元王女様は時々、大胆

第2話 1

 ――学園に入学してから一ヶ月。


 先日、ルシータに誘われて、ニィナと一緒に出席した散花の宴での出来事――いわゆる『財務大臣令息による、貴族令嬢拉致事件』の解決が噂となったおかげなのか。


 ここ最近、わたしに向けられる嫌悪の目は、比較的少なくなってきたように思える。


 アレ、わたしはただ単純に、イヤガラセされたご令嬢に仕返ししようとしただけなのに。


 なにかおかしな力が働いて、彼女達に声をかけてたイケメンの罪を暴く事になっちゃったのよねぇ……ホント、不思議だわ。


 革命によって成り上がった新貴族――議会議員の子息令嬢からは、相変わらず厳しい目を向けられているけれど、旧貴族や平民のみんなとは、それなりに話せるようになったつもり。


「――クレリア様は、休日にはなにをなさって過ごされてるのですか?」


 お昼休み、学食でクラスメイト達と食事を取っていると、そのうちのひとりにそんな風に訊ねられた。


 いつもはルシータとニィナの三人でお昼なんだけど、今日はふたりとも用事があるとかでひとりだったのよね。


 そこにクラスのみんなが声をかけてくれたってわけ。


「あぅ、えっと、あのね……」


 お休みの日は……本屋さんに行ってる事が多いよね。


 専門書ばかりの森の館の書斎と違って、色んな物語の本があって大好き。


 ついつい買い過ぎちゃうのは、お小遣いをくれるイフューには内緒。


「大の男を叩きのめすほどの武をお持ちなのです!

 きっと休日も鍛錬をなさってるのでしょう!」


 あれ? そんな事言ったっけ?


「う……や、その――」


 イフューの言いつけで朝晩に鍛錬はしてるけど、武術だけじゃなく、魔道全般の鍛錬だよ。


「いいえ、クレリア様はマナーも完璧ですもの。

 きっと武より礼儀作法を学んでらっしゃるのですよね?」


「えっと、わたしは――」


 ほらね?


 なんか勝手に話が進んでいってる気もするけど、少なくとも会話に混じれてるわ。


 むしろ、話題の中心はわたし!


 クラスで遠巻きにされてた入学当初に比べたら、成長してると言って良いんじゃないかしら。


 自己紹介で噛み倒したのも、もはや遠い記憶だわ。





 昼食を取って昼休みが終わると、午後は実技だ。


 わたし達新入生はここ一ヶ月、魔道の基礎を座学でみっちり詰め込まれて、今日が初めての実技となる。


 魔道学園っていうのは、未来の騎士や魔道士を育成する学校だからね。


 いずれ来る魔物との戦闘も想定した授業内容になってるんだって。


 だから、実技は魔道を用いた戦闘訓練も含まれているのよね。


 今日が実技の初回ということもあって、クラスメイト達は更衣室で運動着に着替えている間から、すでに興奮気味の様子。


「……クレリア様、申し訳ありません……」


 わたしもいそいそと隅の方で着替えていると、先に着替え終わっていたルシータが、申し訳無さそうな表情で声をかけてきた。


「ん? なにが?」


 首を傾げて訊ねると、ルシータはわたしの右腕にはめられた黒色の腕輪を指差す。


 二の腕のサイズぴったりのこの腕輪は魔道器の一種で、わたし自身では外せない仕組みになっているんだよね。


 刻印技術の知識に疎いわたしには、どういう原理なのかよくわからないけど、無理に外そうとするとビリッってするんだよね。


「――授業中だけ封喚器の解除ができないか、伝話で政府に掛け合ってみたのですが……」


 ああ、それでお昼に居なかったんだね。


 ルシータの表情が暗いのは、きっと断られたんだろう。


「まあ、コレを着けとくのが、わたしが自由にしてられる条件みたいだし」


 イフューがわたしを引き取る際に、政府に付けられた条件なんだって。


 封喚器と呼ばれるこの魔道器は、魔道器官と他の魔道器の接続を阻害する効果があるみたいで――


「それではクレリア様は、魔術が使えないではないですか!」


 ルシータが憤って、胸の前で拳を握る。


 現代魔道――魔術と呼ばれるが普及したのは、<第二次大戦>後だと聞いている。


 それまではしっかりと学び、訓練しなければ魔法を使えなかったそうなんだけど、この技術が進んだおかげで、誰もが刻印の施された汎用魔道器――魔道符を使って、簡単に魔道現象を喚起できるようになったんだって。


 だからこそ魔女の再来と恐れられているわたしは、封喚器を着けられて、魔術を使えないようにされてるワケなんだけど……


「――いや、シルヴィア――学園長に確認したが、実技は別に魔道符使わなくても良いらしいぞ」


 と、会話に加わって来たのは、モタモタと制服を脱いでいるニィナで。


 彼女がお昼に居なかったのは、学園長先生のトコに行ってたからみたいね。


「ですが魔道符を使わず、どうやって魔術を喚起するのですか?」


 ルシータの問いに、ニィナは嘆息。


「そもそも魔道イコール魔術と考えるのが、愚かなんじゃが……

 まあ、時代なのかのう?

 その封喚器を見るに、政府すらそう考えてるようじゃし。

 大戦以降、利便を追求するあまり、ヒトの世の魔道は衰えるばかりじゃな……」


 やれやれと首を振るニィナ。


 対するルシータは不思議そうな表情。


「ま、授業の心配はないってことさ。

 な? クレリア」


「まあ、魔道符使わなくても良いなら、なんとかなるんじゃないかなぁ」


「……クレリア様がそう仰るなら……」


 わたしの言葉に、ルシータは首をひねりながらも納得してくれたみたい。


 なんだかんだで、今日の実技をふたりは心配してくれてたって事かな?


 親友ふたりの気遣いをありがたく思う。


「それはそうと、ニィナ。

 はやく着替えないと、授業始まっちゃうよ?」


 話してる間に、更衣室はわたし達だけになっていた。


 運動着の上だけを着替えたニィナは、さっきからブルマを手に、着替えを止めてるのよね。


「……お、おまえら、そんな格好で恥ずかしくないのか?

 そ、その――そんな脚丸出しで……」


「へ?」


「ニィナさんって、時々、変なところで古風ですよね……」


「言われてみれば制服のスカートも、みんなは短くしてるのに、ニィナだけめっちゃ長いよね」


 クラスでひとりだけ足首辺りまである長いスカートなんだ。


 わたしもルシータも膝丈だけど、ニィナにとってはそれでも短く感じるみたいで、よくはしたないって言われてる。


 クラスの子の中には、パンツ見えそうなくらい短くしてる子だっているのにね。


「む~、これも時代なのか……

 昔は人前で脚なんぞ見せたら、羞恥で外歩けなくなったものなのに……」


「いつの時代の人ですか。

 さぁさ、ニィナさん。早く着替えますよ」


 ルシータがニィナのスカートを脱がしにかかって。


「ま、待て! 自分で! 自分で脱ぐから!

 覚悟を決める時間をくれ!」


「そんなコト言ってたら、授業に遅れちゃいますよ!

 ああ、もう! クレリア様も手伝ってください!」


 スカートを剥がされて涙目になるニィナに。


「許せ、親友……」


 わたしはブルマを手に取って、彼女の足を抱え上げるのだった。


 更衣室にニィナの悲鳴が響き渡ったわ。

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