第6話:海色、あなた疲れているのよ


 俺が住む雨花市は大きく分けて、四つの地区に区分することができる。


 市の北側に位置する八百山やおさんとその麓に広がる高級住宅街がある、北区。

 地方都市とは思えないほど充実した商業施設や繁華街が立ち並ぶ、東区。

 学校や公園、住宅地、公共施設などがその殆どの割合を占める、西区。

 そして、俺達が通う雨花学園と港がある、南区。


 図書館は東区と西区の間にあるらしく、俺は部長と射手川の行くままについていく。

 どうやら歩いている方角からして賑やかな東地区を通るルートのようだ。


 繁華街へと続く大通りは、夕方ということもあって学校や仕事終わりの人で溢れている。正直、東京と一瞬と思ってしまうぐらいには、一地方都市とは思えないほど栄えている。


 見れば、今俺達が信号待ちしている交差点の向こうにある百貨店の壁に、巨大なディスプレイが埋め込まれてあり、様々な企業のCMが流れている。


 ああいうの、大都市以外で見たことないぞ、俺。


「あ、見て! KOTOの新曲だ!」


 射手川が嬉しそうな声でそのディスプレイを指差した。電子音バリバリの陽気な曲がスピーカーから流れてくる。画面には極彩色の光をバックに、人魚を模したアバターが踊って歌っている。


 画面の左下に、アーティスト名と曲名が書かれていた。


 KOTOってのがアーティスト名で……曲名が〝ルールはいらない〟、か。


「凄いよねえKOTOちゃん。私達より年下なのにメジャーデビューしたんだって! この曲好きだなあ」

「へえ」


 家にテレビどころかパソコンすらないので分からないが、そんなに有名な奴なのか。


「海色君は興味なさそうだな。さては、〝邦楽なんてダセえ、洋楽聞けよ洋楽〟とか言っちゃうお年頃か」


 部長が悪意ある口調でそう言って、俺の顔を覗いてくる。


「人を痛い奴扱いしないでくださいよ。単純に興味ないだけです」

「KOTOちゃんは、素顔も本名も不明のネット出身のアーティストなんだよ! 作曲作詞編曲どころか、MVやCDジャケットまで自分で作っちゃう天才なんだって! あのアバターも曲ごとに変わって、今回は人魚モチーフだね」


 まるで我がことのように、射手川が説明してくれた。どうやらかなり人気のあるアーティストのようだ。


「へーそれは確かに凄いな。妙に耳に残るメロディだし」


 なぜだろう。メロディが妙に頭にこびりつく。歌声が耳の中でハウリングする。


 あれ……? このメロディ……この声……どこかで、聞いたことがある……?


「私は嫌いだね、。行こう。ここに来たのは失敗だった」


 立ちくらみのような感覚に襲われた俺の腕を、部長が無理矢理引っぱって交差点から離れるように歩いていく。


「そっち、遠回りですよ?」


 射手川が不思議そうにそう聞くも、部長は有無を言わさずに繁華街から遠ざかるように進んでいった。


 あの頭から離れなかったメロディと歌声がやがて聞こえなくなり、俺は思わず深呼吸してしまう。


 そのおかげ――かもしれない。ずっと耳が気になっていたせいで、ここで俺はようやく気付いた。


「あの、部長」

「ん? どうした?」

「なんか、視線を感じるのですが」


 そう。繁華街を離れた辺りから、なぜか視線を感じるのだ。


 もちろん、部長と射手川というかなりの美少女を二人も連れて歩いている時点で、周囲から好奇、あるいは嫉妬の視線は感じていた。だけどもそれらは基本的に彼女達に向けられたもので、ついでといった感じに、〝あの男、誰だよ〟的なノリで見られることがほとんど。


 なのに――さっきからこの視線の主は……俺だけを見ている。結構歩いてきたのに、その気配が消えることがない。


「ん? あたしは何も感じないけど? まあ視線感じるのはいつものことだから、慣れてるってのはあるけど~」

「イヤミな奴だな」


 部長が嫌そうな声でそう返すが、否定はしなかった。


「そういう柳田先輩も慣れてるでしょ?」

「さてね」


 やはりというか部長も慣れているようだ。まあ、部長は黙って立っていたらかなりの美人だからな。だけども流石に一般人レベルのルックスしかない俺はそうじゃない。


 間違いなく見られている。


「部長、こっそり後ろを確認してくれません?」


 俺が小声でそう部長に囁くと、彼女は小さく頷き、後ろへと振り返った。


「……ふむ。なるほど……。いや、犬を連れた老人がいて、犬の方が君に興味津津の様子だ。君、犬に好かれるタイプかい? 犬の視線に敏感とか、ちょっとアレだな」

「そんなわけ――」


 俺は思わず振り返って後ろを確認するが……。


「あの犬可愛い!」


 射手川が黄色い声を出した。

 確かにそこには、品の良い老人と犬しかいない。コーギーっぽい犬が部長の言うように俺へと視線を向けている。


 俺はその更に後ろを見るが、小さな交差点と公園があるぐらいで誰もいない。


「……気のせいか」

「モルダー、あなた疲れているのよ」


 射手川が妙な口調でそう言って俺の肩をポンと叩いた。


「誰だよ、モルダーって……」

「君はXファイルも知らんのか。と言っても、実際の劇中にはそういうセリフはないんだがね」

「ええ~そうなんですか!?」


 なんて聞いた事もない何かのドラマか映画の話をし始める部長と射手川。なんやかんやで、既に部長と仲良くなっている射手川は凄いな……これが陽キャのコミュ力か。


 確かに、さっきまであった視線はもう感じない。


「うーん……」

「さあ、行くぞ。図書館はこの坂を上がった先だ」

「れっつごー!」


 二人が俺を置いて、坂を上がっていく。


「犬ではないと思うんだけどなあ……」


 そう呟いて、俺は二人の後を追った。

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