第4話:デートをしよう


「というわけでデートをしようか、海色君」

「……なんでそうなるんですか」


 部長と手を組んでから数日後。教室で射手川の視線を時々感じるものの、特に話し掛けてくるわけでもなく、何事も無く過ぎた。佐々木もあの日以来、女奈宇めのう島についてはすっかり忘れてしまったかのように、その名を口にすることはなかった。


 だからいつも通り放課後に部室に行くと、部長がまた訳の分からないことを言い出した。


「はあ……君は本当にアレだな……ノリは悪いし、おまけに察しまで悪い」

 

 いつの間にか用意された俺用の椅子に腰掛けると、部長がわざとらしく溜息をつき、がっかり感を全身でアピールしてくる。うぜえ。


「ノリが良かったらもうちょい友達もできてるし、こんな部には入っていませんが」

「そう卑屈にならないでくれ。ただの冗談だよ。ほら、私という、友達兼先輩兼片想い相手というマルチプレイヤーがすぐ近くにいるじゃないか」

「部長が俺の片想い相手とかいう妄想はどっから出てきた」

「そういえば、女奈宇めのう島については調べてみたかい?」


 急に話題を変えやがった。まあ、いつものことではあるけど。


「ええ。でも、多分大した情報はなかったですよ。写真も不自然なほどに少ないし、島の風景とか見ても何もピンと来ませんでした」


 今どきストリートビューすらないのには驚いた。wikiすらもなくて、やっと見付けたのはこの雨花市の公式ホームページにある歴史紹介ページだけだ。


 ホームページから得られた情報は、以前佐々木に聞いたものとほぼ変わらない。


 女奈宇めのう島の人口は現在、約千五百人。日本にある離島の七割が人口五百人以下であることを考えると、そこそこ人口は多い。歴史はかなり古いそうだが、いつ頃から人が住み着いたかについては不明だった。


 主な産業はやはり、漁業。特に島の周辺は豊かな漁場らしい。


女奈宇めのう島産の魚介類は稀少価値が高く、中々市場には出回らないらしい。ほとんどのものが東京や関西の高級料理店へと直接卸されるそうだ。特にについては大変美味で高額で取引されるとか」


 部長がそんな補足をしてくれた。


「にしたって漁業しかない小さな島出身の人達が、定期船の運航はともかく、こんなデカい学園まで経営しているのは凄いですね」

「おそらく表に出ていないだけで、もっと色んなところに潜んでいると私は考えている。市長、あるいは知事クラスにまで食い込んでいる可能性はあるね」

「……流石にそれは、なんというか陰謀論めいてますよ」

「そうでもないさ。君も聞いたと思うが、女奈宇めのう島出身の女性は皆、優秀で美しい。大体の子はこの学園に入学、卒業し、全国各地に散らばるそうだ。これを見たまえ」


 そう言って部長が、何やらコピー用紙を俺に渡してきた。


「……卒業生の進路リスト?」

「うちの卒業生がどこの大学や企業へと進んだかが分かるやつだよ。ハイライトしているのが、女奈宇めのう島出身だと思われる卒業生だ。ちなみにわりと非合法な手でそれを手に入れたから、あとですぐに処分するぞ」


 非合法って。

 この部長、前々から思っていたが結構ヤバい奴だな……。


 とか思いつつ、黄色くハイライトされた部分を見てみる。


「……俺でも聞いたある大学や一流企業ばっかじゃないですか」

「本人が優秀でかつルックスもいいなら、不思議ではない。そしてそういう女性がその先々で優秀な男性を捕まえ、故郷へと戻ってくる。するとさらに優秀な子が産まれ……といった連鎖があれば、何も不思議ではない」

「そう言われるとそんな気がしてきますけど……そう都合良くいけますかね?」

「だが事実、そうなっている」

「うーん。まあ、とりあえずそれはいいとして、あんまり俺の記憶とは関係なさそうですね」


 俺は女奈宇めのう島の秘密とやらには正直あまり興味はない。写真が少ないせいもあるが、いくら調べても、やはりそこで生まれたという自覚は一切ない。


「君の記憶については、特にデリケートな部分なのだろう。それらしき事故や事件の記録は一切見当たらなかったよ。当事者に聞くしかないが……誰が何をどこまで知っているのかすら分からんだろうね」

「ですね……」

「いずれにせよ、ネットで調べられるのはこの辺りが限界だろうさ」


 部長がそう言って、立ち上がった。


「ここからは自分の足を使うしかない。おそらくだが、意図的にネットに情報を載せないようにしていると思う。ならば、アナログなところから調べるしかない」

「つまり?」

「つまり……私と図書館デートをしよう――ということだよ、海色君」


 部長が笑みを浮かべ、俺へとその細く小さな手を伸ばしてくる。断られるわけがない――そう信じて止まない顔だ。


 ああもう。そんなことされたら、嫌とは言えないじゃないか。


「デートとか言うからややこしいんですよ」

「高校生の男女が二人で校外に行くとなったら、それはデートだろうさ。古事記にもそう書いてた」

「嘘つけ」

「古今和歌集にもそういう歌が――」

「いくら俺がアホでも、それがデタラメなのは分かりますって」

「むー。私がデートと言えば、デートなのだ」


 部長が子供みたいに頬を膨らませて、俺を睨んでくる。ほんと、美少女は何しても可愛いからズルいよな。


「はいはい……で、いつ行きますか?」


 俺がそう聞くと、部長が伸ばした手で俺の腕を掴んだ。


「今――に決まっているだろ」

「ですよね」


 分かってはいたけども。


 俺が立ち上がって、床に置いていた鞄を取ろうとした時。


 部室の空気が変わった、気がした。


「ん?」


 部室の扉がコンコンと、叩かれる音。


「……失礼しまーす」


 そんな声と共に、扉が開く。


 俺と部長が同時に、扉の方へ目を向けた。


 そこに立っていたのは。


「おや……おやおやおや、君みたいな人気者が、こんな吹きだまりに何の用だい――


 

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