第2話 2
わたしは封喚器の所為で魔術を使えないけど、それがどういうものなのかは、イフューに教えられて知っている。
かつてヒトは、喚起詞という唄で精霊に喚びかけ、現実を思うままに書き換える術を持っていた。
いわゆる魔法だね。
胸の奥にあるという魔道器官から魔道を通し、世界を形作る精霊に訴える技術。
けれどこれは誰もが使えるというものじゃなく、きちんとした作法と唄を学んでなお、才能に左右されるという不安定な技術で。
だから、昔は魔道士っていうのは、特権階級のひとつだったんだって。
そんな状態が覆ったのが、およそ百年前――<第二次大戦>の中頃。
「――座学のおさらいになりますが、現代魔道の始祖――魔術の産みの親と言われているのは誰でしょう?
……ニィナさん」
レイナ先生に指さされて、隣で膝を抱えて座ったニィナは先生に顔を向ける。
なんでもない風を装っているけど、やっぱりブルマが恥ずかしいのか、顔はほんのりピンク色。
「――国際魔道技術開発機構<アレーティア機関>のステファニー・フラムベール教授じゃな。
元々魔道器製作者として中原に名を馳せた人物じゃが、ランベルク王国との交流で高密度刻印励起技術を生み出し、その技術が魔道符の制作に繋がったと言われとる」
ニィナの答えに、レイナ先生は満足げにうなずく。
「そうですね。よく勉強しています」
「……いや、あたしあの小娘に会ったことあるし……」
ボソリと呟かれたニィナの言葉は、すぐ隣にいたわたし以外には届かなかったみたい。
フラムベール教授は、座学によれば百二十年くらい前に亡くなった人物よ。
首を傾げるわたしに気づいて、ニィナは顔をしかめる。
「あ~、気にするな。ちょっと縁があったんじゃよ」
イフューの古い知り合いっていうから、ニィナが見た目通りの年齢じゃないのはわかっていたつもりだったけど、教科書に載ってるような人物と知り合いって聞かされると、改めてすごいって思っちゃう。
「今、ニィナさんが答えてくれたように、フラムベール教授が生み出した高密度刻印励起技術を発展させ、汎用化したのが、みなさんの学生証にもなっている魔道符です」
先生の言葉に、みんながポケットから学生証――魔道符を取り出す。
わたしもマネして取り出してみると、銀晶をカードサイズにしたそれは、表面に氏名や学年なんかが記載されていて、よく見ると微細な刻印がびっしりと刻まれている。
「今、みなさんの手にある魔道符には、基礎魔術が登録されています。
これも座学で説明しましたが、各々が昇級申請をして試験をクリアする事で、登録魔術はどんどん追加されていきますので、みなさん頑張ってくださいね」
授業で習ったんだけど、昇給試験はいつでも申請できるんだって。
でも、魔道器官の成長具合も審査の対象になるみたいで、だいたいの人は早くても一年で初級、二年から三年で中級を取得できれば良い方なんだとか。
三年生で上級試験を突破できたら、そのまま宮廷魔道士や魔道管理局に推薦してもらえるみたい。
「さて、おさらいはここまでにして、実技に入りましょうか」
レイナ先生が全員に立つよう指示する。
わたし達がいま集まっているのは、校庭の端っこにある攻性魔道訓練所。
五〇メートルほどのレーンの先には、的の置かれた土塁。
レーンの数は十本あって、生徒達は先生に促されるままにレーンに並んでいく。
「それではみなさん、座学で学んだ通り、攻性魔術を喚起して的を射抜いてみてください」
そこでクラスメイトのひとりが、手を挙げる。
「先生、喚起するのは得意属性で良いのですか?」
「ええ、そうですね。相性もあるでしょうから、好きに喚起してみてください」
そんなやり取りを見て、ニィナが首を傾げる。
「……なあ、クレリア、得意属性ってなんじゃ?」
「わたしも思った。なんのことだろ?」
ふたりで怪訝に思っていると、ルシータが人差し指を立てて。
「――おふたり共、勉強不足ですよ。
火、水、土、風、光、闇の六属性の事ですよ」
と、わたし達に説明してくれる。
人は生まれながらに属性の適正を持っていて、中にはひとりで複数の適正を持つ人もいる――それが、現代魔術の定説なんだとか。
「なんじゃそりゃ。魔道符経由の小規模事象改変に適正の有無なんぞあるかい」
ニィナが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「だ、だよね?
精霊によって世界を書き換えるのに、属性とか得意とか、意味わからないなぁって」
イフューの授業でも、そんなの教わらなかったし。
喚起詞として精霊の色付けの為に、火精とか水精って唄う事はあるけど、それによって火や水が現れるのは、世界を書き換えた結果であって、魔道現象のひとつの形でしかない。
「ですが、魔術では攻性アプリで属性選択をして喚起するので……」
わたし達ふたりに否定されて、ルシータは自信なさげに肩を竦める。
そこでニィナがポンと手を打ち合わせた。
「ああ、なるほどのぅ。
魔道符は、あえて刻印を――いわゆる属性ごとに分けることで、昇級時の刻印に拡張性を持たせてるのか。
クレリアよ、要するに因果があべこべなんじゃ。
汎用性と拡張性を魔道符に持たせた結果、魔道士は得意不得意があると思い込むようになったんじゃな」
「ん? どういう事?」
「得意不得意じゃなく、現実には好みの問題って話じゃな。
――見てみぃ」
と、ニィナはニヤニヤ笑いながら、的に向かって魔術を放つ生徒達を指差す。
男子のほとんどが火球を放ち、次いで多いのは風の刃みたい。
女子はというと、風の刃と水球、氷礫が同じくらいの人数。
「な? 本当に適正なんてものがあるなら、こんな風に偏るもんかい」
ニィナに指摘されて、ルシータも属性の偏りに不審感を覚えたみたい。
「では、現在の宮廷魔道士が属性ごとに選ばれているのは……」
恐る恐る訊ねるルシータに、ニィナは腕組みしながら再び鼻を鳴らした。
「そんなムダな事してんのかぃ。
結局のトコ、好みの属性だけを昇級――刻印を追加していった結果じゃろ」
「――で、では!
わ、わたくしは光属性と水属性に適正があると言われていたのですが、それ以外も使えると?」
「その為の魔道符じゃろ。
誰に教わったか知らんが、まあ聖女としてのイメージに都合が良いから、そう思い込ませたんじゃろな」
「なんてこと……」
ルシータは顔を真っ青にしてうなだれてしまう。
レーンに並ぶ列の前の方で、歓声があがったのはそんな時だった。
「――光精魔術だ!」
男子生徒の誰かが叫んで。
視線を巡らせると、右端のレーンに立った金髪の女子が、前に突き出した手に光球を生み出していて。
「――さすがアンジェリカ様!!」
別の女子生徒が彼女の名前を称賛する。
「――解き放て!」
アンジェリカと呼ばれた女子が喚起詞を紡ぐと、光球から光芒が放たれて、直後にレーンの先の的が後ろの土塁ごと吹き飛んだ。
「上級魔術よ! さすが王女殿下! さすが新たな聖女様!」
みんなが口々に彼女を称賛している。
王女? 新たな聖女?
いや、それより……
「……な、なんで光精魔術くらいで、みんなこんな絶賛してるの?」
「光属性は勇者と聖女のみが使える適正とされているのです」
わたしの疑問に答えたルシータは、忌々しそうにアンジェリカを見据える。
つまり、光属性を使えるあの子は、ルシータと同じ聖女って事なのかな?
そんな事を考えてる間に、ルシータの言葉を聞いて、ニィナは笑みを濃くした。
「なるほどのぅ。見えてきたぞ。
おい、ルシータよ。
その適正とやらは、どうやって調べられとるんじゃ?」
「普通は幼年学校の身体検査の一環として行われますね」
そうだったんだ。
わたし、幼年教育はイフューにしてもらってたから知らなかったわ。
「……その適正検査で、なぜか新貴族の子息だけ有利な結果が出とらんかったか?」
ニィナの問いに、ルシータは記憶を辿って宙を見上げる。
「言われてみれば……平民や旧貴族が、一般的に使えないと評価される土属性や適正なしが多かったのに比べて、新貴族は火や風――いわゆる当たり属性が多かった印象ですね。
侯爵家などは複数に適正のある方も多かったような……」
「――チッ! 魔道を箔付けに使いやがって……」
「どういうこと?」
わたしが訊ねると、ニィナは人差し指を立てる。
「良いか? 新貴族ってのは、革命前は庶民じゃぞ?
ずっと血をかけ合わせてきて、上等な魔道器官を生まれつき持つ旧貴族がハズレばっかで、成り上がりの新貴族ばかりがアタリ引くわけねーじゃろ。
適正って看板掲げて、新貴族が君臨する理由付けに使ってやがるのさ」
「魔術の適正属性は、政治的な理由で広められてるってこと?」
「そうじゃ。新貴族が優れてるって理由付けに使ってるんじゃろな。
――魔道を政治で捻じ曲げてるのさ」
……わたし、政治とかよくわからないけど。
「本当はみんなが使える魔術を、そんなくだらない理由で制限してるってのは、よくない事だよね?」
「勘違いで始めた革命が成功しちまったもんで、正当性の根拠付けに必死なんじゃろうな」
……ふむ。
「……じゃあさ、ここで聖女しか使えないはずの光精魔法を――魔女と呼ばれてるわたしが使ったら、みんなびっくりするよね?」
微笑を浮かべながらふたりに訊ねると。
「――ナンソレ、おもろっ!」
「……少なくとも、今の適正属性主義には一石を投じることになりますね……」
ニィナだけじゃなく、ルシータもまた黒い笑みを浮かべて同意してくれる。
「じゃ、じゃあ……わたし、頑張ってみるよ」
新貴族作ったルールなんて、ブチ壊してやるんだからっ!
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