第2話 3

「――さて……」


 順番が来て、レーンの前に立ち。


 わたしは先にある的を見据える。


 さっきの女子の光精魔術程度で大絶賛だったんだから、アレ以上を見せなくちゃいけない。


「クレリアさん、あなたの事情は伺ってますから、無理に参加しなくても良いのですよ?」


 レイナ先生が心配そうに声をかけてくれる。


 きっと封喚器を着けさせられてる事を言ってるのよね?


 仲良くなったクラスメイトもまた心配そうにわたしを見ていて。


 一方、他のクラスの子や新貴族の子達は、にやにやとイヤらしい笑みを浮かべてわたしを見ている。


「――魔術を封じられてるくせに、見栄っ張りだな……」


「恥って言葉を知らないんでしょう?」


「じゃなきゃ、魔道学院に入学なんてしないよね」


「……そもそも魔術が使えないのに、どうやって入学したんだ?」


「――まさか不正!?」


 ボソボソと交わされる陰口。


 なにやら裏口入学まで疑われ出してるみたい。


「――クレリア様! がんばってくださいましっ!」


 ルシータが胸の前で拳を握って歓声を送ってくれる。


「――ド肝抜いたれ!」


 ニィナもまた拳を突き出して声を張り上げて。


 ふたりに触発されたように、仲良くなった子達も口々に歓声を送ってくれる。


 いいわね。


 なんだかめっちゃ注目されてるわ。


 テンション上がってきた。


「……ねえ、先生」


 わたしはすぐ横に立つレイナ先生に声をかける。


「わたしの魔道で、どこかに……なにか被害があっても、それは事故ですよね?」


「え? それってどういう――」


 意味がわからなかったのか、先生が首を傾げる。


 だからわたしは土塁の向こうを指差して。


「ここからまーっすぐに撃ち抜くと、たぶん王都の城壁を崩せると思うんですよ」


 頭の中に地図を広げて方角を確認しながら、わたしは先生に続ける。


「――たとえそうなったとしても、それは授業中の事故よですね?」


 途端、新貴族の生徒達から、明らかにバカにした笑い声が上がった。


「――虚言癖まであるのか!」


「宮廷魔道士でもそんな事できないだろ。そこまで見栄を張りたいのか!」


 あーもう! 野次うっさい!


「先生、どうなんです?」


「あ、あのね、クレリアさん。

 確かに授業中の園外への被害は、学校の責任って事になるけれど……先生、自分を大きく見せる為のウソって好きじゃないなぁ……」


 困ったような表情を浮かべながらも答えてくれるレイナ先生は、たぶんお人好しなんだと思う。


 でも、わたしはそうじゃないから。


 属性適正なんてくだらないモノを広めてる、新貴族達や政府にささやかなイヤガラセをしてやろうと思うのよ。


「確認しましたからね?」


 一歩をレーンに踏み出して、わたしは胸の前で右手を拳に握る。


「――目覚めてもたらせ……」


 それは、胸の奥の魔道器官への喚びかけ――喚起詞。


 魔道が四肢を巡って、わたしの周囲が陽炎のように揺らめく。


「――ク、クレリアさん!? なにを!?」


 レイナ先生が仰け反りながら声をかけてくる。


 生徒達も驚きの声をあげた。


 魔道に反応して、わたしの周囲で精霊達が発光を始める。


 背後で魔芒陣が描き出された。


 全力でやると、たぶん城壁だけじゃ済まないと思うんだよね。


「――<幻想神器ファンタズム・レガリア>……」


 それはこの身に宿った古い魔法のひとつ。


 風が巻き起こり、魔芒陣から大きな二本の鋼鉄の腕がせり出して。


 わたしの頭上で組み合わされた鋼鉄の両手に、紫電をまとった光球が生まれる。


 たぶん魔術に慣れたみんなは、魔法を見るのが初めてなんだろうね。


 言葉を失ってドン引きで。


 そんな中――


「――ハハハ! もう神器を使えるのか!

 さすが西の魔王の末裔!

 さあ、その力を見せてみろっ!」


 ……なんかニィナだけが、すごくはっちゃけてるわね。


 いいわ。見せたげる。


 わたしはレーンの先の的を見据えたわ。


「――唄え! <悪虐女王アーク・トリーズンっ!>」


 喚起詞に従って、どこからともなくソプラノで「あ」の単音の唄が響き渡る。


 ――光芒が瞬いて。


 まばゆい閃光に、生徒達は悲鳴をあげた。


 直後、巨腕はおろか魔芒陣さえもが精霊に還元されて消え去って。


 ――静寂。


「……なんだ? なにも起こら――」


 男子生徒のひとりが乾いた笑いを漏らしながら呟いた瞬間。


 ――ドン、と。


 遅れてやってきた衝撃。


 再び生徒達の悲鳴。


 レーンの向こうに盛り上げられた土塁すべてが、勢いよく――まるで土壁のように数十メートルも噴き上がり、わずかに遅れて雨のように地面に降り注いで山を作っていく。


 もうもうと砂埃が上がり、それが晴れると真っ直ぐ東へと地面が抉られていて。


 うん、たぶん、いい具合に王都の城壁を崩したはずだよ。


「あひゃひゃ! 竜咆ドラゴンブレスか!

 確かに今のは、魔術的な分類上は光属性だわなっ!」


 ニィナはお腹を抱えて笑い転げ、一方、他の生徒達は驚愕にドン引き。


 レイナ先生なんて、目を回して倒れちゃってる。


 ああ、そういえばイフューがこんな時の為に、場を和ませる言葉を教えてくれたっけ。


「……わ、わたし、なんかやっちゃいました?」


「――さすがはクレリア様です!」


 真っ先に反応したのはルシータで。


 興奮気味の彼女は、目を潤ませながらわたしに抱きついてくる。


「今のはブラドフォード王家に伝わる神器ですよね!?

 <第二次大戦>中、魔物の軍勢を焼き滅ぼしたと伝えられる!」


「そ、そうなの?」


 わたし、イフューに使い方教わっただけだから、そういう歴史とか知らないのよね。


 目を丸くするわたしを抱きしめたまま、ルシータは立ちすくむ生徒達をドヤ顔で見回す。


「みなさん、ご覧になったでしょう!?

 聖女であるアンジェリカ様を凌ぐ光精の威力を!

 クレリア様こそ、真の聖女なのですわ!」


「い、いや、待って。ルシータ……」


 わたし、そんなつもりはいっさいないよ!?


 それにアレ、厳密に言えば光精じゃないし……


 けれど、ルシータはいつものように「待て」ができない。


「呪われ王女と呼ばれるクレリア様が、現聖女を超える光精を使えるなんて、不思議な事もあったものですわねぇ?」


 ここぞとばかりに新貴族を煽り倒す。


 ほら、新貴族達ってば、すごい顔でこっち睨んでるし、その辺でやめとこ?


「――そもそも光精魔術を使えたら聖女、なんて取り決めがおかしいのですよ」


 元聖女サマの口から放たれる爆弾発言。


「ぶっちゃけ魔道符を使えば、誰でもどの属性だって喚起できるしの」


 と、ニィナまでもがわたしの横にやって来て。


「――ホレ。全精選択……喚起」


 ニィナが喚起詞を紡ぐと、前に掲げた魔道符に属性紋章アイコンが投影される。


 ――その数は属性の数と同じ六つで。


 それらすべてに流れるようにニィナが触れると、彼女の周囲にタッチした紋章アイコンと同じ属性の攻性魔術が出現した。


「――放て」


 ニィナの言葉に従って、攻性魔術は螺旋を描きながら、わたしが築いた土山に飛んで行き――土山を半ばから吹き飛ばした。


「……まあ、初級魔術じゃ、この程度の威力がせいぜいじゃろうな」


 威力が不満だったのか、ニィナは口を尖らせながら呟く。


 生徒達の間から、驚きの声が上がり。


「――ニィナさんの話だと……ひょっとして適正がない属性も使えるってこと?」


 クラスメイトの女子がおずおずと訊ねた。


「じ、事象改変のイメージが必要だから……いきなり今みたいなのはムリだと思うけど。

 れ、練習すれば、誰でも全部の、属性が……使えるはず、よ?」


 あまり話した事のない子だったから、わたしはつっかえつっかえ説明する。


「――火精選択……喚起!」


 別の男子達――たぶん、旧貴族か平民で、いわゆるハズレ適正の子だと思う――が、次々と試し始めて、喚起を成功させていく。


 歓声があがった。


「みなさん、この事に気づかせてくれたクレリア様に、深く感謝するように」


「――る、ルシータ!?」


 あたし自前の魔法を披露しただけなんだけど!?


 全属性使えるのを見せたのは、ニィナじゃない!


 ……けれど。


「――さすがクレリア様!」


 たぶん、適正で悩んでいた子達だと思うんだけど――生徒達の一部からそんな声があがって。


 それはどんどん広がっていく。


 その声はわたしの言葉を待っているようで。


「ま、まあ。みなさんもよりいっそう、魔道に励む事ね!」


 わたし、そう応えるのが精一杯だったよ……


 なんでいつも、こんな風になっちゃうのかしら!?


 周囲の興奮した空気にあてられて。


 だからこの時、わたしは気づいてなかったのよね。


 新貴族を中心としたグループが。


 怒りに燃える目でわたしを睨んでいた事に……

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