呪われ王女は復讐したい!~大賢者と元聖女による世直し革命~(※なお、王女様は本日も何も知らされておりません!)
前森コウセイ
第一部 呪われ王女の復讐劇
元王女様は小心者
第1話 1
まるで舞台演劇の一幕のようだったわ。
「――クルツ。
貴方との婚約は破棄させて頂戴……」
パーティーホールの中央で、目に涙を湛えてそう訴えるのは、薔薇をイメージしたようなドレープたっぷりな真紅のドレスの少女で。
周囲を取り巻くパーティー参加者は、まるでこの舞台の観客のようで、息を殺して事態を見守っている。
少女の名前はアンジェリカ・シルトベルト。
このシルトベルト共和国の王女である彼女は、いまやこの場を支配する主演女優のようで。
自ら婚約破棄を切り出したというのに、まるで相手にフラれた悲劇のヒロインのようにさえ見えてくるわね。
対する相手側――アンジェリカの正面に立つ青年は、碧い目を驚きに見開いているわ。
――クルツ・バルター。
現総理――十年前の革命の英雄ディオリム・バルターの息子よ。
アンジェリカの正面に立った彼は、驚きから立ち直ったのか、肩を竦めてアンジェリカに首を傾げる。
「へえ、それはまた……どんな理由で?」
問われたアンジェリカは顔を上げて。
招待客に向けて、手を差し伸べる。
現れたのは、背の高い整った顔をした青年で。
「――勇者様だ……」
観衆の誰かが呟く。
勇者と呼ばれた青年は、長い髪を掻き上げながらアンジェリカのそばへと歩み寄り、アンジェリカの腰を抱く。
アンジェリカもまた、彼の胸にしなだれかかり。
「――わかって、クルツ。
わたし、アレス様と出会って……真実の愛に目覚めたの!」
彼女の言葉に、観衆がざわめいた。
……うわぁ。
ホント、なんなのかしらね。
わたしは取皿に盛り付けたテリーヌを突きながら、思わずため息をついてしまう。
真実の愛なんて言葉を飾ってるけど、要するに心変わりしたってだけじゃない。
それをまるで被害者面で。
こんなのに巻き込まれて、クルツも可哀想ね。
あ、この小エビおいしい。
ソースの酸味とよく合ってるわ。
さすがは市長主催の宴よね。
新貴族ばっかりの夜会っていうから乗り気じゃなかったけど、これが食べられただけでも来て良かったって思えるわ。
それにしても、ニィナとルシータはどこに行ったのかしら?
すぐ目の前で繰り広げられる茶番をよそに、わたしは親友ふたりを探して周囲を見回す。
ふたりがどうしてもって言うから、わたしもこの夜会に参加したのに、ホント、どこに行っちゃったのよ?
そうしてる間にも、茶番は進展を見せていて。
「でも、貴方がどうしてもって言うなら、王配は無理だけど、愛人にならしてあげても良いわよ?」
おっと、ここで堂々と愛人宣言かぁ。
まあ、いまさらか。
学園でも、たくさんのイケメンを取り巻きにしてるもんね。
わたしが改めて、あの女の強欲さに呆れていると。
「――アハハハハッ!」
不意にホールにクルツの笑い声が響いた。
心底可笑しそうに、彼はお腹に両手を当てて身を仰け反らせている。
「――なるほど!
ルシータが言っていたのは、こういう事か!」
そう言って。
クルツは不意に笑うのを止めて、肩を竦める。
「奇遇ですね、殿下。
俺もそうなんですよ」
「――な、なにを!?」
狼狽えるアンジェリカをよそに、クルツは右手を差し伸べる。
……んん?
なんでその手はこっちを向いてるの?
「――クレリア・アン・ブラドフォード嬢……」
ねえ、クルツ。
なんでそこで、わたしの名前を呼んじゃうの?
ほ、ほら。
わたしの名前なんて出すから。
「――呪われ王女だと?」
「……それって魔女の?」
観衆の目が、いっせいにわたしに集まっちゃうじゃない!
思わず顔を伏せるけど。
そんなのは意味がない事はわたし自身がよくわかってる。
わたしを示す最大の特徴――まるで鮮血を浴びたような真っ赤な髪は、ルシータによって丁寧に梳かされていて、晶明を受けて鮮やかにきらめいている。
この髪とわたしの名前はセットのようなもので。
うつむいていても、周囲からの視線がビシバシ突き刺さってくるのがわかったわ。
「――クレリア」
クルツはもう一度、わたしの名前を呼んで。
靴音高く鳴り響かせて、テーブル横の椅子に座ったわたしの前までやってくると、跪いてわたしの手を取った。
それから耳元に顔を寄せて。
「……巻き込んでしまって済まない」
そう囁いたかと思うと――
「ひゃあっ!?」
――お、お姫様抱っこだとぉ!?
細身に見えるクセに、騎士としてしっかり鍛えているクルツは、驚いて身をよじるわたしをモノともせずに、ホール中央に戻っていく。
「――紹介するまでもありませんね?」
クルツはまるで勝ち誇ったように、わたしを抱いたままアンジェリカに問いかける。
「クレリア・アン・ブラドフォード……
呪われたその女がなんだって言うのっ!?」
――こわっ!
アンジェリカってば、すごい目つきでわたしを睨んできてるぅ。
観衆も――新貴族ばかりだから、わたしに対する陰口があちこちから聞こえる。
……うぅ。
なんなのよぅ。
なんでこんな事になってるの?
わたし、なんにも聞かされてないんだけど……
と、とりあえず、自分で立つから下ろして欲しいわ。
けれど、わたしの想いとは裏腹に、クルツはより一層わたしを強く抱きしめて。
対するアンジェリカは歯を剥き出しにして、より一層わたしを強く睨む。
今にも「きいぃぃっ!」とか言い出しそう。
「――ま、まさかっ!?」
目を向いたアンジェリカに、クルツは微笑と共にうなずく。
「そのまさかですよ。
――奇遇ですね、と言いましたよね?」
クルツはようやくわたしを床へと下ろし――ちょっと、なんで手を離してくれないの?
ねえ、なんで手にキキキ、キスなんかしちゃってんの?
そんなことしたら、顔が髪と同じくらい真っ赤になっちゃうじゃない!
わたしの内心を無視して、クルツは高らかに宣言する。
「俺もまた、クレリアとの真実の愛に目覚めたんですよ!」
――ええぇぇぇぇっ!?
周囲から驚愕の声があがるけれど。
わたし自身が一番、その事に驚いたわ。
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