第8話:星、あるいは海の神

「さて。流石は、秘匿された資料だけあって色々と興味深いことが分かった。まず、あの島の歴史において最も重要なのは、やはり〝神磯かみいそ神社〟だろう」


 神磯神社。それは俺もさっき知った単語だ。


「ああ、この本にもたびたび出てきましたね。女奈宇めのう島に唯一ある神社だとか。祭られているのはオンネ様とかいうよく分からない神ですよね?」

「そう。このオンネ様を島民は古来より信仰していた……あるいは今もなおしている、と言った方がいいかな?」


 部長が射手川へと視線を向けた。


「お祭りとか祭事とかあるし、娯楽の少ない島だからそりゃあみんなそれなりに信じていると思うよ~。あたしも神社には何度も行ったことあるし~」


 射手川がそう答えた。まあそれは想像できることだ。信仰というより、日常に近いものなのだろうと推測できる。


「それで海色君。そのオンネ様は何の神様だとそちらに書かれていた?」

「あー、それがイマイチ分からなくて。星の神だって書いてあれば、海の神だって書いてもあるし」

「ふむ……渚君はどう思う?」

「んー、海の底にいる神様だって教えてもらったけどなあ。神社のご神体は海の底に続く洞窟の中にあるって言うし」


 海の底に続く洞窟。


 なぜかその言葉で、俺の記憶がフラッシュバックする。


 湿った、薄暗い洞窟。

 洞窟の奥にポツンと立つ、真っ赤な鳥居。

 魚が腐ったような臭い。


「っ……!」


 思わず、頭を押さえてしまう。


「大丈夫か、海色君。何か思い出したか?」


 部長が心配そうに俺の顔を覗いてくる。


「.……大丈夫です。その洞窟、なぜか知っているような気がして」

「そりゃあ知ってるよ。だってみー君、そこ入ったことあるもん」


 射手川が、当然とばかりにそう俺に告げた。

 やっぱりか。俺はその洞窟を……知っている。そして、それが思い出したくない類いのものであることも。


「ふむ。その洞窟とやらは、誰でも入れるのか?」


 部長の問いに射手川が答える。


「んー、基本的には立ち入り禁止ですよ。でも〝落星祭らくせいさい〟の時だけ、宮司さんと選ばれた一部の人だけが入ることができます」

「落星祭か……神事の一種か?」


 部長が興味深そうにそう聞くと、射手川が頷く。


「はい。年に一度の大事なお祭り」


 そんな会話を聞きながら、俺は頭痛が引いて、ようやく顔を上げることができた。


「その選ばれた人ってのは、どういう条件なんだ? なんで俺が選ばれた」

「そりゃあ……みー君が〝〟だからだよ。だから白巫女であるあたしとか他の子と一緒に八歳の時に中に入ったんだよ。お祭り当日前にも練習の為に数回、中に入ったからあたしよく覚えてる。みー君が怖がってて可愛かったなあ」


 射手川がほっこりエピソードとばかりに語るが、俺にはほぼ覚えがない。


 それより、未知のワードがいっぱい出てきたぞ。


 いや、シロミコ……つまり白巫女という言葉については何度か射手川の口から聞いた。


「オハシラね……なるほどなるほど。大体見えてきたな」


 部長が全てを理解したような顔で何度も頷く。


「どういうことですか」

「そうだな……まずはオンネ様について、語るべきか。星の神でもあり海の神でもあり、海の底に住まう神――オンネ様。星の神と海の神では文字通り天と地ほど差があるように思えるが、実はそうでもない」

「でも星って空にあって、海はまあ海ですよね。流石に結びつかない気がするんですけど」


 感覚的にピンと来ない、と言った方が正しいか。


「日本における神とは、あらゆる現象や物体、存在の神格化したものだ。いわゆる精霊信仰……アニミズムだな。星の神は文字通り、夜空にある星を神格化させたものだ。じゃあ海の神は海の神格化したものなのかというと、実はそうでもないことも多い。なあ海色君。古の、コンパスもGPSもなかった時代に人々はどうやって航海していたと思う?」

「へ? 航海ですか……それは……」


 俺が考えていると、代わりに射手川が口を開いた。


「――星で方角を決めていたんですね」

「その通り。いわゆる、スターナビゲーションというやつだ」

「ああ、そっか! だとすると、船乗り達が自分達の航海を助ける星を信仰するのも不思議ではないですね!」

「だから船乗りが信仰する星の神が、いつしか海の神と交わることはある。事実、そういう神がいる。天津甕星あまつみかぼしだ」

「あまつ……みかぼし?」

「金星……あるいは北極星の神だと言われている。まつろわぬ神、とも。この神には、〝空から海へと落ち、オンネになった〟という伝承がある。だから星の神でもあり海の神でもあり、そして海に落下した結果、海の底にいる神となった。オンネはおそらく漢字にすると、こう書くのだろうさ――御根、あるいは隠れる根……隠根と」

「隠れる……根」


 なぜだろうか。不吉な予感がする言葉だ。ぞわりと、肌が粟立つ感覚。


「海の底に隠れた根。根とは根の国、つまり神々が暮らす異界のことだ。あるいは死、そのものをイメージする言葉でもある。歴史書を見ると、女奈宇めのう島のすぐ近くに隕石が落ちた記録がある。おそらくだが、それを見た島民は、それが海に落ちた星の神――オンネ様であるとして、信仰しはじめた……そして現在に至る」

「なるほど! だからお祭りの名前も、落星祭なんですね!」


 射手川が納得とばかりにポンと手を叩いた。


「しかし部長。部長が言ってた人魚伝説とやらは、全く出てこなかったですよ?」

「そうだね。こっちにも人魚の魚の字もなかった。まあでも大体の推測はついたが」


 俺達の言葉に、射手川が頷く。


「あれ、島に伝われるただのおとぎ話ですし~」

「ならばおとぎ話として、記録に残っているはずだが」


 部長が俺の手元にある本へと視線を送った。


「この本はそういうおとぎ話や伝承を集めたものっぽいんですけど、それらしきものは一切出てこなかったですね」

「口伝……つまり言葉のみで伝わってきたものなのさ。あるいは……記すことすらも禁じられているほどに――ヤバい話なんだよ」

「だからそんなことないですってば~」


 射手川が笑顔でそう言葉を返す。


「射手川が知っているそのその人魚が出てくるおとぎ話ってどんなんなんだ?」

「んー? 巫女様のお話?」


 また出た。巫女様。なんなんだそれは。


「どういう話なんだそれ」

「ええとね、昔々、神磯神社の宮司にそれはそれは美しい娘が生まれたんだって。で、その子が十六歳の歳で成人して巫女様としてオンネ様に仕えたら、オンネ様が彼女に自分の妻になるようにってお告げしたんだって」

「異種婚姻譚か。まあよくある話だ」

 

 部長が訳知り顔で頷く。


「でもオンネ様は海の底にいるから、巫女様が人間のままだと溺れちゃうでしょ? だからオンネ様は巫女様の為に彼女の足を魚に変えたんだって。こうして美しい人魚となった巫女様は、オンネ様と末永く海の底で暮らしたとさ。めでたしめでたし」

「なるほど……確かにただのおとぎ話だな」

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