第1話 4
――ここ最近、わたしを取り巻く騒動の原因。
本当はよくわかってる。
すべては入学式に知り合ったふたり――ルシータとニィナ、ふたりの親友の所為。
なぜかわたしに対して、ひどく好感度の高いあのふたりが、だいたい騒ぎを大きくしちゃうのよ。
思えば、出会った時からそうだったわ……
十五歳になったわたしは、保護者の勧めもあって、王都の隣にある学園都市クレアンジュにある、クレア魔道学園に入学した。
孤児院から引き取られてからは、国土の西端にある大魔境――最果ての森にある館で暮らしていたのだけれど。
「――何度も言うけどね、キミはそろそろ人付き合いを覚えるべきだと思うんだ」
白の月の女神ディオラと、紅の月の女神モイラが手を取り合う意匠が凝らされた校門を共にくぐるなり、保護者のイフューが笑顔で言う。
普段と違って、黒髪金目の中年姿をしたイフューには違和感しかない。
設定年齢の割に整った見た目をしているからか、ここに来るまで何度も女性に笑顔を向けられていたっけ。
「クレア魔道学園は、クレアンジュでも屈指の名門校なんだよ」
ブラドフォード王国が興った頃に創立されたというから、創立二百年以上経っている由緒ある学園だと、イフューは説明する。
その歴史は学園都市より古く、クレア魔道学園があったからこそ、学園に関係する商会が軒を並べ始め、やがてその他の学園が造られて行って都市となったのだとか。
そんな名門伝統校に、いろいろといわく付きのわたしなんかが入れるワケないと思っていたのだけれど――入試を受けたら、あっさり合格しちゃったのよねぇ……
勉強や魔道はイフューから教わっていたから、それなりに自信はあったつもりだけど、試験は拍子抜けするほど簡単だったわ。
校門を抜けて、校舎へと続く石畳を歩く間、わたしはめちゃくちゃ目立っていた。
イフューは気にしてないようだけど、わたしは思わずうつむいてしまう。
……そりゃね。
こうなる事は、予想できてたのよ。
試験の為に、近代史もしっかりイフューに教わったもの。
この国――シルトベルク共和国は、十年ほど前に革命によって興った新興国。
それまでこの地はブラドフォード王国という名前だったのだけど、建国二百年を目前にしてその栄華に陰りが見えたのよね。
不作が続き、国内を網羅していた転移街道が断絶した。
物流が滞り、飢えた民達の批判は元々腐敗が目立っていた貴族官僚達に向かい、責任から逃れたい貴族達は、王族にそれをなすりつけようと画策して……
そんな折、生まれたのがわたしというワケ。
――伝承に残る、邪竜を生み出した魔女と同じ髪色と瞳を持った女児。
貴族も国民も、こぞって王室が呪われている証拠だと罵ったそうよ。
あることないこと、すべてがわたしの所為にされて。
新聞も面白おかしくそれを書き立てたらしい。
そうして革命軍が蜂起し……
――王女を溺愛している王が、国政を誤り、道を違えたとかなんとか。
王室にとってツイてなかったのは、革命軍が聖女を旗頭にしていたという事。
なんでも聖女は、祈りで荒れた田畑を癒やし、実り豊かな土地へと戻す力を持っていたのだとか。
不作にあえぐ庶民は、当然、彼女を讃えたそうよ。
奇しくも彼女もまた、わたしと同じ五歳だった事が、庶民の熱狂に拍車をかける事に繋がったみたい。
魔女を討ち滅ぼす為に、女神達が遣わした聖女って構図ね。
厄介な事に、その熱狂に王族のひとり――シルトベルト公爵までもがあてられて。
彼の手引によって、王城は無血開城。
わたしの両親――王や王妃は囚われの身となったのだという。
そうして……当時、すべての原因と考えられていたわたしは、下手に殺害しては魔女の呪いが降り注ぐと考えられ、けれど幽閉するには恐怖感が強く――結局、孤児として市井に解き放たれた。
王都の隅にある、劣悪な孤児院に預けられたのよ。
イフューが迎えに来るまでの二年間は、正直思い出したくもないわね。
それくらい、ひどい扱いをされてた。
そんなわけで、この赤い髪と瞳はわたしがブラドフォード王女である証みたいなもので、周囲を行き交う誰もが、わたし達を遠巻きに見つめて、ひそひそと囁きあっていたわ。
朝、イフューが用意してくれた制服の可愛さに浮かれていた気分は、最底辺まで一気に急下降して。
「……イフュー、わたし、本当にここでやっていけるのかなぁ……」
「なんだい? いまさらビビったのかい?」
挑発するように目を細めるイフューに、わたしは首を横に振る。
「そんな……わけじゃないけど……」
口を尖らせて応えると、イフューはにんまり笑ってわたしの背中を叩いた。
そのまま彼は歩を進める。
わたしは暗い気持ちで、イフューに続いたわ。
囁き声は相変わらず続いていて。
でも、空気を読まない人って、何処にでもいるのね。
下を向いて歩くわたしの視界に、立ち塞がるように足が映って。
「――いょう。久しいな、イフュー」
顔を上げると、
制服姿の彼女は、胸元のリボンの色からわたしと同じ新入生だとわかる。
「……イフュー?」
わたしが横の保護者を見上げると、彼もまた笑顔で。
「久しぶりだね。南の。
ここに居るって事は、お願いをきいてくれるって事で良いのかな?」
イフューの問いに、少女は苦笑。
「まったく、
ま、面白そうな案件だから、ノッてやるがの」
腕組みしてそう言った彼女は、イフューからわたしに視線を移す。
小柄なわたしに比べて、彼女は頭ひとつ分も大きくて、自然とわたしは見上げるような形になる。
「アンタがクレリアかい。
あたしはニィナだ。
このバカネコの……まあ、古い知り合いかね?」
イフューをバカネコと呼ぶ時点では、彼女がその正体を知る立場――わたし達側の存在なんだとわかる。
首をひねるニィナの言葉を引き継いで、イフューがうなずいた。
「彼女はね、南の魔王と呼ばれてる、古い貴属のひとりなんだ」
「――大賢者と呼べつってんだろ、このバカネコ。
あたしはね、クレリア。
学園にいる間、アンタの面倒をみるよう、コイツに頼まれたのさ。
……アンタの事情は聞かされてるからね……
ホント、過保護なことだよ」
彼女の言葉に、思わずイフューを見上げる。
彼は恥ずかしかったのか、頬を搔きながらニィナを見下ろした。
「でも、なんでそんな格好なんだい?」
イフューの問いかけに、ニィナはその場でくるりと回ってみせた。
腰のリボンがヒラヒラと風に揺れる。
「可愛いじゃろ。
せっかくだから、あたしも女学生生活を楽しもうと思っての」
「ババア、ムリすんな。
――クレリア、こいつはね、ボクよりもずーっと――あいたぁ!」
ニィナがイフューの足を踏みつけて、その言葉を遮った。
「ま、そんなわけでクレリア。
今日からは同級生だ。よろしくな」
と、彼女はわたしの手を取ってぶんぶんと上下に振る。
それから再びイフューに視線を向けて。
「それはそうとバカネコ。
おまえが来たら、学長室に連れて来いってシルヴィアがゆーとった」
「――学園長が? なんだろ……」
イフューは首を傾げて、わたしを見下ろす。
「んー、クレリア、ひとりで大丈夫?」
心配そうな表情を浮かべる彼に、わたしは思わず身じろぎした。
「ひ、ひとり?」
それは……ちょっと不安、かも。
「なぁに、こいつを送り届けたら、あたしもすぐに行くから心配すんなって」
尻込みするわたしの背中を叩き、ニィナはイフューの腕を引っ張る。
「ホレ、早く行くぞ。
そんな心配なら、野暮用はさっさと終わらせるべきじゃろ」
「あ、ああ。それじゃクレリア。またあとで。
寄り道せずに、まっすぐ式場に行くんだよ!」
ニィナに引きずられて行くイフューを見送り。
「……式場ってどこ?」
視線を周囲に向けるけれど、目が合った人はみんな慌てて逸してしまう。
明らかに避けられてる。
「……どうしよう……」
途方に暮れつつも、このままじっとしてるわけにも行かず、とりあえずわたしは他の生徒達の流れに従って、建物のある方へ向かってみる事にした。
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