第2話:みー君って誰だ?

 翌日。


 俺は騒がしい教室で、さりげなく射手川の様子を観察する。人間関係がめんどくさい俺は、基本的に男女問わず誰とも絡まないようにしているので、当然彼女とも話したことはない。


 射手川は確かに部長の言う通り、美少女と形容して問題ないルックスだ。その整った顔に浮かぶ人懐っこい表情は、どこか犬っぽさを感じさせる。


 肩まで伸びた少し癖のあるブラウンの髪。夏服である白いブラウスを盛り上げる胸部に、スカートから伸びる肉付きのいい太ももは、男子高校生には少々刺激が強い。


 そんな風になるべく目立たないように観察していると――


「お? 沖名おきながそういうことするとは珍しい」


 そう俺の名字を呼んだのは、俺の中で唯一友人と呼べる存在である男子――佐々木ささきだ。こいつとはこの学園に入学してすぐ、ただ隣の席だからと一方的に話し掛けられた以来の仲だ。


 黒髪に眼鏡、きっちりと校則を守った制服の着こなし方から、佐々木は真面目君っぽい印象を受けるが、中身は真っ当な男子高校生だ。


「何の話だよ」

「いやあ流石、沖名。なかなかお目が高い。ようやく射手川の魅力に気付いたようだな」


 うげ、射手川を観察していたのがバレてる。慌てて目を逸らすと、佐々木はウザい動きで無理矢理俺の視界に入ってくる。


「恥ずかしがんなって! 射手川はうちの学年どころか、全学年でも五本指に入る人気だからな」

「そういう話じゃねえって」

「ちなみに、お前が好きなオカルト部部長の柳田乃碧は残念ながら番外だ。見てくれはいいが、中身に問題ありだな、ありゃあ」

「誤解を招くようなことを言うな」


 流石に部長に恋心を抱くほど俺は飢えてはいない。というかそもそも八歳以前は知らんが、これまで女子に恋愛感情を抱いたことがない。性欲は人並みにあるが、なぜかそういう感情は湧かなかった。


 それもまた過去の事故が関係しているのかもしれないと、カウンセラーには言われた。


「あの先輩は攻略不可能キャラだよ。まあ射手川も高嶺の花ではあるが……クラスメイトという唯一無二の武器で頑張るしかないな」

「だから違うって」


 俺がいくら否定しても、佐々木は話を聞かない。どれだけ塩対応しても喋り続けるこいつは、自分で言うのもなんだが、俺と友達になれるぐらいだ、相当なメンタルだと思う。


「そうだ、射手川に関するマル秘情報を入手したから特別に教えてやろう」

「はあ……もう好きにしてくれ」


 どうせ、大したことないだろう――そう思い込んでいた。


 ところが。


「射手川もそうだが、この学園の美少女ランキングの上位勢にはある共通点があってな」

「共通点?」

「ああ。その全員が僕や沖名と違って地元組で、しかも――女奈宇めのう島出身らしい」


 女奈宇めのう島……昨日も部長が言っていた島の名前だ。

 なるほど。だから、部長は射手川に聞けと昨日言ったのか。


女奈宇めのう島ね」

「そう、それはあの海の向こうにある楽園だよ……そこはなぜか滅多に男子が産まれない女性だらけの離島で、しかも生まれてくる女の子は全員、美形だとか」


 ズキリ。

 頭が痛む。


 また頭痛だ。


「佐々木……お前、いつからオカルト部に入部したんだ」


 俺は顔をしかめながらそう言葉を返した。そういえば、部長も人魚がどうのって話をしていたな。


「人魚はともかく、ガチである島なんだって」


 そう言って、佐々木がスマホの地図アプリを起動させ、俺に見せ付けてきた。


 それはこの学園周辺を表していて、下の方にスクロールしていくと確かに沖合に島があり、〝女奈宇めのう島〟と表示されていた。それは小さな島ながらもそこそこの建物があり、人が住んでいることが分かる。


「へえ、こんなとこに離島があるんだな」

「ジェット船で一時間ぐらいらしい。この学園の横にある雨花港から定期船が出てる」

「詳しいな」

「ちょっと気になって調べたんだ。だって、女だらけの島だぜ!? 冴えない僕でもそこに行けばモテモテになるかも! と思ったんだが……結果無駄だったよ」


 すげえ馬鹿っぽい理由だがその行動力はすげえよ、佐々木。俺は素直にこの友人に感心してしまった。その熱意をもう少しだけ勉強に向ければいいのに、とも思うが。


「無駄?」

「定期船には島民以外は乗せないんだとさ。えらく排他的な島なんだよ」

「へえ……まあお前みたいなアホがいっぱい来るからだろ」

「んでさ、その定期船を運航している会社に抗議してやろうと調べたらさ……そこの社長も社員も全員女奈宇めのう島出身らしい」

「まあ、ありえない話でもないだろ。つーかそんなことでクレーム入れようとすんな」


 本土との定期船は島民にとってはライフラインだろうし、島民自らやっていても不思議ではない。


「まあ抗議は冗談として、ついでにちょっと気になることも分かってな」


 そう言って佐々木が声を潜めた。


「この学園の経営陣、例えば理事長やその他役員も……その全員がここの卒業生でかつ島民の関係者なんだよ」

「全員が?」


 ……そうなると妙な話だ。地元密着の船会社ならともかく、いくら地元とはいえあんな小さな島の人間が、こんな私立の高校にまで絡んでいるのはおかしく感じる。


「なんか変だろ? 排他的な小さな離島で、主な産業は漁業だけ。そんな島がこんなデカい学園を牛耳れると思うか?」

「まあ偶然だろ。たまたま島出身の人が優秀で――」


 俺がそう言うと、佐々木が待ってましたとばかりに大きく頷いた。


「そう! その通りなんだよ! 女奈宇めのう島出身の女性ってみんな滅茶苦茶優秀なんだよ。学業だったり、スポーツだったり、芸術だったり、経営だったり……だから――」


 そう佐々木が言った瞬間に、なぜか奴は目を見開いた。まるで、俺の後ろに幽霊かなにかを見てしまったかのような顔だ。


「なんだよ、どうした」


 俺が気になって後ろに振り向くと――


……あたし達には人魚の血が流れている――って言いたいんでしょ、佐々木君」


 そこに立っていたのは。


「あはは……や、やあ、射手川さん」


 佐々木が引き攣った笑みでそう答えた相手は、まさに俺が観察していた相手である、射手川渚だった。


「ふふっ。有名だよね、その話っ!」


 射手川は楽しそうに声を弾ませると、俺の前の席に腰を下ろした。ふわりと香る髪の匂いが、いやでも彼女の存在を脳髄へと刻み込む。


 体全ての細胞が彼女を求めているかのように錯覚してしまう。


 なるほど……人気が出るわけだ。


「そんなに島のことが気になるなら、私が教えてあげよっか? がいるなら、不要だと思うけど。それともまだ――思い出せないの?」


 そう言って射手川は、俺を見て妖しく笑ったのだった。


 みー君。


 その呼び名が誰を指すのかを考えた瞬間に、頭に激痛が走る。


「うっ……」


 嵐の夜に空を裂く、雷のような白い閃光が、頭の中でスパークし体から力が抜ける。


「おい! 沖名! どうした! 沖……」


 それが気絶というものだと気付く前に、俺の思考はホワイトアウトした。

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