第1話 2

 たたた、確かにクルツは友人で。


 新貴族なのに、わたしを色眼鏡で見ない、良い人だけど!


 すすす、好きとか、そういう目で見たことないよっ!?


 そ、そもそもわたし、呪われ王女だし!


 おお、男の人とそういう関係になるのは諦めてたし!


 ああ、ダメだ。


 考えがまとまらない。


 そうしている間にも、アンジェリカはいち早く驚愕から立ち直ったようで。


 それまでの怒りに歪んでいた顔が、いつもの余裕に溢れたものになっていたわ。


「ああ、そういうこと……」


 アンジェリカは扇で口元を隠しながら、そう呟く。


 彼女はこちらに一歩を踏み出し。


「さすがは魔女ね。

 汚らわしい邪法で、クルツを洗脳しているのでしょう?」


 えええっ!?


 た、確かにわたしは魔女だし、そう名乗る為の鍛錬もしているけれど。


 だからこそ、知っているのよ?


 魔法はヒトの精神に効果を及ぼすようなものは存在しないって。


 それができるのは、魔眼のような――いわゆる異能の力だけよ。


 それだって、完全なものじゃなく、一時だけ認識を惑わす程度のものって聞いているわ。


「――あ、あのね、アンジェリカ……」


 それを教えてあげようと、わたしは口を開いたのだけれど。


「その口でわたしの名前を呼ばないでっ! 穢れるわ!」


 取り付く島もないわね。


「――邪法だと……」


「いつかやると思っていたんだ」


「なんで処刑されないの?」


 周囲からもアンジェリカの言葉を信じたような声が上がり始めて。


「さあ、クルツ。こっちにいらっしゃい。

 双月神殿に頼んで、浄化してもらうわ。

 貴方、魔女に惑わされているのよ」


 再び舞台女優さながらの、大袈裟な身振りで、アンジェリカはクルツに手を差し伸べた。


 けれどクルツは鼻を鳴らして。


「……彼女が魔女? むしろこれまでの行いは、聖女のそれでしょう?」


 クルツもまた、舞台俳優のように両手を広げて。


「散花の宴での、財務大臣子息によるご令嬢拉致事件の解決」


 ……あ~、そういえばアレも、わたしがなにも知らない間に終わってたのよね……


「――飛行船墜落事故を未然に防いだ、光精魔法による城壁崩壊も彼女の功績だ!」


 そ、それは……ちょっとデキ心というか……で、でも、飛行船を助けようとかは思ってなかったんですけどっ!?


 すごく美化されてて、わたしの顔は恥ずかしさでまた赤く染まっていく。


「――付け加えるなら、先日の侵災による魔物被害を防いだのも、クレリア様ですわ!」


 と、澄んだソプラノがホールに響いて。


 ヒールを響かせながら、銀糸を織り込んだドレスの少女がわたし達のそばまでやってくる。


 いつもは背中に降ろされた金髪を後で編み込んだ彼女は、まるで宝石のような青い瞳に笑みを浮かべて、アンジェリカを見据えた。


 ――ルシータ・ソルディス。


 十年前、わずか五歳で聖女として革命軍を勝利に導いた彼女を知らない人は、この場には居ないでしょう。


 今は聖女の座を退いていて――本人はただの女学生って言い張ってるんだけどね。


 彼女の登場に、観衆が息を呑んだ。


「ル、ルシータぁ……」


 わたしもまた、ようやく現れてくれた親友に、涙が出そうになる。


 どこに行ってたのよぉ。


 思わず抱きつこうとしたのだけれど、クルツがわたしを離してくれない。


 その間にも、ルシータはわたしの前に立って。


「――アンジェリカ王女。

 浄化が必要なのは、むしろそこの――勇者を騙るクズと具申致しますわ」


 アンジェリカの横に立つ、アレスとかいう勇者を指差す。


「ゆ、勇者を騙るだと?

 な、なんの根拠があって――」


 ルシータに指摘されて、アレスはあからさまにうろたえたわ。


「――ソエル……」


 パチンとルシータの指が鳴らされると、どこからともなく彼女の護衛のソエルが姿を現す。


 ん? 一緒にいるその太っちょおじさん、誰?


 縄でぐるぐる巻きで、ハムみたいなんだけど。


 わたしってば、自分の想像で吹き出しそうになって、慌てて口元を隠したわ。


 ルシータは、アンジェリカやクルツがそうだったように、やっぱり舞台女優みたいに大仰な身振りで周囲を見回し、ソエルが捕らえているおじさんを指し示す。


「みなさん、彼はサティリア教会の司教で――勇者認定の責任者です」


 よく通る声でそう告げた彼女は、ソエルから一枚の書類を受け取って。


「ここにクズの家――クレソール侯爵家との密約を記した覚書があります。

 ――多額の寄付の見返りに、クズを勇者認定するという、ね。

 聖職者がお金に魅了されるなど、嘆かわしい事です」


 書類を手に、左右に首を振ってため息をつくルシータ。


「――さらに付け加えるとのう……」


 ホールの入り口から、やたら古めかしい口調のアルトが響いて。


 いっせいにみんなが、その声の主を振り返る。


 大扉の前には、濃い紫のドレスを身にまとって、仁王立ちの銀髪美少女の姿。


「――ニィナ!」


 もうひとりの親友の登場に、わたしは彼女の名前を呼ぶ。


 けれど彼女はわたしに応える事なく、背後の大扉を開け放った。


 そこには三人の女性が控えていて。


 ……誰?


「そこの勇者サマとやらは、その肩書を利用して、この者らも誑かしておったようじゃ。

 ――いわゆる勇者ハーレムってヤツかの?」


 ニシシと金の瞳を細めて笑うニィナの背後で、三人の女性は青ざめていたり、怒りに顔を赤くしていたりで。


「あらあら、そうなるとアンジェリカ王女もハーレムメンバーのひとりに過ぎないって事ですかねぇ?」


 ルシータが煽るように哂う。


「――真実の愛、が聞いて呆れますね。

 いえ、偽王女と偽勇者、お似合いと言えばお似合いなのでしょうか?」


 その一言が決め手だったみたいで。


「み、みんな呪われ王女に洗脳されてるのよ!

 でっちあげだわ!

 ――アレス! あの魔女を滅ぼして頂戴!」


 アンジェリカは金切り声をあげて、アレスに取りすがった。


 いくらなんでも、理屈が強引すぎるわ!


 でも、当のアレスは――


「ああ!」


 頷き一つ、懐から魔道符を取り出し。


「――<収納庫インベントリ>、喚起!」


 アレスのすぐ横の空間が陽炎のように揺らいで、剣の柄が迫り出してくる。

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