兵が学園に介入できないから、子供使って、せめて情報だけでも得ようってワケじゃな……」


 面倒臭そうに手を振るニィナ。


「姫様が人と関わるのが苦手ということで、聞き取りはひとりに限定させましたが……断りきれずに申し訳ありません」


 んん? また雲行きが怪しくなってきたわ。


「よく、わからない、んだけど……

 生徒、会? の人とお話、しないといけないの?」


 なんでそこで生徒会?


「クレリアはもうちょっと、世情を知るべきじゃぞ。

 今の生徒会は新貴族の子供の集まりじゃ

 要するに子供のうちに、政治ごっこを学ばせようって魂胆なんじゃろーな」


「聞き取りには、副会長――総理の子息のクルツ・バルターが当たるそうです」


 学園長先生の言葉に、ニィナは顎に手を当てて鼻を鳴らした。


「ボンボンの中では、まともな人選じゃな。

 あやつなら、少なくともクレリアに高圧的に当たる事もなかろう」


「そう思い、私も許可を出しました」


 なんかどんどん話が進んで行ってるけど……


 聞き取りする生徒会の人は、どうやら悪い人じゃないみたいね。


「良いですか、姫様」


 学園長先生は、わたしの手を握ったまま告げる。


「姫様は政府の要請通り、封喚器を着けています。

 魔法を封じられていないのは、政府側の手落ちなのですから、何も批判される事はありません」


「王都の城壁を壊したのは、飛行船事故を防ぐ為だったって言っとけ」


「じ、事故に気づいた理由を訊かれたら?」


「それも魔法つっとけば良いじゃろ。

 魔術しか使えんガキには、それで十分通じるはずじゃ」


 ニィナの言い分に、わたしが学園長先生を見ると。


「残念なことに、魔術傾倒の弊害で、魔法への理解はどんどん浅くなっていっているのですよ……」


 学園長先生は頬に手を当てて深々とため息。


「そう、それじゃ!

 シルヴィアよ。

 一ヶ月ほど、学園の授業を見せてもらったが……ホント、ひどいな!」


 と、ニィナは腕組みしてソファに胡座をかく。


 パンツ見えてるけど、ニィナは気にしてないみたい。


 ブルマを履いた事で、なにか新たな扉でも開いたのかもしれない。


「適正だの属性だのと――まったく!

 身体強化すら魔道符頼りの魔術頼りってなんじゃ!?

 あんなん、魔道器官から魔道を巡らすだけ――魔道の基礎の基礎じゃろ!?」


 ニィナの指摘に学園長先生は困り顔。


「革命後、多くの魔道士が排斥されまして……今の先生方は庶民の出の方が多いのです」


「つまり魔道士じゃなく、魔術使いしかおらんってことか……

 そんなんじゃ、この国の魔道は衰退の一途じゃぞ」


 ニィナは綺麗な銀髪をわしわしと掻きむしると、ポケットから手帳を取り出し、そこに何人かの名前を書き出していく。


 あ、イフューの名前も載ってる。


「ホレ、あたしが知っとるこの国に残ってる、魔道士のリストじゃ。

 問題なければ、紹介状書いてやるから精査せい」


「ありがとうございます」


 学園長先生がニィナに頭を下げて、破られたメモを懐に収める。


 その時、ドアがノックされて。


「――来たようですね」


 学園長先生がドアを開けて、ノックの主を迎え入れる。


「――はじめまして。クレリア嬢。

 クルツ・バルターです。よろしく」


 そう言って握手を求めてきたのは、スラっと背が高い金髪碧眼の――わかりやすいくらい絵になる――


「うわぁ……イケメンだぁ」


 ニィナが背後で吹き出した。

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