第1話 3
――空間拡張の魔術。
会場の入り口で武器の持ち込みが禁止されてても、あれなら持ち込めちゃうわよね。
警備がザルだわ。
「――さあ、シメじゃ!
やったれ、クレリア!」
向こうからニィナが煽ってきて。
「いや、ここは俺が……」
クルツがわたしの手を掴んで引き留めようとする。
けれど。
「――クルツ・バルター、退くのはあなたです。
せっかくのクレリア様の見せ場なのですから!」
ルシータがその手をさらに掴んで、わたしの手を離させた。
――ホント、なんなの!?
見せ場というからには、これもいつものルシータの計画ってやつなの?
わたし、またなにも知らされてないんだけどっ!?
そうしてる間にも、アレスは剣を構えて。
「――貴様さえ居なければッ!」
ひどい言いがかりもあったものだわ!
これだけ恥を晒しておいて、わたしひとりを倒して、どうにかなると思ってるの!?
叫びながら斬りかかってくるアレスに、わたしは内心で悲鳴をあげる。
――反面。
過保護な保護者が念入りに仕込んでくれた鍛錬によって、わたしの身体は意識しなくても勝手に動く。
縦斬りを半身でかわすと。
「――ああっ!?」
着慣れていないから、保護者が用意してくれたドレスの裾が刃をかすめて斬り裂かれた。
コレ、ただのドレスじゃないのよ?
ご先祖様が着てたっていう年代物で、型が古いからルシータがリフォームしてくれた、大切なドレスなのにっ!
「――なにするのよっ!」
もう怒ったわ!
やられたら、それ以上にやり返すのがわたしの大正義!
ヒールを滑らせて、アレスの懐に飛び込み、身体に魔道を巡らせて身体強化。
がら空きの胴へと、肘を叩き込んだわ!
「――ぐぅッ!?」
くの字に折れ曲がって、頭を下げたアレス。
その顎めがけて、わたしは身を回して、すくい上げるように蹴りを放つ。
上背のあるアレスの身体が宙を舞った。
さらに追撃をかける為に、わたしは胸の前で拳を握り。
「――目覚めてもたらせ……」
この身に継承された、旧い魔法を喚起する。
握りしめた拳に、白色の拳銃が現れて。
「――<
喚起詞と共に引き金を引けば、白色の光芒が放物線を描くアレスを捉えて。
閃光がホールを白に染め上げ、アレスを宙に舞い上げる。
そして。
ガシャリと食器の割れる音が響いて、アレスがテーブルの上に落ちる。
最弱で放った<
テーブルの上で目を回しているあいつは、いまや素っ裸だわ。
「――あひゃひゃひゃひゃっ!
フルチン勇者ッ! フルチン勇者じゃッ!
マッパで強くなれるのは、ニンジャだけじゃぞ!?
あひゃひゃっ!」
笑い上戸なニィナが、ワケのわからないツボり方をしてる。
思わず勢いに任せてぶっ飛ばしちゃったけど……
「あ、あのね、ルシータ?」
――この状況、どう収拾をつけるつもりなの?
そういう想いで、わたしは親友の名前を呼んだのだけれど。
「ええ、わかっております。クレリア様」
そう言う時のルシータは、絶対にわかってないのよ!
「さあ、あなた達!」
と、ルシータが手を差し伸べたのは、アレスに誑かされていたという女性達で。
「お優しいクレリア様が、あなた達に復讐の機会をくださいました。
あの偽勇者は、あなた達の好きになさってくださいまし!」
ノリノリでターンを決めて、女性達にマッパでノビたアレスを指し示す。
「――ですよね? クレリア様!」
「え? えっと……あぅ、ん」
同意を求められても、どう応えたものか。
言葉に詰まっていると。
「さすがクレリア様です!」
……ああ、もうダメだ。
ルシータが「さすクレ」言い出すと、もう誰も止められないのよね。
「さあさあさあ――」
女性達の元まで駆け寄って、彼女達の手を引いてアレスの元まで連れて行くルシータ。
「――とりあえず、股周りは念入りに潰しておいた方が良いぞ。
その方が、後の被害者も減るじゃろうし!」
ニィナもまた、ルシータに輪をかけて彼女達を煽る。
観衆達は息を呑んで成り行きを見守り。
「――信じてたのにっ!」
やがて女性のひとりが、ノビたアレスの頭を蹴りつけると。
残るふたりもそれに加わったわ。
鈍い打撃音がホールに響いて。
「――それで、殿下はどうなさいます?」
クルツが爽やかな笑みと共にわたしの隣に立って、アンジェリカに訊ねた。
「頼みの勇者はあの様ですが、まだクレリアを害しますか?
――真実の愛に殉じるのも、また一興かもしれませんよ?」
……クルツって、敵には容赦ないトコあるわよね……
クルツの皮肉を受けて、アンジェリカは唇を噛み締めながらわたしを睨んで。
「――このままでは済まさないわ!」
そう告げて、立ち去ろうとする。
「ア、アンジェリカ!」
わたしはその手を掴んで立ち止まらせて。
ずっとずっと言いたかった言葉を口にする。
「わ、わたしだって。
あ、あなたと王様、の事、ゆ、赦してないんだから!」
それは小さい頃に決めた事。
鼓動がすっごいけど、これだけはきっちり言っておくのよ!
「――わた、しは!
あ、あなた達に、ふ、復讐、する、んだからっ!」
なんとかそれを言い切ると、わたしはアンジェリカの手を離して一歩下がる。
「――魔女が!」
アンジェリカはそう吐き捨てると、ヒールを鳴らして去って行った。
ホールが静まり返る。
「――お、おまえ達! オレはみんなを等しく愛して――うごっ……」
痛みで目覚めたのか、アレスがそんな事を口走って、また女達に殴られた。
鈍い打撃音は続いていて、誰もそちらを見ようとしない。
そんな空気を塗り替えるように、ルシータが両手を打ち鳴らして。
「みなさん、もうおわかり頂けたでしょう?
お金で地位を買っていた偽勇者を、クレリア様が成敗なさったのです!
あわや王配の座まで、あそこでノビているクズのモノになるところだったのですよ?
それを見抜き、この場でつまびらかにして見せた真の聖女!
さすがクレリア様です!」
……聖女はあなたでしょうに。
とはいえ、ルシータは相変わらず扇動がうまい。
あれほどわたしに嫌悪の目を向けていた新貴族達が。
「さすがクレリア様!」
と、ルシータの熱に当てられて、同じように「さすクレ」を連呼し始める。
「わ、わたしは……」
どう応えたものかしら。
熱気に当てられて、なんか目が回ってきたわ。
「――失礼、みなさん。
クレリアはだいぶ疲れているようだ。
今日はここで失礼させてください」
そう声をあげてくれたのはクルツで。
彼はさっきのように、またわたしを抱えあげて。
「――ちょっ!? ク、クルツ!?」
「良いから、任せて。
君を巻き込んでしまったんだから、これくらいさせてよ」
そう耳打ちしてきて、片目をつむる。
イケメンのそういう仕草はズルいと思うわ。
そうしてわたしは。
クルツに抱え上げられて、「さすクレ」コールに見送られながら、パーティー会場を後にする事になったわ。
……本当に、なんでいつもこうなるのかしらっ!?
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