第9話:嘘つきは誰?
「だから、ただのおとぎ話だって言ったでしょ? で、そこから尾ひれがついて、やれ島民はその人魚……つまり巫女様の血を引いている~って噂が流れるようになったの」
そこまで聞いた部長が眼鏡の奥で目を細めた。
「ふむふむ。大変興味深いな。ちなみにだが、渚君が先ほど言っていたオハシラや白巫女は、そのおとぎ話に関係しているのかい?」
「一応関係あるかな? うちの島ってなぜか滅多に男の子が生まれないんだけども、生まれると、それはオンネ様の加護を得た子――オハシラだって昔から呼ばれていて、それと同時にオハシラが生まれた年の前後数年に生まれた、いわゆる同世代の女の子は、白巫女って呼ばれるんだよ。で、オハシラが十六歳の時に、おとぎ話の巫女様とオンネ様の婚姻を習って、オハシラと、
「ほうほう。つまりそうなると、海色君はオハシラで、君は白巫女というわけだ」
「そう! どう、みー君? 覚えてる?」
射手川が嬉しそうに聞いてくるが、俺は小さく首を横に振って否定する。
「いや、残念ながら覚えていない」
「そっか……まあ仕方ないよね」
「あれ、でもその条件だと、他にも白巫女がいることになるよな?」
俺がそう聞くと、射手川が首肯する。
「そうだよ。やっぱり覚えていないんだね……あたしもそうだし、琴歌ちゃんもそう。雪那ちゃんや真白さんも白巫女だよ。まあ雪那ちゃんと真白さんは東京に出て行ったから今はもう島にいないけど。あ、もう一人いた気がするけど……誰だったかなあ」
知らない名前のオンパレードだ。
「しかし、海色君。君、今年十六なんじゃないか」
「ええ」
「つまり、儀式に出ないといけないわけだ。はてさて……どういう儀式なのやら」
「いやそう言われても出る気なんてないですよ。記憶にもないですし」
「私と出ようよ! それで全部解決だよ!」
射手川がここぞとばかりに近付いてくる。なぜか、その目には狂気のような光が宿っているような気がした。甘い匂いが、ふわりと漂う。
「……とりあえず今日はもう遅い。これぐらいにしておこう」
部長がそう言って立ち上がったので、俺も慌ててそれに続く。射手川は不服そうな表情を浮かべるが結局何も言わず部長の言葉に従った。
その後、俺達は司書さんに手袋を帰してお礼を言って、図書館を後にした。
なぜか部長も射手川も無言のままだ。
すっかり暗くなってしまった、図書館から続く下り坂の前で部長が立ち止まった。
「では、ここで解散しようか。また明日、部室で。渚君はもう来なくていいぞ。テニスでもしていたまえ」
「嫌ですよ! 明日も行きますからね! ね? みー君」
「あ、いや、まあ……」
部長が俺を笑顔のまま睨んでくる。いや、その顔怖いからやめてくれ。
結局、部長はそれ以上何も言わず、そのままスタスタと去っていった。
「みー君、方向一緒だよね? 一緒に帰る?」
射手川が俺の腕を取ろうとするが、俺は一歩後ずさって、それを躱す。
「いや、ごめん。ちょっと行きたいところがあるんだ」
「ふーん。それ、あたしが一緒に行ったらダメなの?」
射手川が悲しそうな顔で俺を見つめた。そんな顔されたら、ダメなんて言えないじゃないか。でも、俺は鋼の精神でそれを拒否する。
「悪い」
「そっか。じゃあ、まあいいや! また明日ね!」
射手川が元気よく手を振って、坂を下っていく。
それから俺は。図書館の方へと振り返った。その瞬間、小さな影がスッと道路の脇にある植え込みの陰に隠れたのが見えた。
そう。図書館を出てから――俺は、図書館に来る途中であった、あの視線を再び感じていたのだ。
犬でもない。勘違いでもない。
確かな……
「誰だよ……そこにいるんだろ」
自分でも驚くほど低い声が出てしまう。返事がないので、俺は植え込みの方へとゆっくりと歩いていく。
すると。
「……ご、ごめんなさい」
そんなか細い声と共に――一人の少女が俺の目の前に現れた。
長い、腰まで届いている黒髪。
細く小さな体躯からして、小学生か中学生ぐらいか。そこで俺はようやくその子が制服を着ていることに気付いた。
部長や射手川の着ている征服と似ているが、色味が違う。
ああ、そうだ。あれは確か……うちの学園の、中等部の制服だ。
顔は伏せているのでよく見えないが、長い睫毛と雰囲気からして、部長や射手川なみの美少女である予感がする。
「君は……誰だ」
俺がそう発すると、その子が顔を上げた。思った通り、その顔は幼いながらもまるで人形のように整っていて、十人が十人が認めるほどの美少女だった。
「や、やっぱり……琴歌のこと覚えてないんだ……
お兄ちゃん? いや待て。俺には妹なんていない。これは間違いない事実だ。
なら、この子はなんだ?
「
そう言って、その子――社浦琴歌が泣きそうな顔で笑った。
射手川に続き、また俺の過去を知る存在が現れたわけだ。
「……すまん」
そういえば、さっき射手川が言っていたな、白巫女候補の中に、確か……琴歌とかいう名前の子がいるって。
じゃあこの子がそうなのか?
「ずっと俺後を付けてたよな?」
「う、うん」
その言葉に、彼女が頷く。
「なんで」
「お、お兄ちゃんに教えてあげなきゃって思ったから! で、でも琴歌のこと覚えてなかったら怖いし、どう話し掛けたらいいか分かんなくて……ううう……ごめんなさい……」
「教えるってなにをだよ」
もう、俺だけ分からないことに勝手に巻き込まれるのはゴメンだ。
そんな強い想いがあったせいで、俺は無意識のうちに彼女へと近付き、その細い肩を掴んだ。その顔は泣きそうになりながらも、どこか覚悟を秘めているような気がした。
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいから……教えてくれ。君は……何を知っているんだ」
「あ、あのねお兄ちゃん」
社浦琴歌はまっすぐに俺の目を見て、こう囁いた。
「――柳原乃碧と射手川渚を信じない方がいいよ。あいつらは揃いもそろって――
その言葉と共に、彼女はスルリと俺が掴んでいた手から抜けて――そのまま走り去っていったのだった。
「……どういうことだよ」
俺の呟きに、答えてくれる者は誰もいなかった。
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